復活1
エレールの村で死後30分後くらいの出来事です
ぬるま湯に漂うような気持ち良さを感じる。そのまま流れに身を任せる。
夢でも見ているのだろうか、周囲に建物はなく呉羽の周りを光の玉が同じ方向へと飛んでいく。
(きれい……)
流星のように流れ行く光の流れは次第に増えて大きな川のようになる。さらに流れに身を任せる。そうすることで嫌なことをすべて忘れられそうな気持になる。
ふと一緒に死んだはずの魔物のことを思い出す。死ぬ瞬間に守ろうと抱きしめた美しい魔物の暖かさがまだ残っている気がしたのだ。体は無くなってしまったが今も一緒にいるのを確かに感じる。この光の川の正体が魂だとすると死んだ魔物の魂もここに来るのだろうか?
抱きしめていたであろう場所を見るとクレハの光にもう一つ光が重なっているようだった。
進む先には巨大な光。無数の魂が集まってできた灯だろう。その先には何があるのか。魂なのだから生まれ変わるのかもしれない。クレハは冒険者だから復活するのか?
(魔物は復活しない?)
殺した魔物と時間が経過して再びPOPした魔物は同じなのだろうか、今日レベル上げしたワイルドバニーを思い出すと強さや性格は同一かもしれない。ただ、殺した相手を見ても恐れなければ怒りもしない、まるで初めて出あったかのように、同じ挑発にかかり同じ方法で殺した。
冒険者は復活すれば経験値こそ失うが記憶がなくなることはない。操作しているのがプレイヤーなのだから当然だ、そして痛みはなくとも経験値が減ることに恐怖し怒り、学ぶからこそ成長するのだ。
では学習しなかったワイルドバニーは成長できていないのではないか?
(記憶の伴わない復活……ゲームのリセット……どんなに努力しても死ねば最初に戻る、もしかしてその代わりに魔族には寿命がないのかな)
変なところでバランスを取ってるなと思いおかしくなる。
しかし、自分がその立場だったらと思うと恐ろしくてたまらない。魔族や魔物は自分たちだけでは死の秘密に気付けないだろう、死んだという事実が消えるのだから。
いったい今までどれだけの魔物を殺してきたのだろう。エルドラドは初めて間もないが、他のゲームでも同じことをたくさんしてきた。
レベル上げや習熟度上げが、リアルに感じるVMMOでは今までしてきたゲームより余計に残酷な行為に思えた。今までは魔物を狩ることを何とも思わなかったけど、魔物にも魂があるのだ。彼女の体の中で弱々しく光る魂を感じ罪悪感を感じる。
学ぶことを禁じられ
死ぬまで同じことを繰り返させる
死んだら最初からやり直し
何かの実験動物の様だ。見たことはないけどきっとこういう感じなんじゃないかなと思う。
魔族は悪い、人間を襲うから。
人間は魔族を襲う、悪さをしないように。
なぜだろう、レベル上げという行為をするためにゲームをしていた自分がとても滑稽に感じた。
今まで楽しかったことが急に楽しく感じなくなる。人間が魔族を殺すのは悪ではないのか。魔族が悪さをしなかったら人間はどうするのだろう。
「きっと別の理由を作って魔族を殺すんだろうな」
予想ではあるがきっと正解だ。もともとそういうゲームなのだからしょうがないのだが、クレハは次にゲームをするなら自分が魔族になれるゲームにしようと思った。
「あなたは私が守るから、安心して眠っていてね」
クレハは一緒に死んだ魔物のものであろう光を包み込む、当然ながら腕はないためそういう気持ちでという意味で。クレハの中に完全に重なった光の輝きが徐々に強くなることを感じ、クレハは心の底から嬉しかった。
◇
魔王の城には50以上の部屋がある。部屋にはそれぞれ主がいて、冒険者を相手するようになっている。城の入口に近いほど弱く、玉座の間に近づくほどに部屋の主、守護者達の強さは上がっていく。
上位種リッチ(グレーターリッチ)も部屋の守護者の一人だ。入口から5番目の部屋にあたる。
「数時間前に手下のリリスに村への使いを頼んだのだが目の前の光景は何か関係があるのだろうか」
部屋の中には人影が二つある。一つは部屋の主人であるリッチのもの、そしてその部屋の中央にあおむけで寝ている女だ。女は人間の様であるが頭にヤギの角を持っている。リリスのものととてもよく似ている。しかしそれ以外はどこから見ても人間の女だ。別に触って確かめたわけではないが、女は何も身に付けておらず悪魔の翼や尻尾が見当たらなかったので人間と呼ぶほうが近い気がする。スタイルはとてもよく人間の男が見たなら思わず欲情していたかもしれない。リッチには性欲がないためまったくどうでもいいことなのだが。
「ふむ、先ほどまでは何もいなかったはずだが、いつの間に人間が侵入してきたのやら」
リッチは殺そうかと近づくが顎に手をやり考える、殺すのは簡単だが、意識を失った人間が侵入するとはどう考えてもおかしいだろう。もしかしたらこれがリリスのよこした捕虜の可能性もあると考える。
「うぅっ」
女が頭を抑えながら起き上り、部屋の中をぼんやりとした目で見渡す。何度か視線が部屋を行き来し、最後にリッチのところで止まると驚きの表情を浮かべた。死の魔術師であるリッチの姿を見たのだ、ふつうの人間は怖ろしくてたまらないはずだ。期待通りの反応に満足し愉快な気持ちになる。
しかしどうしたことだろう、驚きは感じるがこの人間からは恐怖の感情を感じない。観察をしていたリッチは予想外の行動を目にする。
女が自分に敬意を示したのだ。片膝をつき首を下げたまま主人の言葉を待つように全く動かない。人間から敬意を示されるとは思ってもみなかった。過去にここまでやってきた人間が死ぬ直前に慈悲を願うことはあったがこの女の姿は懇願では無いようだ。頭のツノに目をやりもう一度リリスの姿を思い出す。
「リリス」
女性にリリスの影を感じ、リッチはかすかにつぶやいた。
「はっ、グレーターリッチ様」
握っていた杖を思わず落としそうになる。目の前の人間が自分の僕であるリリスだというのだろうか。しかしそうでなければ他に返事の意味が考えられない。
「何があった、その姿は幻術か?」
「申し訳ありません、グレーターリッチ様から賜った命令に失敗いたしました。そしてあろうことか人間に殺されてしまったのです。体のことは分かりませんが、これは幻術ではありません。何度も解除を試みておりますが実体のようです」
「ほう、ではお前を殺した人間の仕業の可能性があるな。幻術ではなく、魂を入れ替える方法でもあるのかもしれん、魔王様に進言して術者を捕まえるとしよう、ぜひ方法を知りたいものだ」
リリスは、額に汗が流れるのを感じる、次の言葉を口にして良いか判断ができなくて。
「……畏れながら、意見を申しあげてもよろしいでしょうか?」
リリスは主の許可を待つが、返事はすぐにかけてもらえない。
短い時間考えた後リッチが促す。リリスがリッチに意見するのは初めてだったため重要性がある内容だと判断して。
「構わん、話してみろ」
ゴクリ、今度はリリスがすぐに返事を出来ない、それほどの緊張を感じているのだ。
「畏れながら、私を殺した人間は、魔王陛下より強いと思われます、玉座の間であれば何とかなるかもしれませんがそれでも互角でしょう。玉座以外ではこちらは守護者全員でも負けるほどです」
リリスが最後まで話し終える前にリッチから猛烈な殺意を感じる、怒り狂っているであろうことは骸骨であるリッチの表情だけでは分からないが、ひとみがあるばしょに真っ赤な炎がともっているのが見える。
「貴様、何を言っているのかわかっているのか!たとえ冗談でも魔王陛下を侮辱することがどういうことになるかを!たとえおまえでも死すら生ぬるいと知れ!」
まさか自分の部下がこのような危険な考えを持っていたとは。こんなたわごとを別の守護者に聞かれでもしたらリッチもただでは済まない。反逆者としてまとめて処分されるだろう。
人間一人にこの城が落とされるとは到底考えられない。玉座の間にある仕掛けはリリスも知っているはずなのに負けるわけがない。すぐに詫びを入れるだろうと思っていたリッチは焦る。つまらない冗談だったと頭をこすり付けて謝らなければならないはずなのに。
「なぜ謝らない」
そう問いかけながらリッチは全身が震えているのを感じる今までに感じたことのない感情だ。そんなわけがあるはずがない、あってはならない。
「畏れながら、先ほどの言葉に偽りはありません」
今度は本当に杖を落とした。信じられない。きっとリリスは敵の魔術によって操られているのだろう。しかしリリスは淫魔だ、幻術を得意とし魅了を使う。逆にそれらに対する耐性も持っているのだ。だからリッチはリリスに命じたのだ、偵察がリリスならできると確信して。
長い沈黙が続き、あきらめたようにリッチがうめく。
「……信じられないが、本当だとするならば今すぐに対策を考える必要がある。各部屋の守護者をすべて玉座の間に集めるよう使い魔に伝えろ。最優先の招集だということでな。」
「畏まりました」
リッチはリリスを見つめ思い出す、人間の姿であることを。
「使い魔への連絡はメッセージの魔法を使え。使い魔がその姿を見ても誰かわからないだろう。それから特別にお前にも玉座の間への許可を与える、守護者達も信じないだろうからな」
リッチの燃えるように大きかった炎は、すでに消え入りそうなほど弱弱しくなっていた。