表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
インタートライバル・リンケージ  作者: 西亥はるま
5/25

追うものと追われるもの3

 間抜けな顔をした兵士を殺すのは恐ろしく簡単だった。ある程度村から離れリリスが草むらに身をひそめると男も続いた。


「あそこの林の中で戦っているはずです」


「わかった、案内ありがとう、村に戻って私のような兵士が5人いるのでこの場所を教えて欲しい。私は時間を稼ぎつつ戦うので急いでくるように伝えてくれ」


「わかりました、気をつけてくださいね」


リリスはそう言うと目をつむり顔を近づける。ケイジは驚き、女の場違いな行動に一瞬不安を覚えたが突如訪れた幸運に無理やり納得する。


(恐ろしい目にあって興奮しているんだろう、本人が望んでいるのだし少しぐらい、慰めてあげた方が喜ぶさ)


 ケイジは女に口づけし、腕を後ろに回すと彼女の頭を引き寄せる。その行動につられるように女の腕もケイジの背中に回される。よほど興奮しているのだろうか、思いのほか強く抱きしめられ、息苦しさを感じ、口を話そうとするが体が動かない。口の中に入っている女の舌先が口の中を刺激するたびに甘い香りと味が広がる。頭がぼんやりする中で体が軽くなるのを感じた。

すでに痛みは感じない、どこか遠くで何かが折れる音だけが聴こえた気がした。


――――


 リリスは食事を終えると考えを巡らせる、先ほどの男は幻術を使わずに欲に負け一瞬で終わってしまった。正直戦力がわからない。


 「後5人いるみたいだしもう少しあそんでいこうかな」


 すでに緊張感は無い、先ほどの男が兵士を名乗れるくらいなら他の5人も大したことないだろう、魔王の城にはあまり人間が来ない。しかもおこぼれをもらえても片腕などだ、丸まる1人もらえる事なんてめったにない。リリスもまた自分の欲に負けエレール村に引きよせられていった。



 クレハは森を抜けると立ち止まり身を伏せる、森の中でであった生き物は野生の動物とグールだけだった。野生の動物は物音に驚き襲ってこなかったし、グールは追いかけてきたが足が遅いためすぐにあきらめたようだった。


「夜だったから、逆に良かったみたいね」


 昼間であれば足の速い動物や魔獣に見つかっていたかもしれない。しかし夜になりアンデットが現れたため獣たちは追いかけてこなかったのだろう、運が良かった。


 とはいえ高レベルプレイヤーに命を狙われている時点で運がいいはずがないのだが、ほぼ無傷で森を抜けたのはやはり幸運といえる。

 しばらく身を潜め森の中から何も追いかけてこないことを確認すると明かりのともった村を観察する。暗くてはっきりとは見えないがホームを変更するための魔石は村の中央にあるはずだ。誰にも会わずに変更できればその場でログアウトしよう。


「もしさっきの仲間がいたら……」


 自分にとって楽観的な判断は自分を不幸にする。ソロであればなおさら最悪を想定しておかないといけない。クレハは左腕を持ち上げると手の甲を指で軽くたたく。すると手の甲に光がともり数字が浮かび上がる。


(23:38)


 夕方からゲームを初めてもうこんなに時間がたっていたことに驚く、逃げていた時間はせいぜい1時間ちょっと、狩りを2時間ほどしたと思うので、あとの時間は街で買い物をしていた時間とチュートリアルの時間だろう。今日の出来事を思い返すと休日が終わるのを実感して急に悲しい気持ちになる。


「もしさっきの仲間が村にいたら村から即離れて平原の真ん中でログアウト。もし見つかったらメンテナンスまでの20分逃げ続けるしかないか」


 走り続けることで身体的な疲労はないし、体力が減ったりもしない。しかし、仮想現実のリアルな世界で追われ続けることは精神的に疲労がたまる。しかも今追われているのは高レベルのプレイヤーだ、モンスターから追われるよりも逃げるのは難しいだろうし、あの性格の悪そうな顔を思い出すとどこまでも追いかけてきそうで思わず鳥肌が立ってしまう。

 今夜は24:00からサーバーのメンテナンスが始まる、それまでにホームを変更してしまえば死んでしまってもアーテクトに飛ばされることはない。

 この世界には少ないとはいえ自分以外にも初心者はいる。この村で見張り続けるのは彼らにとってもそれほど得はない。もう一度時間を確認すると23:45――


 クレハは意を決して村に近づく。入口まであとすこし。


「ぎぃやぁぁああ」


 突然の叫び声に思わず立ち止まる。物陰から村の中を覗くと月明かりの下で数人の姿が確認できる。クレハの位置から見えたのは地面に倒れた人影が4つそして対峙しているのが3人、一人の方は体つきからして女性だろう、手には何も持っていないようだが、向き合っている二人の兵士は武器を構えているようだ。

 男の1人は王国の兵士だろうか、アーテクトの街で見かけた鎧を着ている。もう一人は見たことが無い装備なので兵士ではないのかもしれない。


(兵士が一緒ということはやはりもう一人の男は冒険者でクエスト中の可能性が高いかな。だとすれば私は関係ないし、邪魔をしないかぎり問題ないか)


 エルドラドではノンプレイヤーとモンスターにある程度の知能を与えられている。クエストごとに始まりと終わりが決められており、その間の行動はある程度その場の状況で自動的に修正されるのだ。


 指定された魔物の討伐クエストの場合、魔物の討伐に失敗してもクエストは受注状態のまま継続される為何度でも挑戦できる。その代り一度負けた情報は引き継がれる。

 たとえばこの村で討伐に失敗しても話は進み、次の戦闘場所が魔物の住みかに代わるだけかもしれない。もちろんこの場で勝利すればここで終わりだ。

 例外として失敗条件に死亡することが含まれている場合は負けた時点でもちろん終わる。そして魔物の討伐中にプレイヤーが他のプレイヤーから妨害を受けたとしてもクエストは進行する。魔物に殺された場合でなくともアドリブでプレイヤーが魔物に敗れたことになったり、別の冒険者がクエスト対象の魔物を横取りしても倒しても何かしら理由をつけて復活してしまうだろう。

 そして、できるだけプレイヤーのバッティングを防ぐため、クエストを受注した冒険者が放棄しない限り他の冒険者が同じクエストを引き受けられない。そういう設定になっている。


 ただし、全員が必ずクリアしなければいけないクエストも存在する、その際は複数のプレイヤーが同時にクエストを受けるため、平行世界に転移させてボス専用のフィールドで戦わせることで解決している。


(今目の前で兵士と一緒にいるのがクエスト受注した冒険者なのだろう。ということはあの女性が討伐対象かな?)


 そこまで考えるとやはり邪魔しなければ危険はなさそうだと判断する。それに自分だったらクエストの邪魔をされるのはごめんだ。建物の裏からまわりHP変更を今のうちにすませるべきだ。そう考え、村に足を踏み入れ建物の裏にまわる。


ズドン!


何かを強烈に叩きつける音が突如響く。家の陰から様子を見ると先ほどまで男たちがたっていた場所に一人の男が立っていた。


(初心者狩り)


 やはり追ってきていた。


「ちっ、こんなところで変なクエストなんかしてるから気づかれてしまったかもしれないじゃないか」


 ロイドは柱のような武器、ハンマーを担ぐと体の前で手を動かし何かを操作しているようだ。


(何か操作をしている、メニュー画面?)


「あっ」


 クレハは思わず声を漏らした、少し離れているため聞こえてはいないだろうが致命的なミスに気が付く。ロイドはクレハとフレンド登録をしている、クレハのいる場所がエリア単位で確認できるのだ。クレハは自分のメニューを開きフレンドリストを見るとロイドの名前の横にはやはりエレールとある。

 クレハはロイドの名前を選び削除をするが遅すぎた。ロイドが入口をふさぐためこちらに歩いていたのだ。


 まだ姿を見られていないとはいえ入口をふさがれれば打てる手だてがほとんどなくなる。

 クレハは時間を稼ぐため家の裏に回りつつ村の奥へ進む、今出口に飛び出せば目視される、外に出ても仲間の狩人が待ち伏せている可能性が高い。

 フレンドリストは削除したのでロイドのリストからクレハの名前も消えたはずだ。このまま外に逃げたのかもと思うまで隠れて時間が過ぎるのを待つ方がいいだろう。

 

 いくつか家を通り過ぎ開けた場所に出たとき何者かが声をかける。


「あなたは誰なのかしら」


 「しまった!」


ロイドに気を取られて忘れていた、魔物の女だ。まだクエストは終わっていないため、クエストの修正を行うつもりなのだろう、どんな行動になるのか読めない。正直ロイドは魔物も殺したと思っていた。そのため忘れてしまっていた。


「あなたもさっきの男の仲間なのかしら」


 穏やかな声で聴いてくる魔物だがクレハにとってはそれどころではない。物音さえ立てたくないときに声をかけてくるなんて、ロイドに聞かれる前にどこかに隠れなければ。


「見つけたぞ、クレハ、追いかけっこは終わりだ」


 クレハは死を覚悟する。目の前にはロイドが攻撃の構えをとっている。

 弓での射程外攻撃ではない。今度は高レベル聖騎士の直接攻撃だ。仮に攻撃を防げても助からないだろう。もしかしたらロイドはこの魔物をわざと生かしていたのかもしれない。クレハを見つけさせるために。もしそうだとしたらむかつくけど頭もそこそこ切れる。多少ロイドの事を見直す。


「魔物もたまには役に立つもんだ、一緒に死ね」


 殺されるだろうとは思っていた、何度か殺されればいうことを聞くとでも思っているのだろう、そんな浅い考えが伝わってくる。クレハはやはりこの男を好きになれない。死ぬかもしれないとは思っていたが目の前にいるきれいな魔物を巻き込むのは不本意だ。それに、どうせ死ぬなら少しでもロイドの思いどうりにはなりたくない。

 全力で魔物を突き飛ばすと勢いで倒れこむ。先ほどクレハがたっていた場所にロイドのメイスが振り下ろされる。直撃すれば打撲では済まない。ミンチになるだろう。運よく避けることが出来たと一瞬思ったが、左足に少し鈍痛を感じることで勘違いだと気付く。視線をやると膝から下がつぶれていた。


 ロイドはわざとよけれる速さで攻撃したのだ、ただし完全にはよけきれない速さで。


 攻撃を受けたことに気付いた魔物はクレハに対して構えるが鎧の男に強力な殺意を感じ動揺する。突き飛ばしたことを攻撃と判断し、クレハに対して構えたのだが先ほど突き飛ばされなかったら自分が潰れていたと気づいたからだ。人間に助けられたと気付いたが頭が混乱する。人間に助けられるなど経験もなければ聞いたこともない。混乱する頭でもはっきりしているのは鎧の男が恐ろしく強いということと、リリスを殺そうとしたということだ。


(人間に負けるなど許されない)


 リリスは男に飛びかかる。

 魔術を主体とする援護を得意とするリリスだが、自分に暗示をかけることで攻撃力や防御力を高めることができる。攻撃力を高めた爪で男を攻撃する。


「フンッ、雑魚の攻撃なんて痛くもなんともない」


リリスの爪が鎧に当たりはじかれる。傷をつけるどころか、攻撃をした腕がしびれている。


「バインド」


 ロイドが魔法を唱えると地面から光の蔦が現れリリスは地面に張り付けられる。


 リリスは身動きができないことを悟ると防御の魔法をかける。そして重ねて防御の暗示をかけることで体は鋼のように固くなる。魔法と暗示の重ねがけはリリスの防御力を最大まで高める。


「ほぅ、リリスは自己強化までできるのか、これは知らなかったな。まあ何も変わらないが」


「お前の思い通りにはさせない」


 クレハはつぶれた左足をかばいながらで立ち上がるとリリスに覆いかぶさる。無駄なのはわかっているし、リリスが殺されているうちに這ってでも逃げた方がいいのはわかっている。しかしクレハはそうしなかった。ロイドの思い通りにさせたくないという思いと、冒険者であり続けるために。


 クレハはRPGが好きだ、現実ではなれない自分でいられるから。自分が自分の理想のヒーローなのだ。たとえ弱くとも、守るべきものは護る、それがいままでMMOをしてきたクレハのプライドだった。いろいろな人がいるMMOは現実に近い性格も持っている。その世界でもやはりコミュニケーションは苦手だった。しかし、いろいろな人にやさしくされることが嫌なわけではない。仲間の足を引っ張るのは怖いが自分も困っている人がいたら助けたい。それがクレハの信じる正義なのだ。


 振り上げたメイスが振り下ろされる。


 ドチャッ!


 潰れるような音と叩きつける音が同時に聞こえる。

 クレハとリリスの体に石の柱が撃ち込まれる。潰された場所からは何も感じない。痛みを感じる暇もなく潰れたのだろうか、遅れて少しチクッとしただけだ。最後の力を振り絞りクレハは左手の甲を触る。

(24:00ちょうど……メンテナンスが始まる)


 クレハはリリスを抱きしめたままつぶやく


「巻き込んでごめんね」


 目の前が光に包まれるのを感じる、強制排出が始まったのだろうか。最後までこの子を守ろう。そして心の中でロイドに叫ぶ。


(ざまーみろ)


 抱きしめた魔物の体はとても暖かく心地よかった。薄れゆく意識の中で見た魔物の顔には可愛らしい笑顔が浮かんでいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ