討伐2
アルコンは魔王の右腕だ。彼はもともと魔族に数多いるナイトデーモンの一人だった。彼の仕える魔王こそ、歴代の魔王の中でも最強の力を持ち、魔族たちへ深い慈悲を与える存在だ。アルコンは幸せだった、この魔王について行けば今に人間たちを支配してくれると信じていたからだ。
自分はそのためになら喜んでこの身を捧げると。この方のために死ねるならそれが正しいことなのだ。
だがどういうことだろう。最強であるはずの魔王がアルコンの目の前で倒れている。傍らには人間の女。
(ありえない……陛下が人間などに負けるなどと……)
見るからに弱そうな人間に魔王が倒されるはずがない。なぜ最強である魔王が倒されたのか、アルコンは答えを探す。
次第に意識もはっきりし愕然とする。人間の周りにいるのはかつて仲間だと思っていた魔族たちだったからだ。
「人間に魔王が倒されるなど考えられる理由は一つしかない。彼らが人間に協力したから魔王は倒れたのだ。そうに違いない」
アルコンの体と心を黒い炎が塗りつぶす。
人間も魔族も罪を犯す。生きているのだから当然だ、ただしどうしても許せない罪があるとすればそれは
――裏切りだ。
もっとも卑しく、最も軽蔑するべき罪。
(人間に死を。裏切り者たちに業火の苦しみを!)
アルコンの心にあふれた黒い炎に呼応するように玉座の上で魔石が光る。魔石は輝きを増し、魔石から黒い霧が吹き出しアルコンの体にまとわりついていく。
「ゴアアァァァァ」
アルコンが雄たけびを上げると霧は晴れ、残ったのは黒炎に揺らめく身体だった。魔族の体も黒いが、アルコンの体には魔石に見られる紫の輝きが宿っている。
数秒のうちにそれらがおこり呆然とするクレハたちをよそにアルコンが呻く。
「わが名はアルコン、真に魔王を継ぐものだ、そして貴様らの命を刈るものの名だ!薄汚い虫けらどもめ、地獄の黒炎に焼かれて死ぬがいい!」
◇
アルコンが腰に下げた剣を抜く。鎧と同じく黒紫色の剣だ。フランベルジュではないが直刀には実際に黒い炎が揺らめいている。
クレハは自分が攻撃されると思っていた。アダマントスとデュラハンもそう考えたのだろう、クレハの前に立つと身構える。
しかし、クレハを一瞥したアルコンは横にいたグレーターリッチに猛然と切りかかる。
リッチは反応が遅れるがとっさに右腕を突き出し念じる。カプリコーンより劣るがリッチも精霊魔法には心得がある。人間より遥かに強力なファイアボールを無詠唱ではなつことができるのだ。
上級魔術・上級魔法以上を使うには詠唱も行うがとっさの行動だったため最も得意で自信のある下級のファイアボールを放てたのだ。
リッチの杖から放たれた火球は真っ直ぐアルコンに突き刺さり爆ぜる。爆煙が上がり視界が途切れるがアルコンは姿勢を崩すこともなかったようだ、煙幕を抜けると変わらぬ姿勢でリッチに接近し剣を振るう。
身をよじってリッチもよけるが魔王の方が早い、一撃で杖を持った右手が空中を舞う。リッチの体は骨ではあるが斬撃と刺突に強力な耐性を持っているはずだった。しかし力の差が大きいかったからか滑らかに切断される。
そして切り口には黒炎が灯りリッチに継続してダメージを与える。
アルコンは止まることなく次の獲物を狙う。
(獲物の数が多い。まずは数を減らすとしよう)
クレハもアルコンのたくらみに気づくと指示を出す。
「前衛は私と一緒に魔王を挟んで!後衛は距離をとって!」
ナイトデーモン、アダマントス、デュラハンはクレハから離れると4人で囲むように位置を取る。
「むだなことだおとなしく殺されればいいものを」
アルコンが剣を両手で持つと二つに割れそれぞれ片刃の剣になる。二振りになった剣を左右に構えると同時に攻撃をしてくる。クレハたちは死角を突いているはずなのだが刃はアルコンに届かない。
そのまま幾度も刃を交えるが、アルコンにはろくなダメージを与えられない。それどころかクレハは攻撃をするたびにひりつくような熱さで徐々に体力が奪われて行くのを感じる。
しびれを切らしたように守護者が動く。
「≪ダークボルト≫」
カプリコーンの声が響くとアルコンの足元が光り魔法陣が現れる。
轟き、突如現れた黒い雷が魔王の体を突き抜ける。
しかし魔王の攻撃は止まらない、ダメージを受けるどころかクレハたちの視界をうばっただけだった。
「うそ、効いて無いの!?」
ファイアボールの時と同じくアルコンにはダメージが見られない。事前の打ち合わせではカプリコーンの精霊魔法を受ければ無傷では済まないだろうとのことだったが算段は大きく外れてしまったようだ。
予想以上の強さという事実が焦りを生み行動に隙が生じる。手数の多いアルコンの攻撃に反応が遅れたクレハは左腕を浅く切られ痛みが襲う。
「クソッ!」
いたぶっているつもりなのだろうか、魔王は笑っているようだ。クレハの嫌がる反応を見てクレハに放たれる手数が更に増える。
2、3度凌ぐが切られた箇所を黒炎に焼かれ痛みに顔が歪む。そして今度は左腕をかばったせいで更に反応が遅れてしまう。
(よけきれない!)
かわしきれないと悟りクレハは右腕をあきらめる。しかし痛みがやってくることはなく、代わりに大きな影がクレハをんだ。アダマントスが上半身を投げ出していたのだ。
アダマンチウムの体を持つため振り切れなかったのだろう、アルコンが不愉快な表情を浮かべている。
しかしアダマントスの体をもってしても無事ではなかったようだ。右から左へと深い切り傷ができている。クレハが受けていたなら真っ二つに切られて間違いなく死んでいたことだろう。
アダマントスは軽くクレハを突き飛ばすとそのまま倒れこむ、核は砕かれていないが傷が深すぎたため手足がうまく動かず立ち上がることができない。
(後3人、後ろのハエどもは何もできないだろう。あの程度の魔法なら避けるまでもない)
事実、リッチとカプリコーンは何度か精霊魔法を打ち込んでいるのだが全く手ごたえがない。ダメージどころか、クレハたちの邪魔になるので今では支援魔法のみを詠唱している。
リッチとカプリコーンは気づいていた。
「魔王様は以前の魔王様とは違うようだ。私の精霊魔法を完全にレジストしアダマントスも全力であれば一撃で殺せるだろう、あの黒紫の炎は魔石の力をエンチャントしたものだろう」
しかしながら魔石を付与する魔法など魔王は使えないはずだったし、2人も使えない。
残る前衛はデュラハンとナイトデーモンとクレハ。
しかしナイトデーモンとクレハが足を引っ張っている。
唯一善戦しているデュラハンだが、アダマントスが倒れたため余裕はない。
(次は二匹)
アルコンは笑みを浮かべるとクレハとナイトデーモンを狙って横に払う。
先ほどのアダマントスの行動で気づかれてしまったのだ。守護者達がクレハを守っていることに。
デュラハンは不気味なアルコンの表情に気づくが、攻撃を止めるしかなかった。持っていた斧を無理やりクレハの前に突き出すと、払われた剣が斧に当たり金属音を奏でる。クレハは護れた。
しかし払った刃は次の獲物に向かう。滑るように剣がナイトデーモンの体を両断していく。
ゴトッ。
重い石が落ちるような音を立ててナイトデーモンの上半身は転がる。
「クレハ様…、私は大丈夫です……、必ず復活しま……」
良い終わらないうちにナイトデーモンの口はふさがれる。攻撃を止めたアルコンが、右手の剣をナイトデーモンの口に突き刺したのだ。
左手ではデュラハンがクレハを護るために伸ばした腕を切断している。
「裏切り者の分際で、しゃべるな。やっとうるさい虫どもがおとなしくなったな。お前がいけないんだぞ、そいつらの足を引っ張るから」
「貴様ぁぁ!」
クレハは声を上げ魔王に切りかかるが当たらない。感情に任せた攻撃などたやすく読み切れるのだろう。クレハの行動はもっともしてはいけない行動だった。
アルコンから見て強そうだった者はいなくなった、目の前にいるのはわめきながら攻撃するだけの人間のみ、デュラハンが一番脅威だったが両手斧を使っていたため片手では満足に扱えないようだ。
後で支援をしているマジックキャスターも支援する対象が死ねば逃げる事しかできないと考える。
(もちろん逃がしはしない。裏切り者どもには罪を償わせなければならないのだから)
アルコンは感情に任せて振られているクレハの剣をたやすく弾き飛ばす。
一息に間合いを詰めると今度はクレハを蹴り飛ばす。クレハが壁に激突しすぐに動かないのを確認すると、左右に持った剣を再び重ねる。終わりが来たと判断して。
「お遊びは終わりだ、黒炎の剣で焼かれながら逝け」
魔王が剣を頭の上で構える。
(よけれない)
その時、クレハは魔王の後で何かが動くのが見えた。デュラハンだ。片手で両手斧を引きずると体の回転を利用して魔王に振り下ろす。
渾身の一撃は黒紫の剣にぶつかると火花を散らし弾かれる。
さすがにアルコンも姿勢を崩しよろめく。
デュラハンも姿勢を崩し倒れこむと代わりに現れたのはカプリコーンだった。
デュラハンを飛び越えると手にした戦杖斧を振りかぶる。
アルコンは間に合わないことを悟ると剣を体の前で支え受け止める姿勢を取る。
「ぬぁぁぁぁ」
カプリコーンの杖斧は砕けちり、カプリコーン自身も衝撃で吹き飛ばされる。
アルコンの剣にはヒビこそ入らないが勢いは殺せなかったのだろう、剣ははじかれクレハの倒れているそばの壁に突き刺さる。
クレハは壁に剣の突き刺さる音で意識を取り戻す。そして目の前にある黒紫の剣に気づくと思わず飛びつくが、握った手から燃えるような熱と痛みを感じる。
「――――――!」
アルコンはカプリコーンに黒い雷を放ち終えるとクレハに向き直る。
「どうした、使ってもいいだぞお前に扱えるならな」
手は焼けるように痛むがアルコンの鎧を貫けるのはこの剣しかないだろう。
「アァァッ」
魔王の使っていた剣は魔石の瘴気で作られたものだ。いわば魔力の塊。人間のような魔力の器の小さいものが触れれば、その魔力の大きさに体が耐え切れない。強すぎる魔力が身を焼くのだ。
「ふはははは!人間にはつらかろう、体の中から焼き尽くされるといい」
今のアルコンは知らないのだ。クレハが普通の人間ではないということを。
「あんまり人間だからって舐めないでほしいわね。それに女は強いのよ」
そういうと無理やり剣を抜き取る。
握った感覚はすでに無くなってきている。身体と精神への負担で意識もはっきりしない。でもクレハには感じるのだ、意識が遠のく変わりに助けが来ることを。そして目を閉じる。
焼けるような激しい痛みは続き、クレハは意識を保つことを止める。
(グレーターリッチ様から魔法での強化は頂いている。あとは自己暗示を掛けるだけ)
「≪偽りの英雄≫」リリスは全身の感覚が鋭くなるのを感じる。
(これが唯一のチャンス。狙うは右胸の心臓、殺さないことなど考える余裕はない、全力で叩き込む)
意を決して目を開く再び開かれた瞳は赤い宝石の様だった。
アルコンとの距離は二歩分。全身のばねを使い全力で剣を押し出す。瞳の色に気づいたのだろうか、魔王が驚いた顔をした気がした。しかしクレハが気絶したと思ったため反応は遅い。
抵抗の意志の表れなのかかろうじて突き出された腕は難なく突き刺され、アルコンの右胸に剣が吸い込まれていった。
「ぐあぁぁぁ!」
「魔王様の嘘つき。クレハを守るって言ったのに」
ゆっくりと倒れる魔王を見つめながらリリスは力なくつぶやく。
◇
「魔王様が意識を失っているうちに拘束するぞ!」
グレーターリッチとカプリコーンが駆けてくる。
グレーターリッチが呪文を唱えると魔王の体が黒い鎖に繋がれる。拘束できるかわからないが何もしないわけにもいかない。
「リリス、クレハ様の体は大丈夫か?」
「はい、深いやけどを負っていますが命に別状はなさそうです。体を回復するだけで意識も戻るでしょう」
「それは良かった、悪いが早速傷を治すんだ、魔王様にも回復を行うがクレハ様の知恵を借りたい、ポーションは用意してある」
リッチは懐から瓶を取り出すとリリスの腕にかける。回復魔法を使えないため、クレハの回復用に用意していたのだろう。
「ありがとうございます」
腕の痛みが和らいでゆく。3本目のポーションを使い切ったとき、痛みを感じる箇所はなくなった。
「もう大丈夫そうです」
良い終わるとリリスの瞳は黒く沈んでいく。
「うぅっ、――うまくいったの?」
「魔王様は拘束中です。記憶を失いリリスの存在を覚えていなかったおかげで、無防備だった心臓を一突きにできました」
魔王を止めたことは予定通りだが心臓を一突きでは死んでしまう。
「急いで魔王にも回復を!」
「すでに行っておりますが、心臓の鼓動は弱まっているようです」
魔王を見ると死んだように眠っている。
「鎖を解いて!」
グレーターリッチがあわてて杖をふるうと即座に魔王の寝ている床に描かれた魔法陣が消滅する。
「何か方法が?」
「わからないけど何でもやってみるしかないでしょ!」
魔王の胸に空いた傷はすでにふさがっている、しかし鼓動はほとんど感じない。クレハは肋骨の有るであろう場所に手を当てると両手で押す。
「私と一緒にここを押して!リズムは私に合わせて!!」
リッチが手を重ねようとしたとき大きな腕が差し出される。
アダマントスが腕を差し出していた。胸にはまだ傷跡が残っているが先ほどよりはふさがっているようだ。
「アダマントス、お願い」
アダマントスの手の上にクレハは腕を乗せ心臓マッサージを指示する。
「動け!動け!動け!」
クレハは頭の角度を変えると息を吹き込む。しかし魔王は息を吹き返さない。もう一度アダマントスの腕に手を載せ繰り返す。
先ほどより長い時間繰り返した後再度息を吹き込む。
「ぐはぁ、ゲホッゲホッ」
魔王の鼓動が始まり、呼吸も戻る。
(意識が戻った――)
死ななかったことで復活する心配は無い、が、だれも動けない。
先ほどの魔王は記憶を失っていたのだから。
沈黙が続き、最初に口を動かしたのは魔王だった。
「……クレハ、すまなかった」
魔王は消えていなかった。そこにいるのはいつもの魔王だったのだ。
クレハは緊張の糸が切れその場に崩れる落ちる。
魔王との戦いについてインターネットに書いてあった情報を思い出す。
(魔王なんて今更雑魚NM、楽勝楽勝)
「噂なんてぜんぜんあてにならないじゃない。あなたとは二度と闘いたくないよ」
クレハの言葉に魔王は苦笑いを浮かべるしかなかった。




