同盟
「……もう食べられませぇん……うわぁ!」
ドスン!!
ヤドリギ亭の一室でメルオールは目をさます。
昨夜この宿の亭主の料理を美味しい美味しいと食べたのがまずかった。亭主は金払いのいいペルに気に入られようとどんどん料理を振舞っていった。
エレール村で話題になるだけあってとても美味しかったのと、もう食べられないかもしれないという思いもあってメルオールはお腹がいっぱいになるまで口に運んでいった。
ペルが涼しい顔で黙々と食べていたためメルオールも食べ続けたのだが、メルオールが満腹になるのを待っていたということに気づいたのはそれからしばらくしてからだった。
「確かあの後お酒も進められて…それからどうしたんだっけ…?」
メルオールは辺りを見回す。
今いるのはペルが借りた部屋の床の上だ。
昨夜の記憶は曖昧だが、今床に打ち付けて痛む腕を考えるとつい先ほどまでベッドで寝ていたのは間違いないだろう。
部屋にはメルオールしか居らず、ペルは外出をしているようだったのだがそれは問題ではない。
問題なのはベッドで寝ていたことだ。
「どうしよう、床で寝ようと思っていたのに!もしかして私が先にベッドで寝ちゃったとか?!」
メルオールがアーテクトに来てから費用はすべてペルが支払っている、にもかかわらずスポンサーであるペルを押しのけて先にベットに潜り込んだとしたら笑えない。
コンコンッ。
メルオールが一人で頭を抱えているとドアがノックされる。
「は、はい!」
「大丈夫ですか?大きな音がしましたが」
顔をのぞかせたのは亭主だった、先ほどベッドから落ちた音が聞こえたのだろう。開いたドアから遅れていい匂いも流れ込んでくる。
「大丈夫です。それよりペル様を見ませんでしたか?」
「お連れの旦那ですね、旦那なら朝早くに出かけましたよ。街を見て回るからあなたにも好きにしておいてくれと聞いています。それと…」
亭主の手には銀色の皿が乗っており、皿からはみ出んばかりのクラブサンドとポテトが盛ってある。
「食事代はいただいてますので、こちらに置いときます」
亭主が部屋を出て行くと同時にお腹が鳴る。
「昨日あれだけ食べたのにお腹が鳴るなんてみっともない」
そう思いつつも自然と手が皿に伸びる。
村にいる間は満腹とは無縁だった、お腹が空いているのが当たり前で、今の状況は体が栄養を貯めようとしているのだろうかと考える。
メルオールは村での生活とアーテクトの街の住民たちの生活の差を嫌でも感じてしまうのであった。
◇
ペルは宿を出ると細い路地に入る。
路地を進み建物の影で路地から姿が見えにくくなるとそのまま影に溶け込んでいく。
ペルはドッペルゲンガーなのだがドッペルゲンガーは魔族ではない。魔族とは男であればナイトデーモンやデュラハン、魔王のような黒い体を持っている。女の魔族はリリスのような姿をしており、男のように筋力は優れているとは言えずどちらかといえば魔術を得意としている。
ではドッペルゲンガーは何なのかというと魔法生物に分類される。高い魔力を持った不死族の影に意志が宿り。偽りの体を魔法で作り出した存在だといわれている。
そのため、影の状態がペル本来の姿なのだ。
魔王の元には他にも魔族ではない亜人や魔法生物がたくさんいるのだが、彼らが魔王の元に集まっているのは亜人たちの共通の敵である人間を滅ぼすためだ。魔王の束ねる一団はさしずめ亜人たちの中から人間の領地に遠征に来た遠征軍というところだろう。
本来の姿である影になることでペルは完全な隠密行動を取ることができる。影から影に移動することで、怪しまれることなく移動をするのだ。
「影の状態では目立つ行動はできないが、街の中のため問題ないか。街の外れではあるが時折通る人の影を辿っていけば人の集まる場所にそのうちたどり着くだろう」
―――――――
幾度かの影を移動し冒険者の影に入る。
身につけた鎧は立派でこの街の防具屋には無いようなものだったため、それなりに名のある冒険者かもしれないとペルは考える。
(一人だと会話が聞けないな。冒険者の仲間のところにでも言ってくれれば会話が聞けるのだが)
冒険者が集まる場所は危険ではあるが、影らしく振舞えば何も問題ない。そして、帰りの心配する必要もない。日が落ちてしまえば自由に移動ができるのだから。
冒険者は幾つか店を回り買い物をすませると酒場にたどり着く。
『黄金の豚』
ブルーオーシャンが根城にする酒場だ。
ペルの潜っている冒険者はギルド内ではそこそこの地位があるのだろう、影の主である”ソースケ”に気づいたギルドメンバーたちは、会釈や挨拶をしてくる。
その人の波をかき分けカウンターで飲んでいる人物の前で止まる。
「ローガン、会議はどうだった?」
店主が注文を聞くのを左手で遮りながらソースケが質問する。
「早速だな。まあいい、あとで幹部を集めて伝えるつもりだが簡単に言うと同盟の均衡が崩れるのは間違いない。どのギルドも正確には言わないが外の世界にいるギルドメンバーが少なくないんだろうな」
ギルドには順位が付けられており、冒険者ギルドに張り出されている。その中でも上位10位のギルドは同盟といわれるグループを作っているのだ。過去に突出したギルドがあったのだが、下位ギルドの勧誘と狩場の独占、流通の制限など他ギルドの妨害を行ったことがあった。
しかし、その行為に反感を持った2位以下のギルドが結託し1位のギルドを解散まで追い込んだ事件があったのだ。それ以降同盟という考えが広まっていき、現在は三大同盟の力の均衡が取れていたため平和だったのだ。
そして、ギルド順位2位であるブルーオーシャンはその三大同盟の一つ、青の同盟の筆頭である。
「均衡が崩れるとなると、他の青色にも声かけていったん吸収しちゃったほうがいいんじゃないか?ブルーオーシャンがつぶされることはないだろうが子ギルドの中にはやられちまうところも出てくるだろ?」
各ギルドにはシンボルといわれるギルドの証が存在する。
それらは、ギルドの創設者が設定することが出来、他ギルドのシンボルを破壊することで破壊したギルドの子ギルドにすることが出来るのだ。
「その必要はなさそうだ。おそらくだが今現在優勢なのは青色だ」
「それならチャンスじゃないか、赤色や無色のメンバーが少ないのなら今のうちに同盟を拡大するべきだろう?」
「俺も最初はそう思っていたんだが、元のゲームの世界に戻ると思うか?戻るのなら今のうちに引き抜きなり吸収なりしてギルドを大きくするべきだが戻らない可能性を考えるとどうすればいいのか正直分からない。赤色の提案では各ギルド、同盟をそのままに三大同盟を一つにする案が出ている」
世界の異常から約1週間、システムに異常があった場合通常はメンテナンスを行うため、回線が切断されゲーム内から排出される。しかしながらゲームへの接続は続いているし、システムの異常を知らせるアナウンスすらないのだ。
ローガンは言葉を続ける
「そもそも1週間近くもゲームを続けることが出来ていることが異常だ。エルドラドの世界は現実の時間の速さと同じなんだぞ?食事をせずにもうすぐ1週間だ、大事件のはずなのに何も起きないんだ。これだけの出来事に運営が気付かないはずがないだろ」
ソースケが言葉を発しようとするが思うように言葉が出ない。認めたくないが納得のいく答えが見つからないのだろう。
「……そうだよな。会社なり家族も気付かないはずないもんな。でも元に戻らない場合を考えてどうするんだ?他の同盟とも同盟を組むのか?」
「ああ、今はプレイヤー同士で争っている場合じゃない。闘うべき相手はモンスターとNPCだ」
「モンスターに気を付けるってのはわかるけど、どうしてNPCにも注意しなりゃならないんだ?あいつらはゲーム進行のサポーターみたいなもんだろ?」
「今まではな。今後もそうだとは限らないってことさ。とりあえず、ここで話す内容じゃない今度ゆっくり話そう」
ローガンは一瞬店主の方に視線をやるとソースケに戻す。
「……そうか、わかったよ」
話を途中で終わらされて、とても納得できてはいないが普段と違うローガンの態度に身がこわばる。
街中のNPCにさえ気を付け無ければならないという状況、いったいどんな状況だというのだろうか。考えるだけで手に汗が浮かんでくるのをソースケは感じていた。




