護衛クエスト4
グラヒムとリリスが村の入り口の戻ると剣を合わせる音がまだ続いていた。
力の差はもちろんのこと、体力も人間のほうが劣るためジルオートとコラルドは肩で息をしている状態だ。ミーニャも魔力を使い続けていたのだろう、額に汗が浮かんでおり顔色もいいとは言えない。
「一本ではちょっと大変そうね。あなたの剣を貸してちょうだい」
二本の剣を操るオーガと一人で戦うとなると二本必要という単純な考えだったのだが、人間の力でオーガの攻撃を受け止めるには片手剣であっても両手で構えなければ難しい。グラヒムたちは両手を使って受け止めるのがやっとだったため、思うように反撃が出来なかったのだ。
グラヒムが自分の剣を差し出す。
「二本あればどうにかなるとは思えないが、何か策があるのか?」
「ありがとう。もっと大きな剣だといいんだけど、持っていなさそうだし仕方ないわね。策なんてないわよ、強い方が勝つ、そうでしょう?」
大きい剣とは、グレートソードなどの両手剣のことである。
通常、兵士は剣と盾を片手に装備し、高い行動力で持って任務にあたるため、機動力を制限される両手武器を扱うことは少ない。今回も目的は村の護衛だったため出来るだけ隙が出来ない方がいいと考え片手剣しか持ってきていなかった。
それに両手剣があったとしてもリリスに渡すのは躊躇したことだろう。両手で構える武器は戦士や重騎士が得意とする武器だ、リリスはノービスであり体格も優れているようには見えない。それどころかグラヒムと比べても力が劣って見える。
「ジルオール、コラルド、二人とも下がって回復だ」
「隊長何を言っているんですか、全員でやらなければこいつを倒すのは無理だ!」
「命令だ、下がれ」
グラヒムに言われジルオートとコラルドは背中を見せないように後ずさる。
どんな策があるのかわからないが今までグラヒムに従ってきたから彼らは生き残ってこれたのだ。自分の判断とグラヒムの判断のどちらを信じるかといわれればグラヒムの判断を信じるべきだろう。
それに、オーガと闘うのにも気力と体力を消耗しすぎたため一息つきたい気持ちもあったのだ。
心配をよそにオーガの意識はすでに二人には向けられていない。
オーガの視線の先にいるのはリリスだ。飄々と現れたその足取りには恐れは感じられない。
「ゴーレム族と同じくらいの大きさなのかしら」
リリスの知っているゴーレム族といえば一番に思い浮かぶのはアダマントス。
魔術生物であるゴーレムには決まった形がないのだが、アダマントスとちょうど同じくらいの背丈の為特に大きいという印象はない。
「オーガか。体力と腕力を与えられた種族ね――。しかし残念ね。せっかく与えられた力がどちらも魔族より劣るのだから」
リリスはつぶやくと薄い笑みをうかべる。
(レベルが同じで装備も大したことがないオーガなら肩慣らしにはちょうどよさそうね。私が表に出ている以上自然回復力が期待できるのだから、重傷を負わなければ多少の怪我は問題ないかな)
初めてのまともな戦闘機会に興奮をしつつもまずはクレハの体に慣れることを自分の任とする。
「さあ、私と力比べをしましょう」
リリスはオーガの前に一歩一歩進み出る。
「ウオオオオォォォォゥ!!」
オーガは雄たけびを上げるとリリスに武器を振り下ろす。腕の長さに2倍近く差があるためオーガにとってすでに間合いの中だ。
その場にいた兵士たちはリリスが逃げ切れないことを確信する。今まで自分たちがあの攻撃をかろうじて防いでいたからこそ、そのスピードと威力が手に取るようにわかる。
ガギィィィィンン!!
重い金属同士のぶつかり合う音が響き渡る。
切られたと思った瞬間、驚くほどの速さでリリスの腕が振るわれ、すさまじい衝撃によってお互いの腕を弾き飛ばす。
結果は互角。力ではオーガが上回ったが、リリスの攻撃の方が速度が速かったためお互いにはじかれたのだ。
(魔族に劣るとはいえ、力はこのオーガの方が上か。やはりクレハ様の肉体が私に対応しきれていない。全力での攻撃はできないか……)
リリスは左腕に武器同士がぶつかった衝撃とともに全身を駆け巡る刺激に身もだえする。
人間の力で持ち上げられる重さはおよそ500キロまで。これは成人の男性の筋肉量を基準に算出された、理論上の数値だ。実際に500キロの重さのある物体を担いだとしたらまず骨が耐え切れずに折れてしまうのだが、筋肉にはそれだけの可能性があるということだ。
しかし、人間は普段その30%ほどしか使いこなせていないため150キロ程の重さが限界となるはずなのだが、今現在クレハの体を動かしているのはリリスだ。魔族は人間よりもはるかに体を効率的に扱うことが出来る、その能力を数値化すると筋肉の使用率は95%。
これは人間には到底まねできない数値であり、他の亜人と比べても魔族を上回るのは獣人族達くらいだろう。それを可能としているのは魔族の持つ優れた自然回復力と内包する魔力のおかげだ。そもそも筋肉の質が違うため、人間と比べるのは無意味だ。
リリスにとって、様子見の一撃ではあったがクレハの体の限界を超え、体は一瞬にして破壊される。
腕を切り落とされたりした場合は死にこそしないが回復にかなり時間がかかるだろう。しかし筋肉疲労による無数の筋肉の断裂はリリスの魂に宿る魔力を媒体に瞬時に再生される。
人間であれば失神するような刺激でも、より戦闘に没頭できるよう痛みに鈍感な魔族にとっては快感に似た刺激になったのだ。
「クレハ様の体で戦うのがこんなにも素敵なことだとは!」
興奮状態に陥ったリリスは嬉々として赤い瞳を輝かせる。人間を脅かす存在との戦闘に興奮する少女を前に兵士たちは呆然と立ち尽くすのであった。
◇
「ありえない……」
話しかけるわけではないがジルオールはつぶやいた。そのため返事はないのだが、コラルドだけでなくグラヒム達も同じことを考えていることだろう。
「冒険者と我々とは、違う生き物なのかもしれないな。私が血を吐きながら訓練して得た力を一瞬にして超えてしまうのだから……」
ジルオールの視線はリリスにくぎ付けになっている。
はじめのうちは受け止めるだけだった少女は、優れた動体視力と反射によって、反撃を繰り出すようになってきているのだ。まだ碌なダメージこそ与えられてはいないが、3人がかりで防戦一方だったジルオール達より優れているのはあきらかな為、すでに加勢するという考えは微塵もない。
「オーガと力で対等に戦えるものがいるとは、子供のころは冒険者に足りたいと夢見たものですがならなくてよかったと心底思いますよ」
今度はグラヒムの方を向きながら話しかける。
「ジルオール、気を落とす必要はないさ。冒険者の闘っているところを見る機会はめったにないが初めてではない。その少ない経験でしか判断できないが、あの女は普通の冒険者じゃないだろう。冒険者といっても同じレベルのモンスターと闘うのに一対一ということはしない。レベルに極端なさがあればそれも可能だが、それだとそもそも戦闘にならないしな」
兵士として受けた訓練の中から戦術について思い返す。
確かに兵士たちが使うパーティーという小規模編隊は冒険者から伝わったもので、多対一を想定してのものだ。冒険者とは死と隣り合わせの職業であるため、リスクを最小限にするのが鉄則だと訓練で習った記憶が甦る。
「亜人の国へ旅に出ていた英雄といわれるような奴らには劣るのだろうが、長い目で見ればどうなるかわからんな。それくらい彼女は異常だ」
エルドラドの世界には数多くの動物と亜人といわれる種族がいる。
動物には2種類あり
魔力を持たない野生の”動物”と魔力を持つ動物を”魔物”と呼ぶ。
そして亜人とは人間と比べ、特別な力を持ったヒトのことだ。
亜人という呼び方は人間が使う呼び方であり、亜人たちは人間より優れた力を持つため人間を下に見ている。オーガにしても同じはずだった。
しかし――目の前で起こっていること現象はその常識を覆すものだ。
人間が鬼人族に腕力で勝るということなどありえないはずなのだから。
確かに、最初のうちはオーガが優勢だった。
グラヒムたちは、リリスがオーガの攻撃に遅れて剣を振るうばかりだったため、攻撃を防ぐのに精いっぱいで後手に回っているのだと思っていたのだが、攻撃がはじかれなくなりリリスの隙がなくなってくると考えを改めるしかなかった。
手出しができなかったのではなく、攻撃を待っていたのだと。
そう思ってみていると碌にダメージを与えていない反撃もオーガに防げるように放っているように見える。
時間がたつほどに差が浮き彫りになってくる。
焦り始めたオーガは剣を両手で構え威力の底上げを狙うのに対し、リリスは左手の剣のみでさばき始める。それでも勝負がついていないのは、単にリリスに倒す気がないだけなのは明白だ。
「だいぶ、体がなじんできたみたい。この気持ちよさをいつまでも味わっていたいのだけどそろそろ終わりにしましょうか。せめて全力でかかってきなさい」
リリスの言葉に反応するようにオーガが腰を落とす。地面に突き刺していた剣を抜き取り左右に持ち直す。
「ガアアァアァァァ!」
オーガは雄たけびをあげながら突進すると刺突を繰り出す。
半身になった体で隠された反対に持った武器に力を込めると淡い光を伴い血管が浮き出る。”チャージ”のスキルを使い次の攻撃に備えたためだ。
リリスは左の剣で刺突をずらすと右腕を切り上げる。
オーガの腕は切り落とされた代わりに左右の剣を使ったためリリスの守りがなくなる。
オーガの狙いは脳天への一撃。
「なるほど、知識が低いオーガが腕をおとりに使うとは。それにさっきの雄たけびはスキルを使ったことを悟られないためのようね」
感心しつつもリリスの頭上では剣が振り下ろされようとしている。さすがにオーガの渾身の一撃を頭にもらうと無事では済まないかもしれない。
「武器で防ぐのが間に合わないのであれば武器を使わない方法を取るまでよ」
足に力を入れると大地を激しく蹴る。
相手の全力を避けるのではなく攻めるために。
間合いが詰められたことでオーガは右腕の持っていき場を失いオーガがわずかに戸惑う。しかしリリスにはその時間があれば十分だった。
オーガの懐に入り込むと勢いを殺さずにこぶしを叩き込む。
殴りつける音と、オーガが大地を転がる音が止むと辺りは静寂に包まれる。
周囲にいたであろうウェアウルフでさえ声を上げない。
「オーガを殴り飛ばした……。本当に片手剣では物足りなかったのか」
オーガとしては小柄とはいえ、身長がクレハの1.5倍はあったのだ。重さはおそらく4倍以上違うはずなのだ。
(これならグレートソード二振りでもたやすく振り回すことだろう)
「これは返すわ、これ以上やっても無駄なのはわかるでしょう?それを持って帰りなさい。」
リリスは切り落とした腕をオーガに向かって放り投げる。
「……ワカッタ。オマエノ名ハナンダ?」
「私の名は……クレハよ、覚えておくといいわ」
中身は今リリスだがクレハの手柄であるべきだろうとリリスは考える。
「クレハ。オボエテオコウ」
そういうとオーガが森へと帰っていく。
「隊長、逃がして良かったんですか?」
傍観していた兵士たちだったが仲間を二人殺された敵が逃げ帰るの見送ったのだ、正しい行いかと誰かに問われれば正しくはないだろう。
「俺たちの相手をしていた時は全然本気ではなかったんだ。片腕でもあの攻撃を止める自信はあるか?」
ジルオート達は言葉を飲み込む。
むやみに追いかけたところで倒せるイメージがわかない。オーガは促されて逃げて行っただけでまだ戦意を喪失したわけではないのだ、仲間の死体が増えるだけの可能性が高い。
勝てるとしたらリリスの助力が必要になるのだが、当の本人に闘う意思はなさそうだ。
「残念ですがないですね、死体が増えるだけでしょう」
グラヒムは黙ってうなずく。
「あなたたちの仲間が死んだのは残念だけれど、私は無駄に殺める気はない。それに最初に私を退けたのはお前たちの方だ。いまさら指図を受ける筋合もない」
リリスにとって人間を護るのはクレハがクエストを受けたからであり、本来ならオーガに手を貸したいぐらいなのだ。しかしそれはクレハが望まない可能性が高いため、オーガを逃がすことで現状維持を選んだのだ。
それに追いかけて村を離れるわけにもいかない。
周囲には血の臭いで集まった獣がたくさんいるはずなのだから。
「分かっている。こうなったのは私の責任だ。感謝はすれど恨む気はない」
「分かっているならいいのよ。私は私で村の護衛をするから。あなたたちも好きにするといいわ」
オーガが退けられ村人達は緊張から解放される。
村の周囲には先頭によって流れたオーガと人間の血の匂いが漂っており、本来であれば匂いにつられて獣たちが襲って来たことだろう。
しかし、獣たちが戦闘を遠巻きに眺めていたからだろう、その夜村の門に居座るリリスの前に立ちふさがる獣が現れることはなかった。




