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キラー×キューピッド  作者: 弁当箱
第一章 美女と魔獣の恋
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第六話 盗みの少年

 リーンとシェイドは温まった体で街の大通りを闊歩していた。


 風呂に入るという目的を達成したので、彼らにとって王宮はもう用済みだ。

 二人は王に礼を言うとさっさと城を出て来たのである。「ちょくちょく来るからな」と言い残したリーンに、アレックス二世は笑顔を返していた。


「さっぱりしたなー。これで愛集めに本腰を入れられるってもんだよ」


「そうだな」


 そう言いつつ、彼らは通りの両端に展開された屋台を見て回っていた。展開された屋台に並んだ食材や料理を見ていると、彼らの食欲も刺激される。

 すぐにリーンの気は変わった。


「いや、そのまえに朝飯だな。うまいもんが食いたい。シェイドも腹減ったろ?」


「ああ」


 彼らは愛集めをまた後回しにするらしい。

 シェイドの方も腹が減っていたので、飯を優先するのを良しと思った。

 彼にとって愛集めは別に急ぐものではない。リーンに合わせればいいのだ。


 そうして彼らの縦横無尽の食べ歩きが始まろうとした時、「どけ!」と声を上げながらリーンにぶつかった少年がいた。

 シェイドは体を横に開いて避けることが出来たが、リーンはぶつかったことで一歩後ずさってしまう。


「いってぇなこの糞!」


 リーンは走り去る少年にそう吐き捨てて、ぶつかった肩をパンパンとはたいた。

 彼女にぶつかって走り去った少年は、リーンと同じくらいの背丈だ。歪に膨らんだポケットと、痩せこけた顔。そして纏う小汚い服を見て、シェイドは少年が盗みか何かをしたのだろうと推測する。


「チッ」


 今のでリーンの機嫌は損なわれたらしい。シェイドは嘆息した。

 彼女の機嫌が悪いとロクな事にならない。

 そう思って彼が目を瞑った時だった。


「今のガキ捕まえてくれ! 盗みだ!」


 前方からそんな怒号が上がった。見れば腰にサロンを巻いた男からの声だ。


「んだとあの糞ガキ!」


 リーンは振り返ってどんどん遠ざかっていく少年を睨みつける。肩にぶつかられただけで追う気力はなかったが、盗みとなればその気力も湧く。


「追うぞシェイド!」


 丁度いい理由を見つけた彼女はそう言って全速力で走り出した。

 シェイドはまたも嘆息する。彼に少年を追う理由はなかった。

 しかしリーンを放っておけば、彼女が何か面倒事を起こすのは目に見えている。

 そう思ったシェイドはしぶしぶその後を追うことにした。



ーーー



 パン1つと、小さな果実2つをポケットに詰めた少年は、狭い路地裏を疾走していた。

 彼はあれから街を走り抜け、貧困街の路地裏まで来ている。


 少年は幾度となく振り返って追手が来ていないか確認する。そして、追手を完全に撒いたのをみて、彼はほくそ笑んだ。

 スラムに住まない人間以外は、基本的にここに近付かない。大通りの屋台から盗んでも、ここまで来れば大体の追手は諦めるのだ。

 少年は息を整えながら路地裏を進む。


 その様子を屋根の上から見下ろす2つの影があった。

 リーンとシェイドだ。


「あの野朗……、私にぶつかったことがいかに重い罪か思い知らせてやる……」


 シェイドは少年に同情した。

 こんな悪魔か女神かわからない女にぶつからなければ、彼は逃げ切ることができただろうに。


 とはいえリーンも少年をひっ捕らえて、あのサロンを巻いた男の所に連れていこうという気はなかった。彼女はぶつかられた仕返しに数発ぶん殴ろうと考えているだけなのだ。

 グリムスワールにおける窃盗の刑罰、鞭打ち10回に比べれば、彼に与えられる鉄拳は随分と軽い。


「あっちから回り込むぞ」


 そう言ってリーンは少年のいる逆方向から屋根を降りる。

 少年が進む路地はこの先丁字路になっている。彼がどちらに進もうと、角で待ち伏せすればほぼ確実に捕まえられるはずだ。

 シェイドはしばらくその少年の挙動を見下ろしてから、リーンの後を追った。


 スラム街の汚い表通りから、シェイドとリーンは少年の進む路地裏へと入り込んだ。

 丁字路の角に先回りすると、リーンはそこから少年の姿を覗き込む。彼女は顔をすぐに引っ込めた。


「こっちに向かってきてる」


「そうか」


 リーンはそわそわした様子でもう一度角から少年を覗き込んだ。

 するとそこに少年の姿はなかった。

 リーンは角から躍り出て、少年の姿を探す。しかし少年は見当たらない。


「消えやがった……」


 前髪を掻き上げたリーンを傍目に、シェイドは路地裏に並んだ廃屋の裏口を見ていた。

 先程見た時はあそこの扉は半開していたのだ。だが、今は閉まっている。


「あそこだな。さっき開いていた扉が閉まっている」


 そう言ってシェイドは廃屋の裏口を指差した。

 それを聞いたリーンはにやりと口角を吊り上げる。まるで極悪人の笑みだ。

 教えなければよかったかとシェイドは少し後悔するが、もう遅い。


「でかしたぞ」


 シェイドの腰を叩いて小声で言った彼女に、彼は目を瞑る。

 リーンは忍び足で廃屋の裏口まで近付くと、扉の隙間から中を(うかが)った。


「……」


 リーンがそこで見たものは、彼女の怒りを一瞬にして鎮火させるものだった。


 確かに彼女の半身に突撃をかました少年はいた。

 だが、少年だけではなかったのだ。

 廃屋の汚れたベッドに座っているのは齢8にも満たないであろう少女。

 彼女も少年と同様痩せ細っており、髪の毛も酷い有り様だ。

 そして少年は、その少女に盗んだであろうパンと果実を差し出していた。

 少女は申し訳なさそうにはにかんで、少年はその少女に笑顔を向けている。

 ボソボソとした会話は聞こえなかったが、リーンは状況を察する。


「シェイド、金を出せ」


 リーンは扉から身を引いて言った。

 シェイドも何を見たのかは大体察したのか、ポケットから巾着袋を取り出してリーンに渡す。

 受けとった巾着袋からいくらか硬貨を取り出すと、リーンはシェイドに巾着袋を返した。


 今彼女の手の中にあるのは、銀貨が14枚に、銅貨が数枚。

 合計およそ3000ウィリアに相当するそれらの硬貨をポケットに、リーンは廃屋の裏口を蹴開けた。


 ガコンと蹴開けられた扉に驚いて、中にいた少年はすぐさま少女を庇うように抱き寄せる。

 拠点に入り込んできたのは同世代くらいの女の子と、黒い服に身を包んだ男だ。


「よぉ。さっきはよくもやってくれたなクソガキ」


 盗みのことだろうか。

 少年はリーンにぶつかった事など覚えていなかった。

 ズカズカと入り込んできたリーンに、彼は為す術も無く一発頬を打たれた。


「い、妹は違うんだ……! 盗みをしたのは俺で……」


 少年の開口一番のセリフがそれだった。少年が抱きかかえる少女は彼の妹らしく、彼女は怯えている。


「どうでもいい」


 リーンはそう吐き捨てて、古びたベッドの上にポケットから取り出した硬貨を放った。

 銀貨と銅貨がベッドの上にまばらに散らばる。


「……!」


「お前らはその金でまず風呂に入れ。体を洗ってから湯に浸かるんだぞ。

 風呂で汚れを流したら、散髪に行ってまた風呂に入るんだ。

 その次は服。服を買え。それでまともな格好に着替えたら、中央広場でテキトーに飯を食って、腹一杯になったら広場のベンチでひなたぼっこでもしとけ」


「……え、と」


「わかったか? 私の言ったことを絶対に全部やるんだぞ。復唱してみろ」


 リーンは少年の頬をぺしぺしと叩いて言った。

 少年は訳がわからないのか、口をぽかんと開けて話し出さない。

 すると少年の妹が口を開いてリーンの言ったことを復唱した。


「……お、お風呂に入って髪を切って、またお風呂に入って、次は服を買ってご飯を食べる……」


 リーンは妹の方に視線を移す。


「広場のベンチでひなたぼっこを忘れてる。そこが一番大事だ」


「広場のベンチでひなたぼっこをする……」


「よし」


 リーンは満足したように頷くと、踵を返して路地裏に出る裏口へと向かった。

 しかし彼女は扉の前で思い出したかのように振り返る。


「あと、盗みをしたことのない地域で行動しろよ?」


 兄妹が頷くのを見ると、彼女はシェイドを連れて廃屋を後にした。



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