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キラー×キューピッド  作者: 弁当箱
第一章 美女と魔獣の恋
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第二話 女神の名案

 翌朝、リーンは宿のベッドで目が覚めた。部屋の隅にはシェイドが壁にもたれかかって座っている。

 早朝は少し冷えていた。


「あー、夢じゃねぇ……。やっぱり下界に来てる……ああ……」


 目覚めて早々の嘆きに、シェイドは目を瞑った。

 彼は彼女が寝言で天界云々言っていたことを知っていたので、その痛々しい嘆きに少し同情してしまったのだ。

 自己責任とはいえ。


「目覚めたか」


 シェイドは部屋の隅からリーンに声をかけた。


「なんでそんなとこに座ってんだよ気持ち悪いな。自閉症かよ」


「……」


 早朝からの彼女の口の悪さに、シェイドは早くも閉口した。先程の同情も全て吹き飛ぶ。


 シェイドが部屋の隅に身を固めていたのは、見知らぬ土地に警戒していたからに他ならない。

 彼は夜中(やちゅう)ずっと周囲に気を張っていたのだ。故にシェイドはあまり睡眠をとることができていなかった。

 そんなことも知らずにリーンは大きなあくびをして、気持ち良さそうな伸びをする。


「昨日私結構飲んでたろ」


 リーンは言った。


「そうだな」


 昨夜、彼らは食事でもしながら今後の話をするつもりだったのだが、結局できなかった。

 二人共食事に夢中になってしまったのと、リーンが完全に酔ってしまったためだ。


 そのことを思い出したのか、リーンは黙り込んだ。

 黙り込んだのは、昨日酔ってしまうという醜態を見せたからではない。

 そんなことは彼女にとってどうでもよく、今後の事について考えるために黙り込んだのだ。


 愛を集めるにしても大体の道筋を決めて行動した方がいい。

 それを話し合いたいのは山々だが、正直部屋の隅に座っている男からはあまり良い案がでそうにないし、自分が道筋を立ててあいつを動かした方がいいかもしれない。

 天界に早く帰るために。


 そこまで考えて、女神リーンはやけに肌がべたつくことに気づいた。

 そういえば昨日は半日も歩いて汗を掻いたのに、風呂に入っていない。

 いつもは身を清める力を使っているから風呂に入る必要もないのだが、力が使えない今、体は汚れてしまう。

 リーンは今後の筋道を考えるより優先すべき事に気づいた。

 思い立てば口にするのは早かった。


「風呂だ。風呂に入りたい」


「……風呂?」


 会話の流れとしては唐突なものだったので、シェイドは一度聞き返した。


「そうだ。風呂だ」


「……風呂か。悪くないな」


「だろ?」


 シェイドの思わぬ賛同に、リーンは少しだけ気分が良くなる。

 シェイドの方もせめてシャワーでもいいから浴びたいと思っていたところなのだ。

 リーンはさっそく風呂に入るべく部屋の入り口に向かった。


「待て。この宿に風呂は設備されていないぞ」


 シェイドのその言葉を聞いてリーンはまず部屋の壁に蹴りを加えた。

 つま先に少しの痛みが走ったが、怒りが(まさ)った。


「なんでだよ!!」


 シェイドがこの宿に風呂がないことを知っているのは、リーンが寝てる間に宿のマッピングをしたからだ。

 一日でチェックアウトするかもしれない宿で、わざわざそんなことをするのはもはや彼の癖だった。

 自分のいる建物の見取り図を頭に入れるのは、いつ敵に襲われるかわからない職業だったシェイドにとって、当然の習慣となっていた。


「風呂の文化がないのかもしれないな」


「それは如何(いかん)ともしがたい……」


 リーンはすっかり意気消沈してしまった。

 しかしまだ風呂の文化がないと決まったわけではない。それはシェイドの憶測でしかないのだ。


「魔法が発達した世界なら大浴場の一つや二つ、ぽんと出せるんじゃないか」


 シェイドは言った。


「随分とメルヘンチックな魔法のイメージを持ってるんだなお前は」


「できないのか」


「魔法ってのはお前が考えてるようなもんじゃなくてな、そんな突飛なことはできない」


「……というと?」


「まず属性。この世界じゃたしかこれが7つある。自分の持っている魔力の系統とかそういうのもあって、魔法と言っても色々な種類があるわけだ」


「なるほどな」


「だからお前が考えてるような魔法……、例えば川を可愛くちょうちょむすびにしたり、お山に相撲をとらしたりなんてことはできないんだよ?」


「お前馬鹿にしてるだろ」


「いーや?」


「……」


 まあいい、そう思ってシェイドは立ち上がった。

 シェイドは壁際の小さな丸テーブルの上に置いたクロスボウを手にすると、壁にかけてあったコートを羽織った。

 重い巾着袋はそのポケットの中だ。


「チェックアウトすんのか?」


「いや、しない。

 大体の方針が決まるまではここを拠点にした方がいいだろう」


 彼は自身が今いる宿は比較的安心できる場所であると判断していた。

 常に騒がしい一階の酒場と、広場の側にある宿の立地。窓も通りに通じているので、常時外敵に細心の注意を払う彼にとっては悪くない条件である。


 大体の方針とは、愛の集め方についてのことだ。

 しかし彼らはまだ一番大事なその話をするに至っていない。話がまとまるまでは動きようがないというのに、二人の考えは完全に食い違っていた。


「ああ、その辺は任せるわ」


 リーンはどうでも良さそうに言った。一度は風呂へ向かうべく扉の前まで来たが、すでにベッドに腰掛けて足をブラブラさせている。

 やるせない様子だ。


「で、風呂のことだがどうする?」


「風呂がないんならどうしようもねーよ。力を使うわけにもいかないし」


「この宿になくても、街のどこかにあるかもしれない」


「……前向きだな。つーか結構風呂に乗り気じゃねーか。

 でも一理ある」


「ここの主に聞いてみるか」


「そうだな」



ーーー



 シェイドが宿の主に聞いたところ、グリムスワールには大浴場がいくつかあるらしい。そして、シェイド達が泊まった宿にも一応浴室はあるらかった。

 浴室というより、水の魔法で軽く体を洗い流すための小さな空間だ。

 シェイドは一応その空間のことを知っていたが、それが浴室だとは思い至らなかった。


「ここから一番近い大浴場はヴィライナ大浴場だなぁ。前の広場の西通りをまっすぐ進んだとこにある」


 宿屋の主は酒場のカウンターからそう言って宿の入り口の向こうを指差した。

 あちらが西の通りらしい。

 だが、と宿屋の主は言葉を続けた。


「ヴィライナ大浴場はあまりおすすめできないな」


「なぜ?」


「あそこの湯術士は腕が悪いんだ」


 聞き慣れない単語にリーンは眉を寄せた。

 湯術士とはなんだろうか。

 そう思ったリーンは口を開く。


「湯術士って?」


「湯術士を知らないのか?」


 リーンに、一体どこの田舎から来たんだという目を向けて、宿屋の主は聞き返した。


「あ? 悪いのか?」


 子どもの口から出たとは思えないドスの利いた声に、宿の主は声をつまらせた。


「い、いや、そんなことはない」


「じゃあ湯術士ってのはなんなんだ?」


「湯術士ってのは、風呂の湯を溜める専門の魔法使いのことだ。湯術士が違うだけで、水の質とか温度とか、色んな違いがうまれる。大浴場を経営してるのは基本的に湯術士だな」


「へぇ、けったいな職業もあったもんだな」


 けったいな、と思ったのはリーンだけで、シェイドは湯術士という職業に感心していた。


「で、一番腕の良い湯術士はどこにいるんだよ」


 リーンは宿の主に一番腕の良い湯術士のいる大浴場を尋ねた。

 主はうーんと唸り、頭の中でどこが街一番の大浴場かを争わせていたが、ふと文句なしに一番と言えるであろう湯術士を思い出した。

 その湯術士が沸かした風呂に、彼自身入ったことはない。しかし、一番腕の良いといえば誰もがそう答えるであろう湯術士だ。


「そりゃあ王宮の大浴場だよ。

 王様専属の湯術士は飛び抜けて腕がいい」


 その風呂に入れるかどうかはさておき、と彼が続ける前に、リーンの意思は決定した。


「じゃあそこに行くことにするか。行くぞシェイド」


 そう言って背中を向けたリーンの肩を、宿の主は慌てて掴んだ。


「ま、待て待て。王宮の大浴場に一般市民が入れるわけがないだろう」


「あ?」


 リーンは顔をしかめた。シェイドは「だろうな」と心の中で呟く。


「ただの民衆ごときが王の風呂に入ろうってのはさすがに……」

 

「王ごときが私より偉いのかよ」


「お嬢ちゃん、それはあんまり外で言わない方がいいぞ?」


 真面目な顔でそう言った宿の主に、シェイドが返事した。


「すまない。きつく叱っておく」


「お前に叱られる筋合いはねーよ!」


 リーンはシェイドの腹をドンと叩いたが、ダメージは入らなかった。


「まあ話は戻るけど、王宮の大浴場に入れる可能性があるとしたら、金を納めるか貢物(みつぎもの)を献上するしかないんじゃねーかな。

 それで無理なら城の近くにあるシャルール大浴場がおすすめだ」


「ふーん。じゃあとりあえず王宮に行ってみるわ」


 リーンはそう言って宿の入り口へ足を進める。

 ジェイドは宿の主に礼を言って、その後を追った。



ーーー



 リーンは大通り闊歩していた。その後を歩くのはシェイドだ。

 彼らは城に向けて歩いている。


「金があれば入れる。本当にそう思っているのか」


 前を闊歩するリーンに向けてシェイドは言った。


「有り金全部はたいてでも私は王宮の風呂に入りたい」


 リーンは振り返らずにそう答える。


「……」


「まあそれは冗談だけどさ、宿屋のあいつも貢物を出せば入れるかもとか言ってたじゃねーか。大丈夫だって」


 リーンの楽観にシェイドは溜息を圧し殺した。だが同時に、シェイドもどうせなら良い風呂に入りたいと思っていた。

 公衆浴場の汚れた湯に浸かるのは、断固拒否とは言わないが、あまり気が進まない。


「貢物って、何を出すつもりだ」


 シェイドが聞くと、リーンは立ち止まってシェイドを指差した。


「金で無理なら、お前が特技でも披露しろよ。そういう小ネタかなんかあんだろ?」


「……あると思うか?」


「ねーの? 役に立たねーな」


「……あ?」


「お?」


 リーンは小さな体でシェイドを睨みつける。


「……」


 シェイドはその姿を見て目を瞑った。こんな小さい女に腹を立てるのはバカらしいと思ったのだ。

 彼は再び歩き始めて言う。


「そもそもこんなことで王に謁見(えっけん)出来るとは思えないな」


「逆にこんなことだから謁見できたりするんだぜ。

 風呂に入るためだけに王に会おうとする馬鹿なんてそういねーよ。私が王なら物珍しさに謁見を許す」


「馬鹿という自覚はあったんだな。門前払いをくらいそうだ」


「いいじゃねーかとりあえず行ってみようぜ。話はそれからだ」


 二人は足を早めた。

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