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キラー×キューピッド  作者: 弁当箱
第一章 美女と魔獣の恋
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第一話 王都グリムスワール ★

 王都グリムスワールは繁盛(はんせい)していた。その街並みも、シェイドが知っているものとは大きく違っている。

 ビルなど一つも見当たらず、煉瓦(れんが)積みで赤い屋根の建築物が続いている。電柱などもなかった。

 人々が行く通りは石畳で舗装されており、屋台や店が多く開いていた。

 大通りの遥か先に見えるのは大きな城だ。


「街の様子が俺のいた国とは随分と違うな。欧州を思い出す」


 シェイドが思い浮かべているのはドイツの都市、ローテンブルクの街並みだ。

 あの街の景観が非常にこの街に近い。

 

「そりゃあな。この世界には魔法があるから科学は発展しなかった。

 この世界の街はだいたいこんな感じじゃね?」


「そうなのか」


 この統一された美しい街並みは、伝統的な工法と材料を踏襲したものからだろうか。それとも、景観を守るために規制されているのか。

 欧州の大都市では古い景観を守るという美意識からそういった規制が存在していることを彼は知っていた。


「そんなことより足が痛い。もう歩けない休みたい」


 リーンは今にもへたり込みそうな声でそう言った。

 無理もない、半日近く歩いてやっとこの街に辿り着いたのだ。シェイドはともかく、幼い体で歩ききったリーンには限界が来ていた。


「そうだな」


「宿を探そう宿を。ていうか探せ」


 言われてシェイドは空を見上げる。

 空は少し夕日がかっていて、赤く染まっていた。宿を取るならもう動き出した方がいいかもしれない。


「この世界で俺の言葉は通じるのか?」


「言葉については大丈夫。

 魔法陣経由で翻訳能力を付与しといたからな。

 だから宿を探してこい」


「そうしたいところだが、金が無い」


 宿に泊まるには当然金がいる。しかしシェイドは一銭も金銭を持っていなかった。

 いや、ポケットには札がいくらか入ってある。だが世界が違うのに、同じ通貨を使用しているはずがない。


「あー、金か」


「そうだ。その様子だとないんだな」


 この世界で金を稼ぐ手段を少なくともシェイドは知らなかった。稼ぐにしても時間はかかる。

 簡単な殺しなら楽なものだが、それは依頼人を探すのに難がある。


「チッ、これを売るしかねーな」


 シェイドが何かないものかと考えていると、リーンはそう言って自分の服を軽く引っ張った。

 リーンの服は彼女が天界で纏っていた、青い雲の装飾された白装束。それがそのまま今の体に合うように小さくなったものだ。


「売れるのかそれ」


「金色姫の絹に愛の力で青雲をくっつけて作ったローブだからな。絶対高く売れる。つか高く売りつける」


「でもこの世界の通貨価値は分かるのか?」


 口に出してからシェイドは仮にも女神に愚問だったかと思った。

 しかしリーンから帰ってきた言葉はシェイドのその思考からはズレたものだった。


「分かんね」


「……」


「あ? なんだよその目は。

 すべての世界のすべての通貨価値とか覚えてるわけねーだろ。ゼウスじゃねーんだぞ私は。

 そういう世界についての知識は別のところに保管してあって、その知識を引き出すのにも愛の力がいるんだよ」


「つまり愛の力がほとんどないお前は無能ってことか」


「誰が無能だぶっ潰すぞお前。このローブが売れてもお前は野宿な」


「俺が野垂れ死んでも構わないならそれでいい」


「それはなし。

 あー、こんなくだらない争いしてる場合じゃねーんだよ。とっとと売りに行くぞ」


 リーンはシェイドの尻をバンと叩いて街の中へと歩きだした。



ーーー



「安すぎるだろハゲ店主!」


「なんだこの子ども! すげぇ口悪い!」


 リーンはシェイドの漆黒のコートを羽織り、ある布屋の店先で喚いていた。

 その後ろに立つのはシェイドだ。シェイドは町ゆく人に注目されるのが落ち着かなかった。

 彼は職業柄、これまで目立つのを避けてきたため、こうして注目を浴びるのには慣れていないのだ。正確にはシェイドではなくリーンが目立っているのだが。


「15万ウィリアは出せ! 見ての通りただの素材じゃねーんだぞ! 本来なら金払って手に入るもんじゃねーんだよ!

 子供だからって足元見てんじゃねぇ!」


「だから15万はきついよお嬢さん……。9万が限界だって」


「9万!? 噴水の前の店は9万5000だった!」


 実に6店舗目の布屋である。

 どの店もリーンが満足する値を出さなかったので、とうとう6店舗目まで来たのだ。

  

「10万……! これ以上は無理だ!」


「ああ゛!? まだ出せるだろ!」


 布屋の店主はリーンの後ろに立っているシェイドに視線を投げた。助けてくれという目だ。


「……おい。もう諦めたらどうだ。どの店も同じような値段だ。それくらいがそのローブのレートなんだろう」


 シェイドとしてもこれ以上店を回るのは避けたかったので、そう言ってリーンの肩を掴んだ。


「黙ってろよ木偶(でく)の坊」


 そう言ってリーンは肩に乗せられたシェイドの手を払った。


「あ?」


「お?」


 もはや定例となりつつある沈黙が少しの間続く。


「……明らかにもうそれ以上の値で売るのは無理だ。

 この街の物価を見ても中々の値段だと思うぞ。10万ウィリアもあればしばらくの生活には困らないはずだ」


「違う。私の服がこんなに安いのが気に食わない」


「どうしようもないなお前」


 だが確かに、リーンの着ていた白装束は、本来値が付けられない代物である。しかし布屋の店主にとっては初めて見る布地なので、その真価を見極めきれずにいたのだ。価値が定まっていないというのが正しいかもしれない。


「じゃあ10万ウィリアに、お嬢さんの服を一式つけるって言ったらどうだい?」


 まだまだ食い下がりそうなリーンを見て、布屋の店主はそう言った。


「……どんな服かにもよるな」


「それは店主である俺が責任持ってコーディネート……」

「私が選んでいいならその条件でいい」




挿絵(By みてみん)




ーーー



 広場付近の宿で彼らはチェックインを済ませた。

 殆どの宿がこの時間満室になっていたが、この宿だけ偶然一室空いていたのだ。

 現在、彼らは宿の一階にある酒場で食事をしている。

 そして、彼らの豪快な食事は酒場で注目を集めていた。

 次々と運ばれる酒と料理をすぐに平らげ、空いた食器をテーブルの上に積んでいく。


 リーンの服はしっかり新調されていた。

 あの店にリーンが気に入るものがなかったので、彼女が選んだ服はそこまで高い物ではない。しかし、その姿に合った子どもらしい服装だった。

 胸元に兎の飾り玉が2つ付いているワンピースに、上からうぐいす色のパーカーをゆったりと羽織っている。


 シェイドのオーバーコートは彼女が部屋に脱ぎ捨てて来たので、彼の方は今、立ち襟の神父が着るような祭服(キャソック)姿だ。目立っていたクロスボウも部屋に置いてきてある。

 彼が今持っているのはジャラジャラと硬貨が擦れ合う音の鳴る巾着袋の財布だけだ。


「ぷはー」


 最後のジョッキに入った酒を飲み干してリーンはテーブルに突っ伏した。

 存外美味かった食事にシェイドも満足していた。

 シェイドはあまり酒を飲まなかったが、リーンの方はその小さな体のどこに入るのかというくらい酒を飲んでいたので、頬は火照り、完全に酒が回っている。

 これからのことを話そうにも、この状態じゃあまともな話ができそうにない。

 そう思ったシェイドはお代を済ませ、リーンを連れて早々に部屋へ戻ろうとした。

 そんなシェイドに怒声を上げたのはリーンだった。


「おい! お前がなんで私の財布持ってるんだ!」


 テーブルに突っ伏したリーンの視線の先にはシェイドの持つ巾着袋があった。

 これは彼女が持つよりシェイドが持ったほうが安全なので、彼女自身がシェイドに預けたものだ。


「お前が俺に渡したんだろう」


「私のなんだから私が持つ!」


 そう言って椅子から立ち上がったリーンはシェイドから巾着袋を奪い取る。

 見ての通り、泥酔とまではいかないがリーンは酔っていた。


「なくしそうだ」


「子ろもじゃあるまいし」


呂律(ろれつ)が回ってないぞ」


「あー?」


 シェイドは心配だった。

 彼は彼女がなくさないよう、リーンが持つ財布に注意を向けていたが、なくしたらなくしたでリーンをからかう種にもなりそうなので、やはり放って置くことにした。


「……先に部屋に戻る」


 そう言ってシェイドが酒場の階段を上がっていくと、リーンはその後姿を見てまたも引き止めた。


「どこいくんだ! 私を天界に帰せ!」


「……」


 あの状態のリーンを一人にするのはまずいか。

 そう思い直したシェイドは踵を返してリーンの元に戻る。 

 そしてその首根っこを掴んで彼女を持ち上げると、そのまま酒場の階段を上がっていった。


 二階にある与えられた一室のドアを開けてその中に入ったシェイドは、すぐさまリーンをベッドに放った。

 彼はリーンに毛布をかけ、自分は扉を施錠してから部屋の隅に座り込んだ。


 ベッドからはすでにスースーと寝息が聞こえてきていた。



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