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キラー×キューピッド  作者: 弁当箱
第一章 美女と魔獣の恋
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第十一話 広場の激闘 ★

 ギルドでの食事を終えたシェイドとリーンは、近くに宿屋を見つけ、そこに泊まることにした。

 三日間の長旅で疲れ果てたリーンはベッドに直行する。彼女が自分の足でこれ程歩いたのは初めてのことだった。


「はぁー、久々にまともな寝床で寝られる」


 ベッドに腰を下ろしたリーンはそのまま後ろに倒れ、天井を見上げた。

 天井が揺れている。どうやら彼女は酒を飲み過ぎたようだった。


「体がベタベタする……」


 彼女はボソリとつぶやく。3日も風呂に入ってないのだから当然であった。

 本来なら風呂に入らなくても、女神の特性である"浄化"の力で清潔を保てるのだが、保有する愛が少ないためにそれはできなかった。


 そもそも、人間の子どもに姿を変えているリーンは、意識しなければ女神の力を使役することができないのだ。それで彼女は、自分に使用する無駄な愛の浪費を抑えていた。

 その割には、シェイドを子どもの姿にしたり、無駄と思えるような愛の使い方をするのだが。


「この町に風呂はないのかね、シェイド」


「あるんじゃないか」


「お前はホント意思疎通のできない人間だな」


 お前には言われたくないと内心で返して、シェイドは部屋の隅に腰を下ろした。荷物はすぐ側に置いている。

 リーンはそんなシェイドを見て「はぁ」とため息を吐くと、上着をベッドの上に脱ぎ捨て毛布をかぶった。

 枕元のろうそくに寝転んだまま強く息を吹き付けて消し、リーンは目を瞑る。


 目を瞑ると、外から木々のざわめきが聞こえてくる。


 外の風が止むと、夜の町は静かなものだった。部屋の中も森閑(しんかん)としている。

 シェイドは部屋の隅で片膝を立て、それを抱え込むようにしていつもの寝る体勢に入る。


「そうやって寝るの、しんどくないのかよ」


 リーンはうつ伏せで、視界の端にぼんやりと映るシェイドを見て言った。

 いつもシェイドは、毛布も被らず、部屋の隅でうずくまるようにして眠る。今日の宿は前と違い、ちゃんとベッドが2つある。野宿でもない。にも関わらず、彼の定めた寝床は最初から決まっていたようだった。


「慣れている」


 そう答えると、シェイドは静かに目を閉じた。

 こうして眠るのは、殺し屋として小さい頃から育った彼の、習慣のようなものであった。

 リーンはそんな彼を憐れむような……、どうでもよさそうな……、どちらか分からない瞳で眠そうに見つめる。


「お前はもう、殺し屋じゃないんだぜ」


 そうだろうか、とシェイドは思った。


「……安心してベッドで眠れるようになれ。本来、睡眠が必要ない数多の神も、時々こうして眠るんだ。なぜかって……? そりゃあ、心地良いからだよ」


 うつらうつらとしながらリーンは言う。


「こうしている方が落ち着く」


 シェイドは言った。

 なぜか彼は、孤児だった頃の事を思い出していた。

 後々シェイドの両親になる、二人の殺し屋にその才能を見込まれるまで、彼は孤児院で生活していたのだ。

 孤児院にいた頃も、彼はよく部屋の隅に閉じこもっていた。今のように眠ることはなかったが、彼は仲間を見つけることが苦手だったのだ。

 他の孤児達のひそひそ話に混ざれない夜は、部屋の隅が彼の特等席だった。

 

「……せめてこれ掛けて眠れよ」


 リーンは子どもの短い腕で、隣のベッドに手を伸ばし、その毛布をシェイドの方に放った。

 しかし毛布はシェイドの所まで届かなかった。


「じゃあ寝る」


「ああ」


 しばらくの沈黙。

 ふとシェイドは思い返して言った。


「明日の朝、探しに行くか」


「……何をだよ」


「風呂」


「……ん、ああ、だな」


 リーンの曖昧な返事は、微睡んでいるからである。

 普段は横暴な彼女も、眠りに落ちる、ふわふわとしたこの瞬間だけは、全てに優しくなれる気がするのだった。


 シェイドもまた、リーンの投げた毛布を拾い、それを被っていつもよりほんの少しだけ深い眠りに落ちた。



ーーー



 リーンが目覚めたのに合わせて、シェイドも目を覚ました。彼はとっくに目を覚ましていたが、今日はリーンの疲労を考えて、あえて二度寝を決め込んでいた。

 目覚めたリーンはぼけーっと口を半開きにして、半眼で虚空を見つめている。灰色の髪の寝癖が四方に散らばっていた。


「朝か……」


 どちらかと言えば昼だった。

 この世界、ルルティールには時計がないが、日術師という職業があり、彼らが日の出から日の入りまでの時刻を正確に教えてくれる。

 時刻の伝え方はまちまちだ。ある町では煙をたき、ある町では鐘を鳴らし、ある町では人づてに伝わっていく。

 

「……頭が痛い」


「飲み過ぎだ」


「あー、くっそ。体がだるい」


 朝から文句を垂れながら、リーンはベッドから降りた。


「床も冷たいし。良いことないなホント……」


 ぶつくさ言いつつも、リーンはテーブルの上の手鏡をとって自身の姿を見つめた。何度か頭の寝癖を抑え、彼女は手櫛で髪を梳かした。

 そしてベッドに脱ぎ散らかした上着を羽織ると、これで彼女の準備は完了する。シェイドの方も、いつでも出発できる準備ができていた。


 リーンは毛布を被るシェイドを見て、昨夜の会話をぼんやりと思い出す。

 彼女は頭を掻きながら言った。


「まずは風呂行くか」


「そうだな」





 宿をチェックアウトした二人は町の大通りを歩いていた。

 ガリフスの森林街を縦に両断する大通りは、他の街路とは違い、ほとんどの木々が伐採されている。地面には赤色のブロックタイルが敷き詰められていて、道も整っていた。


「おい見てみろよシェイド、あれ美味そうだぜ」


 大通りに展開される様々な屋台に目移りしながら、リーンはだらだらと歩く。

彼らは今、広場の先にあるらしい大浴場へと向かっていた。


「服もいるなー。下界のファッションセンスゴミだけど」


「無駄な荷物が増えるだろ」


「持てるだろ?」


「自分で持て」


「はぁ??」


 定例の言い争いに発展しそうになった時、ふと、リーンは通りの先に人混みを見つけた。


「なんだあれ」


 広場にできた人混みの中からは、何やら軽快なテンポの音楽が流れてきている。そして時折人混みから歓声があがる。

 どうやら人々は何かを見物しているらしい。しかし、リーンとシェイドの位置から人混みの中を見ることは難しかった。


「大道芸でもやっているんじゃないか」


 シェイドは無表情に言った。


「へー、いいな。見に行ってみようぜ」


 返事を待たずにリーンは駆けて行ったので、当然シェイドはその後を追うことになった。リーンは「どけ!」と声をあげながら人混みの中をかき分けてぐいぐいと進んでいく。リーンの代わりにシェイドが睨まれながら、彼らはやがて人混みを抜ける。


 するとそこには、ダンスを踊る男と、それにまとわりつくようにステップを踏む齢15程の少年、そして弦楽器と太鼓を使ってBGMを演奏する二人組がいた。

 大勢の人は、それを囲って団子になっていたのだ。

  

「なにやってんだこれ」


「大道芸、ではなさそうだな」


 見物人達の中にぽっかりと空いたフィールドで、ダンスを一通り終えた男が少年に向けて挑発するように指を向けた。

 そこで観客達の歓声があがり、すると今度は赤い三角スカーフを巻いたその少年が、待ってましたとばかりにダンスを始めた。


「これなにやってんだ?」


 リーンは隣で声を張り上げていた男にそう聞いた。


「見てわからないか? ダンスバトルだよ。今踊ってるあのチビが連勝中なんだ。なにもんだよあいつ」


 男は小柄な体格で激しいダンスを踊る少年を指差した。


「へぇ」


 クルクルと回転する大技を決めて、少年はピタッとポーズをとる。ピタリと音楽が止まると、そこでさらなる歓声があがり、先程踊りを踊っていた男は悔しそうに人混みの外に出た。


「すげーぞあいつ! また勝った!」


「どういう基準で勝ち負け決まるんだよこれ」


 リーンは顔をしかめて言う。いきなり勝負が決まって、彼女には訳が分からないようだった。


「んなもん、どっちがギャラリーを盛り上げたかに決まってるだろ」


「ふーん」


 リーンは納得したような顔で少年に視線を戻した。

 少年は嬉しそうに両手を広げながらグルッと体を一回転させる。


「もう誰も俺に挑まないのか!」


 彼がそう言っても、もう出ていく者はいなかった。そうしてしばらく微妙な雰囲気が続くと、観客のあちらこちらから財布を取り出す様子が見受けられた。

 この街に置けるストリートダンスバトルでは、最後に残った者が投げ銭を独り占めできるのだ。


 それを察したリーンの口元がにやりと吊り上がる。


「行って、こいっ!」


 そう言ってリーンは、隣に立っていたシェイドを後ろからドンと押した。彼女に押されたシェイドは、人混みの前へ一歩踏み出してしまう。人々の視線が一気にシェイドに移る。

 シェイドは振り返り、後ろで必死に笑いを堪えるリーンを睨んだ。


「お前……」


「ぷ、くく……ぷふふ! だめだ、おもしろい……!」


 シェイドは人混みの中に戻ろうと思ったが、すでに彼が帰る隙間はなくなっていて、人混みは今や彼にとってバリケードのようなものになっていた。


 彼が人混みを飛び越えるか迷っていたところ、赤い三角スカーフの少年がシェイドの肩を軽くタッチし、いきなりダンスを始めた。

 それに合わせて演奏が再開され、先ほどとは違った音楽が流れ始める。

 ギャラリーのざわめきが打って変わって歓声になる。それにより、シェイドは逃げられなくなった。


 少年は小刻みに体を揺らし、時に流れるような踊りを踊る。シェイドと人混みの距離を引き離すように、少年は彼の周りをグルグルと回りながらダンスをした。

 やがて少年は地面に手をつき、跳ねるように体を回転させ、慣性を無視したような急停止をして、その姿勢で技を決める。

 最後にシェイドに向けて首切りポーズを見せると、再度歓声があがった。


 そこでシェイドの体がフラッと崩れた。観客は彼が肩から倒れ込んだと思ったが、それは違った。

 シェイドはまるで重力を感じさせない倒れ方で、肩をクッションにして体を回転させたのだ。

 そこからバウンドしてきたかのように彼は立ち上がり、ステップにまとわりつくようなヒップホップを踊った。


 そこから唐突に始まるブレイク。


 シェイドはまたも地面に肩を吸い込ませると、足を大きく開脚し、下半身を浮かせて回転を始めた。

 地面に固定された上半身は仰向けになったりうつ伏せになったりし、激しい回転の遠心力を生み出す。

 今度は足をクロスさせて逆回転を始めると、そのままシェイドは顔の横に手をつけて回転したまま全身を持ち上げた。


 盛大な歓声が上がる。

 リーンはダンスの寸前に投げ渡された彼の上着を持ったまま、ぽかんと口を開けていた。

 赤い三角スカーフの少年もまた、シェイドのキレと、所々見受けられる見たことのない技術に仰天していた。


 シェイドは地面につく手を交互に入れ替えて、体操の鞍馬のように足を開脚旋回させる。

 そこから斜め逆立ちの姿勢にシフトしたシェイドは、下半身を回す勢いで上半身を片手だけ地面に着いて回転させ、ギャラリーで出来たアーケードの前を、アーチを描くように移動していく。彼はそのまま少年の前まで移動していくと、両手を着き、そのうちの片手を引き抜いて、体を一本の棒のようにして高速回転した。


 そして片手逆立ちの状態でピタリと回転を止めると、シェイドは頭に手を添え、広げた両足の片方を曲げて、静止できるとは思えない姿勢でポーズを決めた。


挿絵(By みてみん)


「うおおお!!」「すげぇえええええええ!!」「なにもんだよあいつ!!」「あんなダンスみたことないわ!」


「くそうっ!」


 少年が逃げるように人混みの中へ消えると、シェイドに向かって大量のチップが投げられた。

 シェイドは地面に足をつけ、体に付いた土を払う。

 すると、後ろから歩いてきたリーンがシェイドの背中をバシバシと叩きながら言った。


「アッハッハッハ! お前そんな特技あったのかよ!」


「別に特技じゃあない」


 リーンは予想外の余興ですっかり上機嫌になっていた。元々はシェイドを陥れようとしたことも忘れて、彼女は未だ投げ続けられる投げ銭をせっせと拾い集め始める。


「いやぁ、案外ノリいいんだなお前!」


「お前がそうさせただけだ」


 大浴場に行くんだろう。そう続けてシェイドは人混みの方に進んだ。

 リーンはそんな彼に手を伸ばして制止する。


「ちょ、まだチップ拾い終わってないって」


「金はたくさんあるだろう」


「何言ってんだ! 私達の金だぞ! お前も拾うの手伝え!」


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