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キラー×キューピッド  作者: 弁当箱
第一章 美女と魔獣の恋
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第七話 愛を込めた矢

 スラム街を出た彼らは、中央広場にある料理店の二階のテラスで食事をしていた。開店直後の料理店は空いていて、席に座っているのはリーンとシェイドのみ。一階の席を勧められたが、彼らは二階にいる。


 リーンは運ばれてきたサンドウィッチに大きくかぶりつくと、それを咀嚼しながら広場を眺めた。

 シェイドも挽きたてのコーヒーに口をつけながら、広場を横目で眺めた。


「あんな(はし)た金を渡しても、一時的な解決にしかならないだろう。

 またすぐに路頭に迷って盗みをするようになる」


 カップをテーブルに置いたシェイドはリーンの行動の欠点を突いた。先程の兄妹の件だ。

 リーンが意外な優しさを見せたことに驚いた彼ではあるが、ああいう行動に徳はあっても得はない。


 物を盗むことでしか生きられない彼らをさらに追い込むだけだ、と彼は続けた。


「あいつらには必要な分だけ金を渡した。大丈夫だ。私には考えがある」


 シェイドが意外と思った彼女の一面だが、リーンの本質的には意外とは言えないものなのかもしれない。性格が本質を隠している。

 そう、口は悪くても彼女は愛と美の女神。

 先程も、少年の妹に対する愛が彼女の慈愛を刺激したのだ。


「考え?」


 シェイドは尋ねる。


「結構むりやりな感じだけどな」


 リーンは広場から目を離さなかった。彼女は広場を往く人に一人一人視線を移している。


「あいつにするか」


 リーンは立ち上がって言った。

 向かいに座るシェイドは、リーンの視線の先にいる人間をすぐに見つける。

 視線の先にいるのは、もの寂しげな目をした齢18くらいの令嬢だった。彼女は広場の石段に腰掛けて虚空を見つめている。


「シェイド、クロスボウの矢を装填しろ」


 シェイドは言われて、クロスボウの弦を引いた。

 黄金の矢がクロスボウのストックに現れる。


「今何も考えずに弦を引いたろ?」


「ああ」


「それだと矢を当てた対象に無差別に恋をさせてしまう。弦を引く時は、恋をさせたい対象の顔を思い浮かべるんだ。

 鉛の矢の時も同じ」


「なるほど」


「ちょっと貸してみろ」


 言われてシェイドはクロスボウをリーンに手渡した。

 リーンは受け取ったクロスボウの矢を取り外すと、その矢尻に唇を当てて、再びクロスボウに装填した。


「今のは?」


 シェイドはリーンの謎の行動について聞く。


「今のはな、あれだ。矢に愛を込めたんだよ。

 お前がクロスボウを使っても恋と憎しみの矢しか出せないが、私が手伝うことで、愛を付与する矢も使えるようになる」


「愛を付与? 誰かに愛を分け与えるということか?」


 シェイドは再びコーヒーに口をつけて聞いた。

 カチャとカップが持ち上げられる音と、リーンがサンドウィッチを口に入れるタイミングの不協和音で、会話のテンポはよくない。


「ああ。

 愛には色んな種類があるだろう? ……いや、愛には色んな種類があるんだ。

 恋愛、敬愛、博愛、友愛、自愛、慈愛、人類愛……」


「ああ、それは分かる」


「私はそれらの愛を分け与えることができる。見ろ」


 リーンが取り出して見せたのは、LOVEメーターだった。

 数字の表記は550lgまで落ちている。


「かなり減っているな」


「矢に込めた愛の分、私の愛も減るんだ。この矢にはかなりの"慈愛"を込めた。

 風呂場で言ってた別のやり方なんだけど、これがそうだ。

 ほら、賭けとか言ってた奴だ」


「ああ、覚えてる」


「誰かに愛を与えることで、見返りの愛を求めるやり方。

 でも、いくら愛を付与されてもそれはきっかけにしかならない。見返りは返ってこないかもしれないってわけだ。

 だから賭けなんだよ」


「理解した」


 即答だったので、本当に理解してるのかという視線をリーンはシェイドに送る。

 だが、この無表情な案山子(かかし)にいくら口で説明しても無駄そうだ。

 分かってなくともおいおい分かっていくだろうと踏んで、リーンは視線を石段の令嬢に戻した。


「シェイド、あいつが見えるか。あそこに座っている女だ」


 リーンは令嬢を指して言う。


「ああ」


「よし、あいつを射抜け」


 リーンはテーブルの上にクロスボウを置いて言った。

 予想していたとはいえ、やはり突飛な言葉にシェイドは少し戸惑った。


「……いいのか?」


「いいぞ。矢には殺傷能力がないから安心して撃て」


「……分かった」


 シェイドはテーブルの上のクロスボウを手にとって立ち上がった。

 そしてクロスボウを構えると、一度だけ矢尻に触れてみる。

 ハート型の矢尻の硬度はなかなかのものだ。この硬い弦によって発射されれば確実に怪我をするであろう。

 そう思ってもう一度シェイドは確認する。


「本当に殺傷能力はないんだな?」


「ないから早く撃て」


「……」


「外すなよ」


「ああ」


 シェイドはクロスボウを構えて令嬢に狙いを定め、引き金に指を当てる。

 人殺しはリーンの得にはならないので殺傷能力がないのは本当のことだろう。


 石段の令嬢を完全にロックオンすると、シェイドは引き金を引いた。


 弦が解き放たれた音がシャッとなり、矢は放たれる。

 そしてビュンと放たれた矢は、30mほど離れたところの令嬢の額に突き刺さった。

 同時にリーンはシェイドの頭を叩く。


「アホか! 誰がヘッドショットしろっつったんだよ!」


「あ?」


 叩かれたシェイドは振り返ってリーンの目を見る。


「あ? じゃねぇ! 普通キューピッドの矢って言ったら心臓(ハート)だろ!

 心臓狙って撃てや!」


「心臓じゃないとダメなのか?」


「心臓付近じゃねぇと愛の浸透がおせーんだよ! あいつが気づいて矢を引き抜いたら終わりなんだからな! 込めた愛がパァだ!」


 そんなことは聞いていないとシェイドは眉を寄せる。

 しかし石段の女は、頭に矢が刺さったことに気づいていないらしかった。

 シェイドはそれを指差して言った。


「気づいていないみたいだ」


「んなわけ……本当じゃねぇか……」


 依然としてぼーっと虚空をみつめる令嬢を見て、リーンは目を丸くする。

 気づかれていないならそれでいいとリーンは咳払いをした。


 令嬢の額に突き刺さった矢は、しばらくするとやがてその形を消した。

 あれが浸透というやつかとシェイドは勝手に納得する。


「よし、これでオッケーだ。

 行くぞシェイド」


「待て。あの女に愛を付与した意味はなんだ」


 立ち上がって店を出ようとしたリーンを、シェイドは呼び止めた。

 リーンは面倒くさそうに振り返って言う。


「知りたきゃここであの女をずっと見てればいい。私はあんまり見たくないから先に行くけどな」


 自分の愛を付与したわけだ。その愛によって令嬢がどう動くかをリーンは予想している。

 あまり見たくないと言ったのは、彼女の気分的な問題だった。


「……」


「どうするんだよ」


 リーンが令嬢と先程の兄妹を巡り合わせようとしている。

 少年達と石段の彼女がどう巡り合うかまでは予想できていないが、シェイドは話の流れからそれを理解できていた。

 しかし、彼がリーンになんのためと聞いたのは、愛を付与された人間が何を思ってどう動くのか、なぜリーンはあの令嬢を選んだのか、その場で考えてみたかったからだ。

 先ほどの問いは、あえてリーンをこの場に留まらせようとした目論見だったが、彼女が見たくないというのならどうしようもない。


「……いや、いい」


 シェイドは少し考えてそう言った。

 彼は石段に座る女をもう一度眺める。

 石段の令嬢は膝に頬杖をついて虚空を眺めたままだ。



ーーー



 日が暮れて、シェイドとリーンは宿に戻ってきていた。

 彼らは酒場から持って上がってきた酒を各自煽っている。


 シェイドはベッドに腰掛けて部屋の窓から街の街灯を眺めており、リーンはテーブルの前にある椅子に深く座っていた。

 リーンが手にしているのはLOVEメーターだ。メーターの針が指す場所は大体2000lg付近。彼女はそれを満足げな様子で見つめていた。

 テーブルの上に立てられたランプの光がリーンを照らしている。

 LOVEメーターの針は、時偶小さく揺れて数値が微増していく。微減したりもした。



 今日一日、彼らは街の様子を見て回った。

 スラム街から中央通り、屋台が並ぶ広場や大浴場、遊戯場など。


 各所を回ってリーンが出した判断は、この街に愛の救済は不要というものだった。

 リーン曰くこの腐った世界の中、どういうわけかこの街における愛の質は良質であるらしい。

 つまり愛の救済が必要な人間も少ない。


 たまたまリーンの目に止まった兄妹や令嬢は、リーンとシェイドの手によって救済されたが、彼らもまた真に愛の救済が必要とは言えなかった。

 兄妹には、二人の間にお互いを思う愛が確かにあったし、虚空を眺めていた令嬢は自分で愛を獲得する力を持っていた。

 リーンは彼らの愛の質を上げただけにすぎない。


 より多くの愛を手に入れるにはもっと愛との縁が薄い人間をターゲットにする必要があるのだ。


「明日はこの街を出んぞ」


 そう言ったリーンにシェイドは視線を投げて尋ねた。


「それはいいが、この街を出てどこに行くんだ」


「愛の救済が必要としている奴らのところにいくんだよ。

 ここの国は潤い過ぎてるからな」


「潤い過ぎてたらダメなのか」


「いや、いいコトだぜ?

 でも、だからこそ私達がここにいる必要はないんだよ。

 もっと愛の救済を必要としている奴らがどこかにいるはずだ。戦争中の国とか貧しい国とか、そういうあまり良くない状況のとこにな。

 愛をガッポガッポ稼ぐためにはそういう所に行くのがいい」


 リーンがシェイドに与えた使命は、世界を愛で溢れさせろというものだった。本来シェイド一人で全うはずだった使命だが、リーンも天界に帰るために加担している。


 だが、リーンは全ての人間を救済してやるつもりなんて少しも思っていない。愛の救済を必要としている人間は星の数ほどいるのだ。

 女神は平等ではなかった。全てを救済できる万能さが彼女にない為、彼女はどこかにいる不幸な誰かを仕方ないと思える融通が利くのだ。

 人間だけに留まらないが、彼女は助けたいと思った者だけを救済するつもりなのである。

 それ以外は天界に帰るための愛稼ぎだ。


「人によって稼げる愛の量は違うのか?」


「そうだな。

 いや、というよりは、その人の状況によってってのが正しい」


 シェイドは納得する。

 愛の価値や質、量というものは、人の境遇や、愛との密着度によって変わってくる。納得できる話だった。


「要するに不幸せな人間をメインに救えばいいという訳だな。これで」


 シェイドは傍らにあるクロスボウを見やる。


「必ずしも愛と幸せが直結しているってことはないけど、端的に言えばそういうことだ」


 幸せと直結しやすい恋愛は、一番身近にある愛だ。この分野において活躍するのがキューピッドの矢である。


「とりあえず明日はちゃっちゃとこの国を出よう」


 リーンはLOVEメーターをテーブルの上に置くと、ベッドまで歩いてくる。

 シェイドはベッドから降りて言った。


「出るにしても目的地は決めた方がいいな。この街に辿り着けたのも、運が良かっただけだ」


「そうだな。明日宿の店主にでも話聞いてみるか。

 あと歩きたくないから荷馬車を買おうぜ」


「わかった」



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