3 神殺しと仲間たち
創造神の欠片自体は、最初に立っていた場所を動いていない。無数に伸ばした触腕を振り回し暴れているだけだ。
だが、その触腕の暴れぶりがすさまじい。マリーカを救うためにギュアースが幾度となく創造神の欠片に向かって突っ込んでいっているのだが、その都度、縦横に振るわれる触腕が阻んでいる。
様々な生き物や無機物が無作為に繋がった触腕は、とても敏速に動かせるように見えない。けれど、創造神の欠片から生えているそれは、まるで独立した生き物のように滑らかに動いている。
しかも、ギュアースの突進を防ぎながらテネースを確保しようとする動きも忘れていない。
右から左から、上から、そして地面すれすれを這うように、触腕がテネースに伸ばされる。
だが、それらはテネースに届かない。イアイラとネイオスが、双子らしい息のあった動きで、逸らし、弾き、斬り飛ばしている。
テネースは、地面に横たわったまま創造神の欠片と、戦いを続けるギュアースたちを見ていた。イアイラに言われたことを考え続けている。
どのような決着を望むのか。
創造神の欠片は、テネースを狙っていた。神の力を取り戻そうとするのは当然だろうと、テネースは思う。けれど、マリーカを掴んだまま離そうとしない。助けようとしているギュアースを邪魔してもいる。
人間のことを庇護の対象と見なしているとは、とても思えない。それどころか、人間という生き物がいることを理解しているかもわからない。
神の代わりに世界を見守ってもらうという案は、あり得ない。
それならば、イアイラも言っていたように、この世界から立ち去ってもらうしかないだろう。
(でも、どうやって?)
会話が成立するなら、出て行って欲しいと伝えることができる。だが、いきなりテネースに触腕を伸ばしてきてから一度も、向こうから意思の疎通を図ってはきていない。
(僕たちからも、話しかけてないや。やれることは全部やらないと。僕は、僕だけは諦めるわけにはいかないんだから)
テネースは創造神の欠片を見つめたまま、立ち上がった。引き倒され引きずられた身体は打ち身と擦り傷だらけでひどく痛かったが、真一文字に口を引き結んで耐える。
「僕が預かってる力は返します。だから、だからマリーカを返してください。そして、この世界から旅立ってください。お願いします」
込められる限りの思いを込めて、叫ぶ。お互いに一番いいであろう落としどころ。けれど、触腕の猛威は止まらない。マリーカを返すそぶりもない。
「お願いです。マリーカを返してください。あなたにとってこの力が大切なように、僕にとって――僕たちにとってマリーカは大切なんです。だから、返してください」
イアイラは一瞬足を止め、口元を微妙な形に歪めた。
ネイオスは流れるように足を運びながら触腕を斬っている。
ギュアースは小さく肩をすくめ、何度目かわからない突進をしかけた。
創造神の欠片に、変化はない。
「あなたがこの世界を創ってくれたことは、感謝してます。でも、もう人間は自分たちの足で歩いていきます。だから、この力を回収して旅を再開してください」
言って、テネースは歩き出した。一歩一歩、創造神の欠片に近づいていく。
創造神の欠片の動きがわずかに変わった。ギュアースやイアイラたちに向けられていた触腕の動きが幾分緩慢になった。
「あなたがここで眠っていた間、力を引き継いでいた神が僕たち人間を見守ってくれました。そして、そのおかげで自分の足で立って歩けるようになったんです。だから、安心してください」
テネースはさらに創造神の欠片に近づく。
ますます、創造神の欠片の動きが乱れる。
イアイラとネイオスは予測しづらくなった触腕の動きへの対応に苦慮しているが、ギュアースはわずかなりとも得た行動の自由を最大限に生かして、ついに創造神の欠片にたどり着いていた。
それに気が付いたテネースの歩みが、一瞬止まる。
ギュアースは大剣を右手に、表面の凹凸を巧みに利用して、驚くべき速さで創造神の欠片を登っていく。一直線に、マリーカを掴んでいる触腕を目指して。
マリーカが救出されるところを見ていたいという願望に抗い、テネースは再び歩き出した。
「僕は、あなたがどうして世界を創るのか、知りません。でも、かろうじて伝わった伝説が真実なら、今までに幾つも世界を創ってきているはずですね。これからも、創った世界にとどまるよりも新しい世界を創る場所を探して旅立った方があなたにふさわしいんじゃないですか」
テネースに向かって、触腕が五本、一度に伸ばされる。
歯を食いしばったネイオスが、数瞬のうちに三本を斬って捨てた。
イアイラが残りの二本を鞭で縛り付けるが、勢いを殺すことができず宙を舞った。
「イアイラさん!?」
触腕は二本ひとまとめになってテネースを目指す。だが、地面を離れ放物線を描いているイアイラは、鞭を手放していない。空中で身をよじり、足を触腕に向けた。そして、自然の法則に従って落下を始める。
迫る白銀の触腕に、テネースの腰が引ける。それでも、後ろには下がらなかった。
「大丈夫よ、テネース君!」
光の向こう、広げられた五指がはっきりと見えた直後、イアイラの声が響いた。
宙を舞い、全体重の乗ったイアイラの蹴りが、触腕の軌道を変える。触腕は大地を抉り、つぶてをばらまきながらテネースの足下で止まった。
「テネース君、格好いいわよ」
触腕の上から華麗に飛び降りたイアイラが、地面を掻きテネースに迫ろうとしていた輝く手を踏みつけ笑った。
イアイラの向こうでは、ため息をついたネイオスが触腕を斬っていた。
「妹は返してもらうぞ!」
安心して腰が抜けそうになったテネースの耳に、ギュアースの叫びが届いた。反射的に顔を上げる。
触腕の一本を蹴って飛んだギュアースが、両手で握った大剣を振りかぶり――即座に振り抜いた。
大剣が触腕を断ち切り、マリーカが宙に投げ出される。
ギュアースが必死に腕を伸ばす。だが、あと少しというところで届かない。
「マリーカ! ギュアースさん!!」
普段なら、ギュアースはもちろんマリーカも怪我をすることなく着地できる高さだ。だが、今マリーカは意識を失ってぐったりとしている。このまま地面に叩きつけられれば、最悪の場合死ぬ危険すらある。
テネースは、間に合わないとわかっていても走り出すのを止められなかった。
「マリーカのことは任せろって――言っただろうが!」
叫ぶと同時に、ギュアースは大剣を創造神の欠片に向かって思い切り投げつけた。それで得られた加速などわずかなものだったが、それでもあと少し届かなかった手は、マリーカの手をしっかりと握りしめた。
ギュアースは即座にマリーカを引き寄せ、しっかりとその腕に抱え込んだ。
「よかった……」
テネースはその場にへたり込み、深く息を吐き出した。
「後ろ!!」
イアイラの鋭い声が響いた。
顔を上げたテネースが見たのは、触腕がギュアースを打ち据えた瞬間だった。
短い苦痛のうめきを漏らしたギュアースが、今までとは比較にならない速度で落下し、地面に激突する。
「ギュアースさん!」
立ち上がったテネースが駆け出す。落ちる寸前、ギュアースが身体を回してマリーカを上にしたのは見えた。きっとマリーカに怪我はない。だが、ギュアースは?
「駄目!」
しかし、テネースはイアイラに腕を取られ、無理矢理立ち止まらされた。
「離してください、イアイラさん!」
「心配なのはわかるけど、今は他にやることがあるでしょう!」
暴れるテネースを、イアイラはしっかりと押さえつける。
「でも!」
「ギュアースたちの、そして神様の無事を確認する前に、創造神の欠片をどうにかしないと駄目なのは、わかっているでしょう」
今のままでは、ギュアースたちが怪我をしていてもろくに治療をできないのはわかっている。わかってはいるが、簡単に割り切れる問題ではなかった。
「テネース、一度決めて動き出したのなら、最後まで走り続けるべきだ。たとえ一緒に走っていた仲間とはぐれようと、目的地は決めてあるのだろう。途中で休もうが、別の道を選ぼうが構わない。ただ、目的地を見失うな」
淡々とした声にネイオスを見たテネースは、目を疑った。
今までギュアースにも向けられていた触腕が、すべてネイオスを襲っていた。
かなりの速度で振り回されているのでわかりにくいが、少なくとも十本以上の触腕が四方八方からネイオスを翻弄している。
だが、ネイオスはすべての触腕を相手取り、戦い続けている。かわし、いなし、受け流す。触腕がネイオスをかすめることはあるが、直撃はない。時には反撃を加えてすらいる。
「テネース君、さっきあなたが話しかけていた間、創造神の欠片は無反応だったわけではないわ。きっと、あなたの言葉は届く。私は、そう信じてる」
イアイラは、テネースの腕を離した。鞭を手に、弟に加勢するため走り出す。
「あ……」
イアイラの言葉に答えることも、イアイラを止めることもできず、テネースは立ち尽くす。
ネイオスとイアイラの二人は、巧みに触腕の攻撃をさばいている。ネイオス一人だった時に比べ、明らかに安定している。
しかし、いつまでもそれが続くわけではないということを、テネースは理解していた。
二人の体力が保つ間になんとかしなければならない。それもわかっている。
イアイラはテネースの言葉が通じると、そう言ってくれた。けれど、先ほどまでの創造神の欠片の反応を見る限り、テネース自身がその言葉を信じられなかった。
「神殺しよ」
近づいてくる足音。振り返れば、厳めしい顔にうっすらと笑みを浮かべた教皇が立っていた。
「一緒に行くとついてきておきながら、いざ事が起これば邪魔にならないよう隅で見守るしかない老人の戯れ言と思ってお聞き願いたい。聖職者の説教を、すべての人間が喜んで聞いてくれるわけではありません。子供や異端者を別にして、ごく普通の信徒の中にも、説教を聞こうとしない者が少数ながらおります」
教皇は、触腕と渡り合っているクリダリア姉弟を見つめながら、言葉を紡いでいく。
必死でどうすればいいか考えながら、テネースは教皇の言葉を聞いていた。
「壇上にいると、興味を持っていない聞き手のことはすぐにわかります。そういう時、我々がどうするかわかりますか?」
問いかけられ、テネースは首を横に振った。
「その興味のなさそうな人に注目し、その人に理解をしてもらいたいと願いながら、心からの言葉を投げかけるです」
「え、でも――」
「大多数の人間のために少数を犠牲にするのは仕方がない。そう言った私の言葉とは思えない、ですかな」
テネースが無言で頷くと、教皇の笑みがやや苦いものになる。
「言葉は悪いですが、説教に人の生き死には関わっておりませんからな……失礼、話が逸れた上にまともな答えになっていませんね」
そう言って、教皇は咳払いをした。
「あれに人と同じような意識があるのか、私にもわかりません。ですが、イアイラが言っていたように、確かにあなたが話しかけた――あるいは近づいたことで変化はありました。決して無駄ではないはずです。ですから、ネイオスが言った通り、目的地を目指して進むべきだと、私はそう思います」
「教皇様……そう、ですね。僕のわがままから始まったことなんだから、諦めずに最後までやり通さないと駄目ですよね」
神も、マリーカもネイオスも、イアイラも何度も背中を押してくれた。それどころか、一時は立ちはだかったネイオスや教皇まで諦めるなと言ってくれる。
いつまでも逡巡などしていられない。
テネースは、一歩踏み出した。
言葉が通じていたかはわからない。しかし、思いは十分に伝えた。あとは、その言葉が嘘ではないと示すためにも、神の力を返すことくらいしかできることはない。
否、できることがまだあるのだ。
「イアイラさん、ネイオスさん、創造神の欠片までの道を作ってください!」
駆け出し、叫ぶ。
「無茶を言う」
「泣き言を言うなんて、情けないわね」
姉をひと睨みしたネイオスは、苛烈な剣の一振りで触腕を一本斬り飛ばしてテネースとイアイラに応えた。
「ありがとうございます!」
創造神の欠片を見据え、テネースが速度を上げる。
イアイラとネイオスが懸命に触腕をさばき道を作る。触腕の数は、明らかに増えていた。
空気が、木と木が擦れ合うような音を立てた。
「なんの音?」
イアイラが眉をひそめる間にも、音は大きくなり、間隔も短くなっていく。
「わからない。けど、気にしてる暇があったら手を動かしてくれ」
その言葉に引き寄せられるように、テネースの走る速度がさらに上がった。走りながらも、テネースは視線を四方に飛ばして異音の原因がないかと探した。
だが、目に見える変化はない。音だけが今も続いている。音は次第に高くなっており、すでに軋むというよりも何かを割るような音にも聞こえる。
「あ……」
テネースの向かう先、創造神の欠片のすぐ側で、ひときわ大きく高く澄んだ音がした。そして、創造神の欠片の右側の空間を縦に区切るような線が走る。
呼吸が困難になるほどの重苦しさがテネースを襲う。全身の毛穴が開き、冷たい汗が噴き出す。走ることなどとてもできず、テネースはその場に膝をつきそうになった。
創造神の欠片の触腕も、まるで地面に縫い付けられるかのように動きを止める。
「何が起こっている?」
「わからないわ」
戸惑いの表情を浮かべ辺りを見るイアイラたちは、重苦しさを感じてはいないようだった。
縦に走った線が、ゆっくりと左右に割れていく。口を開けた空間は、創造神の欠片が放つ白銀の光を受けてなお漆黒を保っていた。
深い闇の中から、手が突き出された。骨と見まごうばかりに細い指、先端の爪は並みの剣など比較にならないほど鋭い。
その手を見た瞬間、テネースは心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚え震えだした。
「なに……あれ」
武器を構えるのも忘れ、イアイラが呆然と、空中に開いた隙間から突き出した手を見つめる。
はじめに突き出た左手に次いで、右手も姿を現す。そして、空間の縁を掴み、無理矢理こじ開けようとした。
漆黒の空間から、獣の咆吼が聞こえた。
それは、低く、それでいて高いという矛盾に満ちたものだった。大きな喜びと、深い憎しみを感じさせる咆吼は、幾度も幾度も繰り返される。
氷を砕いた時のような音が連続して起こった。
そして、空間の裂け目は大きな穴になった。
漆黒の闇の中から、炎のように真っ赤なものが飛び出す。
創造神の欠片を飛び越え、地響きとともにそれは大地に降り立った。四本の足で立つそれは、狼に見えなくもない。ただし、無毛の身体は濡れたように赤く、身体のあちこちに散らばった鋭い獣の目が辺りを睥睨しているという、異常きわまりない姿だったが。
大地を四本の足で踏みしめる獣の背は、創造神の欠片よりも上にあった。
その獣の背からは、二本の、人のそれによく似た腕が生えていた。骸骨のようにやせ細った、しかし鋭い爪を持つ腕が。
だが、見る者の目を引きつけるのは、常識外れの姿ではなく、顔に一対だけある大きな目だった。
それは全身に散らばる無数の目とは明らかに異なっていた。
白目のない黒い瞳に、まるで星空の星のように光が瞬いている。
創造神の欠片の放つ白銀の光が反射しているのではない。黒い瞳の中、自ら光を放つものが幾つも存在するのだ。
その異質な瞳は、神秘的ですらあった。
にもかかわらず、テネースはその巨大な獣に純粋な恐怖以外のものを感じなかった。
巨大な肉食獣はそれだけで恐怖の対象になるのに十分だ。その上この世のものとは思えない異貌をしており、瞳もとても生き物のそれには見えない。恐怖を抱かない方がおかしい。でも――と、テネースは思う。
(そんな表面的な怖さじゃない。もっと心の深い所が、あの化け物を怖がってる)
いつまで経っても、恐怖は薄れない。できることならば、今すぐこの場から逃げ去りたいほどだ。
「これまた変なのが出てきたわね」
イアイラがため息をつき眉根を寄せる。テネースが抱いているほどの恐怖を覚えていないのは間違いない。
「今のうちに倒れている連中を助けるべきだろう」
警戒を解かず、それでもネイオスが創造神の欠片に近づいていく。
テネースにはわからなかった。なぜあの二人は普通に動けるのか。あの獣が恐ろしくないのか。
自分が弱いだけかと、気力を振り絞って足を動かそうとしても、根を張ったように動かない。
(なんで、何がこんなに怖いんだ?)
唯一自由になる頭を使って、必死に考える。考えていないと、恐怖がおかしくなりそうだった。
そして、一つの考えが浮かぶ。
テネースとイアイラたちとの大きな違い。それは、神の力を宿しているか否か。
テネースが恐怖を感じ始めたのと時を同じくして、創造神の欠片も動くのを止めている。そう的外れな思いつきではないのではないか。
だが、だとしてもいったい何がこの恐怖の根源にあるのか、それはわからない。
テネースの視線の先、獣が動いた。
鋭い爪よりもなお鋭利な牙が並んだ口を大きく開き、大気を震わせる咆吼を上げた。
テネースはついに恐怖に耐えきれなくなり、耳を塞ぎ膝をついた。
創造神の欠片も恐怖を感じているのか大きく震える。
瞳に星を宿した獣が、牙に白銀の光を反射して創造神の欠片に飛びかかった。
巨大な顎が、創造神の欠片の一部を噛み千切った。獣の四本の足が再び大地を踏みしめる。
その動きと創造神の欠片の苦悶の震えが大地を揺らす。
「アリス!」
ギュアースとマリーカは、触腕で弾き飛ばされたから創造神の欠片から離れた所に倒れている。だが、神は今まさに巨大な二つの存在が立っているすぐ側に倒れているのだ。
恐怖は去ってなどいない。弱くなってもいない。
それでも、テネースの足は動いた。立ち上がれた。
走るとはとても言えないが、それでも前に進んでいる。
獣の一撃で何かが目覚めたのか、再び創造神の欠片の触腕が動き出した。それも、今までとは比較にならないほど激しく。地面を抉り、壁を吹き飛ばし、四方から獣に迫る。
「アリスっ!!」
固い岩盤が砕ける音に、テネースの絶叫が混じる。
「ちょ、ちょっと、今は駄目、テネース君!」
ゆっくりと、しかし着実に創造神の欠片に近づいていくテネースをイアイラが止める。
「離してください。アリスを助けないと」
「あんなところにあなたが行って何ができるの」
テネースはイアイラの手を振りほどこうと身をよじるが、その繊手はびくともしない。
「離してください」
なおも身をよじるテネース。相変わらず恐怖は感じているが、恐怖の源も、それと戦っている創造神の欠片も見ていない。土埃が舞いはっきりとは見えないが、神が倒れている辺りに視線は固定されていた。
「テネース君、しっかりして。神様はネイオスが助けに行っているから大丈夫よ」
「でも! あっ!!」
テネースの視線の先、獣の背から生えた二本の腕が、一本の触腕を引きちぎって投げ捨てた。土煙がますます激しくなる。
「アリス!!」
「駄目!」
テネースが今までにない力を発揮すれば、イアイラもそれに応じてテネースの腕を掴む手に力を込める。
人間たちを無視し、二体の怪物は戦い続けている。獣が優勢だが、圧倒的というほどではない。最初の一撃以降獣の攻撃は神殺しの欠片の本体には届いていないし、神殺しの欠片の触腕も幾度か獣の肉をむしり取っている。
「テネース、おまえは自分ができることとできないことを把握するべきだ」
ぼやき声が聞こえ、ネイオスが土煙の向こうから姿を現した。
「ネイオスさん!?」
テネースの目はほんの束の間ネイオスを見て、すぐにその背の神に据えられた。
ぐったりとした神は白銀の長い髪が垂れ下がっているせいで顔は見えない。だが、淡々としたネイオスの表情を見る限り、死んではいないのだろう。
突然、視界が明るくなった。
「危ない!」
身を投げ出したイアイラに抱きとめられるように、テネースは地面に転がった。
直前まで二人のいた場所に、岩と蛇と熊の手が繋がった触腕が勢いよく落下する。
「あ、ありがとうございます」
頬を引きつらせたテネースがお礼を言うと、イアイラはテネースの手を引いて立たせてから口を開いた。
「とりあえず、隅に避難しましょう。それから、あの化け物たちをどうするか考えないと」
ギュアースたちを回収して戦場から一番遠い壁際まで移動する間も、怪物どもは休む間もなく戦い続けていた。




