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1 テネースとアリステラ

 地震は、テネースたちが封印区画に近づくにつれ激しくなっていった。その事実が、神と教皇の言葉を裏付けているようで、テネースは不気味さとともに安堵を感じていた。


 だが、封印区画まであと少しというところで、下から突き上げるような縦の揺れに襲われた時は、全員が顔を青ざめさせた。


 揺れは激しく、しかも長く続いたせいで、テネースだけでなくマリーカや神、教皇が立っていられず座り込んでしまう。


「これは……さすがに」


 ギュアースが顔を歪めるが、表情とは裏腹に実に安定して立っている。


『これじゃあ、封印区画に近づけないわね』

「う、うん」


 アリスのぼやきにテネースが顔を真っ青にして答えた直後、今までで一番の突き上げが襲ってきた。身体が一瞬浮き上がるほどの揺れに、ギュアースも含め今まで立っていた者たちも膝をついたり座り込む。


「いたた……」


 思い切り打ち付けた臀部をさすっていたイアイラが、不思議そうに辺りを見回す。


「揺れ、収まってるわね」


 言われて初めて、テネースはもう揺れていないことに気が付いた。今までの激しい揺れが嘘のように、静まりかえっている。


「なんか、気味が悪い」

「まあ普通に歩けるんだしいいじゃねえか」

「そうですね。さっきみたいに揺れ続けてたら、僕はとてもじゃないけど歩くことなんてできませんから」


 まだ揺れが続いている錯覚に襲われながら、テネースがぼやく。


「情けないことを堂々と言うなよ」


 ギュアースがため息をつき、皆が笑う。


 明らかに異常な地震に対する不安や不審は誰もが抱いていたが、その笑いが前へと進む原動力の一つとなった。テネースたちは、すぐ近くに迫った封印区画への歩みを再開した。

 封印区画へと通じる扉は再び閉じられていたが、やはりただ閉じているだけで、開かないような工夫は何一つされていない。


「この扉、明らかに名前負けしてるよな」

「実際には、真の封印区画へ続いているであろう場所に入るための扉でしかないのだから、問題はなかろう?」


 肩をすくめるギュアースに、教皇が真顔で答える。


「そりゃまあ、そうだけどな……そういや、扉の向こうは明かりなんかなかったよな」

「明かりは、大丈夫」


 言い終えると同時に、神が白銀に輝く光球を作り出した。薄暗かった廊下が一気に明るくなる。暗さに慣れていた目が痛む程度の光量はある。


 テネースはすでに神が明かりを作り出すところを見ていたし、アビュドスで神の力を目の当たりにしているマリーカたちは驚かなかった。しかし、初めて神の力の一端を――たとえ明かりを作り出すという些細なことでも――目にした教皇は、驚きに目を見開いている。


「まさか、直接神のお力を目にすることになろうとは」

「感動してるとこ悪いが、開けるぞ」


 返事も待たず、ギュアースが扉を開ける。


 古めかしい鉄扉は重い音を立て、開いていく。激しい地震で歪んで開かなくなっていてもおかしくはなかったので、テネースはそっと胸をなで下ろした。


 扉の隙間から白銀の光球が中に入っていく。


「なんだこりゃ!?」


 扉を開けきったギュアースが、部屋の中を見た瞬間固まった。


「何してるのよ」


 一向にどこうとしないギュアースに業を煮やしたか、マリーカが兄を押しのけようと背中を押す。


「やめろ。あれを見ろ」


 ギュアースは身体を横にしてマリーカ以外の人間にも部屋の中が見えるようにした。


 叫び声を上げる者、絶句する者、目を丸くする者、顔色をなくす者。反応は様々だったが、大きな驚きに襲われているのは全員共通していた。


 床の大部分が崩れ落ち、大きな穴が口を開けている。四方の壁にへばりつくように残った床には、砕けた石材がごろごろ転がっていた。石材が壁にぶつかった跡も至る所に残っている。


『まるで、何かが下から床を突き破ったみたいね』


 テネースの右肩を離れたアリスが、部屋の中に入っていく。


「あ、アリス!」


 呆然と床に開いた大穴を見ていたテネースが慌てて後を追おうとする。


「ちょっと、そんなに慌ててたら落ちるわよ!」


 突然の行動に目を剥いたマリーカが、テネースの腕を掴んで止めた。


「床に足を置いただけで崩れる可能性もあるものね」

「しかし、いったい何が起こったのだ」

「先ほどのひときわ大きな揺れ、あれが原因……か?」

「だとしたら、さっきまでの地震はこれをやった奴のせい、ってことだよな」


 ギュアースの言葉に、全員が黙り込む。世界有数の巨大建築物である大聖堂を揺らし続け、さらには厚い石の床をぶち抜く存在。そんなものが実在するのなら、どのような姿をしているのか、どれほど巨大なのか想像もできない。


『部屋の中には何もいないわね。穴は、光が届く範囲じゃ見通せなかったわ』


 重い沈黙に包まれる一同の許にアリスが戻ってくる。


『もう、なに沈んでるのよ。床に深い穴が開いてるってことは、この部屋の下に空間があるってことでしょ。教皇が言ってた真の封印区画ってそこのことじゃないの?』


 テネースの顔の真ん前で腰に手を当てるアリス。


「あ、そうか」


 アリスに言われるまで、そんなことを考える余裕もなかった。

 テネースが興奮気味にアリスの言葉を伝えると、俄然一同の雰囲気が明るくなった。


「あ、でも、階段があるわけじゃないし、どうやって下りればいいの?」


 だが、マリーカの口にした疑問に再び沈黙が下りる。


「縄を集めさせることならできるが」

「穴の先がどうなっているかも、深さもわからないのです。危険すぎます」


 教皇の提案をネイオスが即座に否定する。


「アリスに穴の中を探ってきてもらうことはできないのか?」

「そ、そんなことさせられるわけないじゃないですか!」

『行ってもいいけど、明かりがないと何も見えないわよ』

「なんでそんなにあっさり言えるの!?」


 目を見開いてギュアースに詰め寄るテネースとは対照的に、アリスは実にさばさばとしている。そのことがますますテネースを焦らせる。


「なんだ、アリスはやってもいいって言ってるのか?」

「……言ってません」

「俺の目を見て言ってみろ」

『テネース、気持ちは嬉しいけどそういう嘘はつかないでいいから』

「……明かりがあれば別に行ってもいいそうです」


 気分的には嘘をつき通したかったが、アリス本人に止めろと言われては仕方がない。


「明かりか」


 ギュアースが神の作り出した白銀の光球を見る。


「テネースの気持ちもわかるし、あたしは反対だな」

「いっそのこと、全員で下りてみるのはどうかしら?」

「手っ取り早くてそれもいいけどな。どうやって下りるよ」

「それなら、わたしがなんとかできると思う」


 突然口を開いた神に視線が集まる。だが、神は一切気にする様子を見せず、止める間もなく部屋の中に入っていった。


「どうする?」


 縁から穴を覗き込んでいた神が、テネースを振り返って訊ねる。


「え、え、ええと?」


 さすがに即決できるはずもなく、テネースの視線が泳ぐ。


「下りられるならそれでいいんじゃないか。できれば下の様子を知りたいところだが、どうせ下りるんだしな」

「そうそう。なんならまずお兄ちゃんだけを下ろしてもらって様子を見てもいいし」

「別にいいけどな。もう少し肉親の情があってもいいんじゃないか」

「ギュアースに一人で行ってもらうのは冗談だとしても、悩んで時間を無駄にするくらいなら、さっさと下に行った方がいいかもしれないわね」


 イアイラの言葉に、教皇が頷く。


 皆に背中を押されるように、テネースの覚悟も決まった。神にまっすぐ顔を向け頭を下げた。


「お願いします」


 神は頷き返し、無言で手招きする。


 まずテネースが。ついでマリーカとイアイラが部屋に足を踏み入れた。ギュアースたちもすぐ後に続く。


「あなたたちが穴に飛び込んだら、わたしが落下速度を緩める。少なくとも、下には安全に下りられる」


「なるほど。じゃあ、俺から行こう」

「え? みんな一緒に行くんじゃないんですか?」

「お望み通り、俺がまず様子を見てくる」

「さっきのは冗談だってば」


 真顔で言うギュアースに、マリーカが慌てて首を振る。


「私も一緒に下りよう」


 ネイオスの申し出に、ギュアースがうろんげな視線を向けたが、肩をすくめて視線を神に転じた。


「俺とネイオスがまず下りる。あの明かりも俺たちと一緒に下に下ろすことはできるか?」


 神はギュアースの質問に無言で頷き、光球をもう一つ作り出した。


「んじゃ、ちょっと行ってくる。安全を確認したら声をかけるから、そうしたら下りてきてくれ」


 言って、ギュアースは穴の縁に立った。


「お兄ちゃん、気を付けてよ」

「ギュアースさん、ネイオスさん、無茶はしないでください」

「ネイオス、あなたなら大丈夫だと思うけど、気を付けるのよ」


 ギュアースはにやりと笑みを浮かべ、ネイオスは振り返りもせず穴に身を投げた。

 反射的に目を閉じたテネースだったが、神の声が微かに聞こえた気がしてまぶたを開く。


 ギュアースとネイオスが、白銀の光球と一緒にゆっくりと穴を落ちていく。


 幻想的に見えなくもない光景に、テネースだけでなく全員が無言で見入る。


 本来ならあっという間に落ちていく人間が、ゆっくりゆっくりと落下する光景は、テネースたちの時間の感覚を狂わせていく。


 ついに、白銀の光が穴の底を照らし出した。


「なに……あれ」


 目にした光景に、マリーカが顔を引きつらせる。


 穴の底には、巨大な何かが鎮座していた。今も穴の底に落ちていくギュアースたちという比較対象があるからはっきりわかる。穴の底のそれは、ギュアースの五倍近い大きさがあった。


 上から見る限り、穴の底の存在は卵に似た形をしていた。だが、その表面は卵の滑らかさとは似ても似つかない。曲面を描く表面には様々な付属物が付いていて、でこぼこしている。


 細長い何かだったり、ごつごつした岩のような何かだったり。他にも、様々な物が入り交じって突き出ている。


「あれが、創造神の欠片?」


 イアイラは穴を覗き込みながら首をかしげた。


「あのようなものが、この世界を作ったというのか?」


 皆が見つめる存在は、微動だにせず鎮座している。そして、その周辺には崩れ落ちた床の大部分が散らばっていた。


 やがて、ギュアースたちが床に降り立った。


 二人は、周囲を探ることなく、真っ先に穴の底の存在に近づいていった。表情はわからないし声も聞こえないが、熱心に調べているのはわかる。


 だが、特におかしなことは見つからなかったのか、ギュアースたちは創造神の欠片と思しき物から離れ、周囲の様子を探り始めた。


 テネースは、今にも創造神の欠片が動き出すのではないかと気が気ではなかったが、その兆候すらなかった。

 危険はないと判断したのか、ギュアースが上を向いた。


「大丈――だ。下――こい」


 ギュアースの叫びが、反響し上に届く。


「大丈夫、だって」


 穴の底からテネースに視線を移したマリーカが不安を滲ませ呟く。


「上で待っててもいいのよ?」

「行くに決まってるでしょ。テネース、行くわよ」

「あ、う、うん」


 創造神の欠片から目をそらすことができず、テネースは穴の底を見たまま頷いた。


 奇妙きわまりないあの姿を見ていると、本当に神の力を返してしまっていいのか不安になってしまう。


「止めるというのなら、私としてはありがたいですな」


 教皇の言葉にテネースが反応するよりも早く、マリーカが思いきり顔をしかめる。


「いえ、行きます」


 創造神の欠片に対する不安を押し殺し、テネースが教皇を振り返る。

 その姿が不気味だからといって、今さら諦められるはずもない。


「そうですか」


 厳つい顔に微かに笑みを浮かべ、教皇は頷いた。そして、そのまま穴に身を躍らせる。


「げ、猊下!?」


 イアイラが悲鳴を上げるのとほぼ同時、教皇の加速が止まりゆっくりと落ち始めた。イアイラが胸をなで下ろす。


「あたしたちも行こう」


 マリーカがテネースに手を差し伸べる。


「うん」


『テネース』


 背後からの沈んだ響きのアリスの声に、伸ばしかけたテネースの手が止まる。


「アリス?」


 振り返ると、アリスは強い感情をこらえるような表情でテネースを見ていた。


「アリス、どうかしたの?」

「何か話があるみたいなんだけど……」

「それじゃあ、私とマリーカは先に行ってるわね」

「え、でも」

「いいから、行くわよ」


 ためらうマリーカの手を掴むと、イアイラは有無を言わさず穴に飛び込んだ。


 突然のことにマリーカが悲鳴を上げるが、神が力を振るい甲高い悲鳴も収まっていく。


「……どうしたの、アリス」

『うん。突然ごめんね』


 問いかけるテネースに答えるアリスだったが、すぐに口を閉ざしてしまった。


 状況を考えれば続きを促すか、あるいは後で話を聞くことにして穴に飛び込んでしまうべきだと思うのだが、テネースは黙ってアリスが話し始めるのを待った。


『テネース、今までごめんなさい』


 長い沈黙を破ったのは、謝罪の言葉だった。


 あまりにも予想外で、テネースは言葉を返すこともできず、ただアリスを見つめる。


『テネースが望んだわけでもないのに神殺しに選んで、わたしみたいのがずっと一緒にいて。いろいろ迷惑をかけた上に、今こうしてここにいる。本当にごめんなさい』

「なに言ってるんだよ! アリスのことを迷惑に思ったことなんて一度もないよ。ここにいるのだって、僕のわがままが原因なんだから、アリスに謝ってもらうことじゃない。むしろアリスがいてくれたから僕は今まで生きてこれたんだよ。僕なんかと一緒にいてくれて、ありがとう」

『テネース……』


 感極まったのか、アリスの青く澄んだ瞳に涙が浮かぶ。


『わたしも、謝るんじゃなくて感謝するべきね。テネースと一緒にいられて、本当によかった。わたしのせいでテネースが両親や村の人たちに迫害されたのは本当に申し訳ないと思うけど、それでもまっすぐ育ってくれて、本当に嬉しかったのよ。テネースは嫌がるかもしれないけど、わたしが人間だった頃の弟たちを見てるようで』

「嫌なんかじゃないよ。アリスは、僕にとっても大切な家族だよ」


 それは、テネースの本心だった。怒鳴ったり、時には暴力を振るったりする本当の両親よりも、遥かに大切な存在だ。アリスのおかげで生きてこれたし、世間に対して敵意を持つこともなくすんだのだと思う。


 神殺しとしての役割を果たすつもりはないが、アリスと巡り会えたという一点において、神殺しでよかったとすら思える。


『ありがとう、テネース』


 アリスの笑顔に、テネースは思わず見とれた。だから、アリスが続けて口にした言葉が、すぐには理解できなかった。


『最後に、そう言ってもらえてよかった』


 笑顔を浮かべたままのアリスの頬を、一筋の涙が滑り落ちる。


「え、あの、え?」


 混乱がそのまま顔に出ているテネースから、アリスが遠ざかる。


「あ……」


 テネースが慌てて腕を伸ばすが、アリスはそれを避けるようにさらに離れた。

「ど、どうして」

『ごめんなさい』


 泣きそうな顔をしたテネースを、アリスが心苦しそうに見つめる。だが、テネースに近づこうとはしない。


『わたしは、あなたがこれからやろうとしてることはいいことだと思う。だからこそ、わたしとはここでお別れ』

「わかんない。なんでそんなこと言うんだよ!」

『テネース。本当はわかってるんでしょう? 神の力を創造神の欠片に返すのなら、わたしも消えるの』

「別に今すぐじゃなくてもいいじゃないか!!」

『創造神の欠片の前に立ってからじゃ、今みたいにゆっくりお別れができなかったかもしれないでしょう。それに、あなたとずっと一緒にいたわたしは消えてしまうけど、あなたと過ごした記憶も、思いも、全部神に引き継がれるわ。ただ、今までみたいにずっと一緒にはいられないだけ。うまくいけば、普通の人間として一緒にいられるようにすらなるわ』

「でも、でも……!」


 頭では、アリスの言っていることが正しいのはわかっている。それでも、アリスと別れるという事実に、心が反対する。どんな時でも側にいてくれたアリスがいなくなる。ただの家族よりもよほど身近な、ある意味半身とも言える存在との別れ。それは、悲しく心細いだけではなく、恐怖すら抱かせる。


『ねえ、テネース。わたしと神を吸収するのが嫌だから神殺しとしての役目を果たしたくないだけじゃなくて、かつてのあなたのように苦しんでる人たちを救いたいんでしょう? そのために、神の祝福に満ちた世界を変えようとしているんでしょう? だったら、わたしとの別れなんていう些細な痛みは、耐えないと。大丈夫、あなたはもう一人で歩いていけるわ――ううん、一人じゃないわね。マリーカやギュアース。それにイアイラたちだっているのよ。あなたの隣りを歩いてくれる人たちは、もうわたしだけじゃないでしょう』


 テネースとの距離を保ったまま、アリスが笑みを浮かべた。その笑顔は、儚く、悲しみを滲ませたもので、テネースに言葉を飲み込ませるに十分なものだった。


 目を背けてきたとはいえ、テネースも創造神に神の力を返すことがアリスとの別れでもあると理解していなかったわけではない。不意打ち気味にアリスから別れを告げられたことが、今まで目をそらしていたことを責められたように思えて、ただでさえ辛いアリスとの別れにテネースは押しつぶされそうだった。


(でも、でも僕がいつまでも駄々をこねていたら、アリスを困らせるだけだ)


 テネースは真っ白になるほどきつく唇を噛み締め、アリスを見つめた。


 アリスが別れを悲しく思ってくれているのは、その顔を見るだけでわかる。辛いのをこらえて、アリスは自分から別れを告げてくれた。テネースの背中を押してくれたのだ。


「ごめん、アリス。僕、最後まで心配させてるね」


 涙が零れそうになるのを必死にこらえ、テネースがアリスに笑顔を向ける。


 どのような未来でも、テネースとアリスが今までと同じように暮らしていくことはできない。それならば、いつまでも悲しんでいないで、後悔せず、よりよい未来を引き寄せるために惜しまず努力するべきだ。


 その第一歩として、笑顔で別れよう。


『ううん。もう、心配はしてないわ。テネース、忘れないでね。わたしの記憶も、思いも、なくなったりはしないから』

「うん。忘れないよ」

『それじゃあ、さよなら――はおかしいか。また、ね』

「うん……うん」


 こらえていた涙が、ついに堰を切った。かろうじて笑顔は保てていたが、溢れる涙のせいでぐちゃぐちゃだった。


『わたしも全力で応援するから、頑張ろう』


 アリスの笑顔も、涙まみれだった。


 それでも、二人とも笑顔は絶対に崩さない。


『先に下りていった人たちを待たせすぎるわけにもいかないわね』


 小さく手を振り、アリスはテネースに背を向けた。


 テネースは返事をすることもできず、必死に嗚咽をこらえてアリスの背中を見ている。


 アリスは、未練を断ち切るように首を振ると、振り返ることなく神の許へと飛んでいった。


 じっと二人の別れを見守っていた神は、手のひらを上にして両手を差し出した。アリスがその上に乗ると、神は両手を胸元に引き寄せた。


 その唇が「お疲れ様」と声を出さずに告げる。


 直後、神とアリスを中心に白銀の光が爆発した。


 光はテネースの視界を銀色に染め、急速に収束していく。


 視界が晴れた時、アリスの姿はどこにもなかった。

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