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神殺しと神と創造神、ときどき世界の秘密  作者: 金剛トモアキ
第五章 聖都にて待ち受けるもの
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2 聖なる都

「何怒ってるの?」


 アビュドスを出発してから十日、旅程のほぼ半分を消化した。

 街道から外れた森の中で野営の準備が終わったのを見計らったように、マリーカがテネースの隣りに座ってその顔を覗き込む。


「別に怒ってないよ」


 当然のようにそう答えるテネースだったが、その声は固く、とても上機嫌の人間のものには聞こえない。


 料理当番として夕食のスープを作っているイアイラの手が一瞬止まり、たき火の側で横になっているギュアースのいびきが束の間途切れた。

 テネースの右肩に腰掛けているアリスは、苦笑とともにマリーカとテネースを見たが、静観している。


「どっから見ても不機嫌じゃない。神様とネイオスが一緒にいることが多いから気にしてるんでしょ」

「ち、違うよ。何言ってるんだよ」


 否定するテネースの声はさっきよりも半音高い。

 アリスの苦笑は呆れと諦めの笑みに代わり、再開されていたギュアースのいびきが今までよりも大きくなった。


 神は、この十日あまりの旅の間もまったく態度を変えなかった。自分から誰かに話しかけることはないし、話しかけられても必要以上の受け答えはしない。

 ギュアースなどはそんな神の態度に悪態をついたこともあったが、神の力とともに感情も失っている最中なのだという説明を受けてからは、文句を言わなくなった。


 あまり長く会話が続かないこともあって神に積極的に話しかける者は、テネースを含めてほとんどいなかった。しかし、ネイオスだけは例外だった。

 移動している間はイアイラを含め誰とも口をきこうとしないのだが、野営の準備が終わると食事当番でない限り積極的に神に話しかけている。とは言っても、内容はイアイラが呆れるくらい硬い神学や信仰にまつわる話なのだが。


 最初は神とのやりとりも一言二言で終わっていたが、数日も経つ頃にはテネースたちよりも遥かに長い間神と会話を続けられるようになっていた。その上ここ二三日は姿は見えるが話し声は聞こえない程度には離れた所で話し込むようになっている。

 今も、テネースの視線の先でネイオスが熱心に話しかけており、神は無表情ながらもじっと聞いている。


「あたしと話してるのに見てるのは神様のことじゃない」


 マリーカが唇を尖らせると、ようやくテネースは神たちから視線を外した。


「あんなに熱心に何を話してるんだろう、って思ってただけだよ」

「そんなこと言ってるけど、アリスとおんなじ顔をした神様が、ネイオスと二人きりになってるのが嫌なんじゃないの」


 口調は冗談めかしていたが、マリーカの顔はかなり真剣だった。

 イアイラとアリスが意外そうにマリーカを見る。


「言ってる意味がよくわからないよ。神様がアリスの本体とは言っても、今はもう別人みたいなものなんだし、神様が誰と一緒にいたって僕には関係ないし」


 必要以上に早口になってテネースが答える。アリスを見たりマリーカを見たり神を見たりせわしなく、マリーカの表情には気付かなかった。


『テネースが神のことをどういう目で見てるのかにも興味はあるけど、確かにネイオスが何を話してるのかは気になるわね。信仰にまつわる話だけなら、何もわたしたちから距離を取る必要はないわけだし』

「アリスまでそんなこと言うの?」

「なんて言われたの?」


 テネースは反射的に答えそうになった言葉を飲み込み、改めて口を開いた。


「僕たちから離れてまで何を話してるのか気になるって」


 嘘は言っていないのだが、マリーカはあからさまに疑うような眼差しでテネースを見る。


「ネイオスのことは正直よく知らないけど、神様のことを口説くような性格じゃないと思うよ」

「だから、そんなことは心配してないってば!」


 大きな声を出したテネースを、マリーカはじとっとした眼差しで見つめる。


「案外、神様に考え直すよう説得してたりしてね」

「考え直すって、僕の案に協力しないように?」

「そう。聖職者のことはあんまり知らないけど、イアイラみたいに神様がいなくなってもなんとかなるかも、なんて考える方が例外的でしょ、たぶん。特にネイオスは姉が言うほど熱心な信者なんだし信仰の対象がいなくなるなんて認められなくてもおかしくないでしょ」


 マリーカの指摘に、テネースが考え込む。確かに、信仰心云々を別にしても、創造神の欠片に神の力を返した後この世界にどのような影響があるかは、神を持ってしてもまったくわからない。考え直すように説得を試みようとしてもおかしくない。


 テネースたちに聞こえるようにイアイラが「私だってきちんと神様のことを信仰してるわよ」などと言っているが、誰もまともに取り合おうとしない。


「ネイオスには聞きにくいだろうから、直接神様に何を話してるのか聞いてみれば? あるいは、アリスに頼んで聞き出してもらうとか――元々同じ存在なんだし、離れていても感覚を共有できたりしないの?」


 マリーカに訊ねられ、テネースは無言のままアリスを見た。

 ネイオスにせよ神にせよ直接訊くのは気後れしてしまうが、もしもアリスが神と感覚を共有しているのなら、知りたいことを知ることができる。盗み聞きにはなってしまうが、この状況なら許されるだろう。


『残念だけど無理よ。向こうがわたしの感覚を共有することはできるかもしれないけど、それだって完璧にできるとは思えないし。わたしと神が再び一つになれば、お互いの考えていたこともわかるし記憶だって共有できるようになるだろうけど、そうして知った情報をテネースに話そうとする意思が残ってるかどうか、わからないわ』


 アリスの言葉に気落ちしかけたテネースは、そもそもこの会話が始まったきっかけを思い出し、背筋を伸ばした。


「別にそこまでして知りたいわけじゃないし、そもそも不機嫌でもなんでもないし」

「あっそ」


 テネースの言葉を聞いた途端、マリーカはぷいっとそっぽを向いて、むっとしたように息を吐いた。

 そっちこそ不機嫌じゃないか。

 そうテネースが言おうとした矢先、


「ご飯できたわよ」


 野営地からやや離れた所にいるネイオスたちにも聞こえるような声で、イアイラが夕食の準備が整ったことを告げた。



     ***



 午後の強い日差しを受け、聖都カンタノスの中心にそびえる大聖堂は、白亜の壁をきらきらと輝かせていた。

 純白の壁と対をなすように、鋭く尖った屋根は黒く、目に映る風景に落ち着きを与えている。

 大聖堂の内陣はもっとも巨大で、その周囲を多くの尖塔が飾っている。世界中に広がる教会の中心地としての威厳よりも、優雅さを強く感じさせる。


 その大聖堂を中心に広がるカンタノス市街には、五万人を超える住人が生活を営んでいるが、計画的に区画整理されて発展してきたこの都市は、雑然とした印象とはまったく無縁だった。


 大陸のほぼ中央に位置し、人々の信仰の中心ともなっている聖都カンタノスは、他の都市と違い市を囲む城壁を持っていない。そもそも大陸において都市を責めるような戦争が発生すること自体が、それこそ歴史的大事件になるほどまれであり、攻撃の対象が聖都になったことなど教会が成立してから一度もないから、誰も城壁の必要性を訴えてこなかった。

 辺境でたびたび目撃される強盗へと身をやつした異端者たちも、聖都周辺では心配する必要もない。


 だから、聖都は外部からの人々を拒む城壁に頼ることはなく、全信徒に対して門戸を開いている事実を知らしめるためにも、どの道からも市内に入ることができるようになっている。市に入る時の検問もなければ、通行税を取られることもない。


 五万人の市住人の他に、商人や巡礼者なども含め、市内の人間が十万人に届くことも少なくない。一応それだけの巨大都市の治安維持組織として教会騎士団が設置されているが、実際に彼らが出動しなければならないような問題は十数年に一度起きるか起きないか程度だ。


 カンタノスまではまだ若干距離のあるなだらかな丘の上で足を止めたテネースは、ため息をついて眼前に広がる巨大都市に見入っていた。


「テネース君は聖都を見るのは初めてよね」


 イアイラはテネースの隣りに並ぶと、陽光に輝く大聖堂を眩しそうに見つめた。


「両親は巡礼に来られるほど裕福じゃなかったですから」


 聖都に連れて行かれる途中でギュアースたちに助けられたわけで、そのことをイアイラに言っていいものか判断がつかず、テネースは言葉を濁した。


「人が多いけれど穏やかで、どこか時間の流れも緩やかに感じられて、いい所よ。もっとも、私も異端審問官になってからは聖都に戻ることは少なくなったから、多少は変わっているかもしれないけれど」

「特にここ二年は一度も戻っていないな」


 特に感情のこもらない口調で口を挟んできた弟を、イアイラが一瞬睨む。


「今回の計画がうまくいったら、当分の間テネース君はあそこで暮らすことになるのよ。あ、安心してね。私も一緒にいるから、わからないこととか困ったことがあったら力になるわ」

「それが一番心配なんじゃない」


 ぼそりと、テネースを挟んでイアイラの反対側に立って聖都を見ていたマリーカが呟く。


「なら、あなたも聖都に残る? 異端者認定はされてないけど、決して熱心な信者というわけでもないから、歓迎するけど」


 マリーカはわざわざ身体を傾けてイアイラをひと睨みした後、真剣に考え込み始めた。

 それを見たギュアースは、テネースの背中を勢いよく叩いた。


「こんなとこに立ち止まってたってカンタノスの方から近づいては来ねえぞ」


 そう言って、一人歩き出す。


『大変ね、テネース』


 テネースの右肩から飛び上がったアリスが、聖都を背景にテネースに笑いかけた。


「え? あ、うん。あの大聖堂の奥深く、誰も入っちゃいけないって言われてる場所に行かないといけないんだもんね。頑張らないと」


 一瞬きょとんとしたテネースが、すぐに真剣な表情になって頷いた。握り拳すら作っている。


 それを見たアリスは、盛大なため息をつき、落胆を示すかのように地面すれすれまでふらふらと落ちていった。


『どこで育て方を間違えたのかしら』


 テネースとしては間違ったことは言っていないつもりなので、首をかしげる以外にすることはない。


「テネース君はやっぱりテネース君ね」

「鋭すぎるのも嫌だけど、さすがにもう少しくらいは……」


 アリスの声が聞こえたわけではないだろうが、イアイラとマリーカがじとっとテネースを見る。


 その視線に込められた圧力の意味はよくわからなかったが、妙に居心地が悪くなってテネースは足早にギュアースの後を追った。


 マリーカとイアイラはほぼ同時にため息をつき、歩き出した。ネイオスもすぐ後に続く。

 神はしばらく丘の頂にとどまり、聖都へと歩いて行くテネースの背を見つめていた。

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