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神殺しと神と創造神、ときどき世界の秘密  作者: 金剛トモアキ
第三章 聖峰アビュドス
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4 聖峰アビュドス

『テネース、あなたは神殺しなの』


 三日前そう告げられてから、テネースの頭を占めているのは「なぜ」という問いだけだった。

 世話を焼いてくれて、いろいろと話しかけてくれるマリーカの声は届かなかったし、離れて見守ってくれているイアイラのことが意識に上ることもなかった。それどころか、アリスの姿を捜して視線をさ迷わせることすらしなかった。


 今はただ、じっと足下を見て歩き続けている。

 神殺し。言葉の響きだけでも不吉だというのに、アリスの説明はテネースの精神に大きな負荷をかけた。それより前の説明に受けた衝撃の大部分が吹き飛んだほどだ。


 約三百年を一つの周期として、神は代替わりをする。寿命を迎えた神からは力がこぼれ落ち、その力は堕ちたる神として地上に災厄をもたらす。その堕ちたる神を再び取り込む力はすでに神にはなく、次代の神となるべき神殺しが堕ちたる神を倒し吸収しなければならない。

 ある程度の堕ちたる神を吸収し力をつけた神殺しは神の下へと赴き、最後に神を吸収、新たな神となる。そして、地上に残っていた堕ちたる神は新たな神に吸収され、次代の神は前代の神と同じ力を持つに至る。


 アリスは、テネースが神殺しとして神の下へたどり着くまで見守り、導く役目を負っているのだという。

 神を殺す存在だと告げられただけでも言葉を失うほどの衝撃を受けたというのに、寿命を迎えた神に代わって新たな神にならなければいけないなど、できの悪い冗談にすらなっていない。


 どうして僕が。回避する手段はないのか。ずっと考えているテネースだったが、今すぐ逃げ出そうという気にだけはなぜかならなかった。


 踏み出す一歩が神を殺すための一歩であり、神となる日が少しずつ近づいていることを理解していても、足は動いている。


 実は呪いがかけられていて、アリスの話を聞いたことでその呪いが効果を発揮し始めたのではないか。そんな妄想じみた考えすら、今のテネースは振り払えない。

 神になどなりたくないし、神を殺すなどという大それたことをできるとも思えない。考えれば考えるほど、なんで僕が、という思いが強くなる。


 いつもなら、迷った時や悩んだ時はアリスに相談することができた。けれど、今回のことでは相談していいのかどうかすらわからない。

 かといってマリーカやイアイラに相談できることではないだろう。特にイアイラに話したらどうなるか、想像もできない。


(もし神様を殺すことも、神になることも拒否したらどうなるんだろう。神様には寿命があるんだから、僕以外の誰かが新しく神殺しになるのかな。それなら、僕はただ嫌だって言うだけでいいんだよね。でも、アリスの態度を考えると難しいんだろうな)


 最初の神殺しが駄目ならすぐ次の神殺し、などということができるなら、アリスはあんなにも深刻になっていないだろうし、その事実を教えてくれているはずだ。

 そうなっていない以上は、現実はそんなに都合がよくはないのだろう。


 何度も同じことを考えては、結局同じところで思考が止まるということを繰り返してきたテネースは、今回も同じところでこれ以上考えられなくなってしまった。

 神殺しとして行動するつもりはない。それは、アリスの話を聞いてからずっと変わらない。

 しかし同時に、もし自分が神殺しとして行動しなかったらこの世界はどうなってしまうのか、という疑問がつきまとっている。


 神に寿命があるというのなら、神殺しが殺さなくてもいずれ死ぬということだ。その場合、次代の神が生まれず、世界に神がいなくなることを意味する。その時世界は存在し続けられるのか。世界は大丈夫だとして、神の祝福を失った人間はどうなるのだろう。


 そう考えると、荷が重いからと神殺しを拒絶するのはあまりにも自分勝手ではないだろうか、とも考えてしまう。

 そして何より、今もテネースはアリスの期待に応えたい、アリスに見捨てられたくないと考えている。


 神殺しとして行動はしたくない。けれどアリスを失望させたくはないし、世界から神がいなくなるような状況を作って大丈夫なのかという不安もある。ぐるぐるぐるぐる、テネースの思考は堂々巡りを続けている。


(……そういえば、もしも僕が神になったらアリスはどうなるんだろう)


 その疑問を今の今まで抱くことのなかった自分に、テネースは少なからず失望した。

 結局自分のことだけじゃないか。アリスアリスと言っていても、アリスのことを気遣っていた訳じゃない、と。


 だが、この三日間過去にないほど働き続けたテネースの脳は、愕然とする持ち主をよそに思考を続けた。

 アリスは、堕ちたる神と自分がともに神の一部だと言っていた。そして、堕ちたる神をある程度吸収し力をつけた神殺しが神を吸収すると、吸収されずに残っていた堕ちたる神は新たな神に吸い寄せられ、吸収されるとも言っていた。

 堕ちたる神とアリスが同じような存在だとしたら、テネースが神になった段階でアリスのことも吸収してしまうのではないか。

 思い描いた光景に、テネースの身体がぶるりと震える。


(でも、悪魔――堕ちたる神は触って吸収することはできたけど、アリスには触れることもできない。ということはアリスと堕ちたる神は神様の一部ではあっても、同一ではないってことだよね。それなら、万が一僕が神になるようなことになっても、アリスはアリスとして側にいてくれるという可能性は十分ある……んだよね)


 それは、予想などではなく、願望だった。


 テネースにとって、神になった自分の姿以上に、アリスが側にいない自分を想像することができない。

 そんな自分はおかしいのだろうかと、思考が脇に逸れる。


 物心つく前から側で見守ってくれ、親代わり、兄姉代わり、友人代わりとして接してきてくれたとはいえ、依存しすぎているのではないか。マリーカたちと旅をするようになってごくまれに意識し、イアイラには正面から指摘された事実が頭をかすめる。

 ひょっとしたら、神殺しとして立派に成長するまでアリスの言うことに従うように、呪いのようなものをかけられているのかもしれない。


(何考えてるんだ。アリスと一緒にいたいと思ってるのも、アリスのことを大切に思ってるのも僕の感情だ。疑う必要なんてない)


 疑ってはいけない部分まで疑ってしまったら、考えるための基盤がなくなってしまう。


(でも、基盤はあっても何をどう考えればいいのかわからないんじゃ、意味がないか)


 願望ははっきりしている。けれど、それが許されることなのかがわからない。そもそも、課せられた使命を果たさないという選択肢が存在しているのかも、テネースにはわからない。


 それでも、テネースは考え続ける。終わることない円環をなす道を進み続ける。

 マリーカの優しさやイアイラの目立たない気遣いから目を背けてでも。



     ***



「おい、まさか聖峰を目指しているのではないだろうな」

「だったらどうする?」


 相変わらずついてくるネイオスを、ギュアースは鬱陶しいとすら思わなくなっていた。口をきく空気のようなものだと思えば気にならない。


 白銀の森を抜けノウァエという町で補給と休息を取ってからすでに一日。ノウァエから東西に延びる街道を選ばず、道のない北へと進んだことに最初から不審を露わにしていたネイオスだが、一日経っても東にも西にも進路を変えようとしないギュアースに痺れをきらしたらしい。


 ノウァエからまっすぐ北上すればアビュドスに行き着く。もし人の住む地を目指すならノウァエから東か西へ道を取り、アビュドスを迂回する形で北上しなければならない。

 道なき道をわざわざ選ぼうとする人間がまずいないし、それが聖峰アビュドスに続いているとなれば、ますます踏み入る人間はいなくなる。だから、ネイオスもまさかとは思っても、理性が否定したのだろう。


「そのようなことを許すと思うか?」

「おまえには関係ないだろうが」

「アビュドスに近づくことは教会が禁止している」

「聖職者なら嘘をつかないように正確な表現を心がけろよ。禁止じゃなく、自粛、だろ」

「些細な違いだ。教会が自粛するよう言えば、信者たちは逆らわない。そして、教会がむやみやたらと自粛を促しているわけではないことを、信者たちも理解してくれている。おまえたちのような少数の異端者を除けばな」


 ネイオスが言葉を切ると、ギュアースは大きく鼻を鳴らして足を止めた。距離は保ったままネイオスも立ち止まる。


「異端者異端者異端者。なあ、おまえたちが異端者だと宣言する人間はどうして生まれてくるんだ? 神様はなんでそういう人間の存在を認めているんだ?」


 振り返ったギュアースの顔は、マリーカやテネースにいつも見せている陽気で明るい顔とはほど遠い、他人を威圧するような険しさに彩られていた。


「異端認定するのに十分な発言だな」


 ギュアースに負けないほどネイオスの目つきも鋭くなる。

 どちらも剣に手を伸ばしてはいないが、ただ会話をしている人間の醸し出す雰囲気では決してない。


「なんだ、まだ俺は異端者じゃなかったのか」

「今まで正体が知られていなかったから異端者ではないだけで、言動は十分異端者だ」

「ならなおさら知りたいな。さっきの質問に答えろよ、異端審問官」

「この世に生まれ落ちる時に神の祝福を得られなかった不幸な人間。教会は異端者をそう考えている。そんな不幸な異端者を神の祝福の下へ戻す過程で、教会は神の教え、神の愛を再確認できる。だから、神はわざと異端者となる存在を見逃しておられるのだろう」

「ふん。教会のありがたいお節介があれば、異端者は異端者でなくなる、か」

「安心したか? ならば、私たちがテネースを連れて行くのを邪魔するな」

「テネースが望んでおまえらと行くってんなら、邪魔はしねえよ」


 ギュアースの知る限り、テネースが異端者として聖都に行くことを望んだことはない。だから、テネースが意思を通すために力を貸している。兄として、妹が喜ぶことをしてやりたいという思いもあるし、ギュアース自身テネースを放っておけなかった。アリスや悪魔といったギュアースの常識から外れることについて知りたいとも思う。


「その言葉、忘れるなよ」


 表情は変えず念を押すネイオス。ギュアースは鼻を鳴らして応える。


「それはそれとして、このまま北上するつもりなら、無理にでも止めるぞ」


 実力行使もいとわない。そう言いつつも、ネイオスの右手は左腰の剣へと伸びてはいない。


「めんどくさい男だな」


 ため息をつきつつ、ギュアースは考える。テネースたちが先行してアビュドスを目指していると考えてわざと時間をかけて北上してきたのだから、ネイオスに目的地を明かしたところで影響はないはずだ。

 実際、テネースたちがノウァエを通過したのは三日前のことだ。まだアビュドスに着いてはいないだろうが、ギュアースたちが追いつく前に聖峰にたどり着いているだろう。


「一度しか言わねえぞ、テネースたちは今アビュドスを目指してるんだよ。だから、俺もアビュドスに向かってる」


 ギュアースの言葉を聞いた途端、ネイオスの眉が跳ね上がった。顔を背け、何事か考え始める。


「……アビュドスは聖地であり、神のおわす地とされている。それを裏付けるように特異な山だ。だが、そこに行ったからといって特別な何かがあるわけではない。もし貴様の言葉に嘘がないとして、何を企んでいる」

「俺の言葉を信じてないんなら、俺たちが何をしようとしてるか言っても信じないだろ」


 呆れたように息を吐くギュアースを、ネイオスは射貫くように睨みつけた。


 ギュアースは肩をすくめ、口を開く。


「まあ、隠すことでもないから教えてやるよ。俺はもちろん、テネースも知らない」

「私を馬鹿にしているのか?」

「おまえなんかをからかってもおもしろくも何ともねえだろうが。事実を言ってるだけだ」

「何をするべきかもわからないのに、なぜ聖峰を目指す必要がある」


 独り言とも、ギュアースへの問いかけとも取れる言葉を漏らすネイオス。半ば無意識の呟きだったのか、視線は微妙にギュアースからそれている。

「さあな。ただ、おまえの姉貴がテネースたちと一緒にアビュドスを目指してることだけははっきりしてるな」


 ノウァエでの情報収集の結果、テネースとマリーカだけでなくイアイラも一緒だったことが判明している。イアイラが何を考えているかは、ギュアースもネイオスもわからないが、少なくとも敵対的な様子はなかったという事実に、ギュアースはほっと息を吐き、ネイオスは不快そうに眉をひそめた。


「いつもいつも姉さんは……だいたい、異端審問官云々以前に、聖職者としての自覚がなさ過ぎだ」


 ぶつぶつと姉への不満を独りごちるネイオスを、ギュアースは物珍しそうに見つめている。

 が、すぐに飽きてネイオスに背を向けた。


「おまえがどうするかは知らないが、俺は先に進むぞ」


 無視をして後々文句を言われるのも癪なので、一応声だけはかけておく。


「……待て。私も行く」


 ネイオスの声は苦悩を滲ませていた。


「アビュドスへ近づいてはならない、ってのは一般信徒だけじゃなく、聖職者もじゃなかったか?」


「異端者が聖峰に向かっている上に、姉が同行しているのに放っておけるものか」


 苦々しげなネイオスの声。ギュアースは振り返ることなく唇の端を歪ませた。



     ***



 考えがまとまらず結論も下せないまま、テネースは聖峰アビュドスにたどり着いていた。

 とはいえ、時刻は正午過ぎ。まだアビュドスは頭上高く浮かんでいる。

 夜にアビュドスが降り立つ範囲は、一面土がむき出しになっていて草一本生えていないし、テネースの立つ位置からはその果てが見えない。

 その荒野から吹き付けてくる風が、テネースの金色の髪を、マリーカの砂色の髪を、イアイラの深紅の髪を揺らす。


「こんなに近づいたのはさすがに初めてだわ」


 黒のローブをはためかせ、イアイラが空を振り仰ぐ。


「これはお兄ちゃんに自慢できるなあ」


 マリーカも頭上の山を見上げて感嘆のため息をついている。


 二人につられるように、テネースも顔を上に向ける。アビュドスは遠く、日の光は遮られることなく地上に降り注いでいる。遥か頭上に浮かんでいる山の底は、テネースから見て左右に長い多少歪んだ形をしている。

 大きさの比較になるような物が何もないため実感しにくいが、地上に広がる一面の荒野を考えれば、今までテネースが見たどの山よりも巨大だ。基部がそれだけの大きさを有しているのだから、高さもそれに見合ったものなのだろう。


「それでテネース君、これからどうするの? 聖峰を見て満足、というわけじゃないんでしょ」

「え、ええとですね」


 イアイラの言葉にテネースは慌てて意識を空から地上に戻した。とはいえ、これからどうすればいいのか、何一つわからない。無意識にアリスを捜してしまう。

 アリスはマリーカの向こうで、アビュドスを見上げていた。テネースの目線よりも高い所に浮かんでいるため、表情は見えない。


 今までの癖でそのまま話しかけようとして――テネースは口をつぐんだ。

 あの丘で話をしてから、ずっとこんな調子だった。アリスがテネースを拒絶するような雰囲気を作っているわけではない。確かに以前とまったく同じ態度ではなかったし、アリスからテネースに話しかけることもなかったが、時々テネースの方を心配そうに見ていた。

 アリスに話しかけられないのは、テネース自身の問題だった。神殺しとしての覚悟を決めたわけでもなく、だからといって神殺しの役目を放棄してどうするかという考えがあるわけでもない。それなのに、今までと同じように話しかけることは、テネースにはできなかった。


『ちょっと待ってね。もうすぐ準備が整うから』


 テネースの視線を感じたか、アリスが顔を空から地上へと向ける。


「準備って?」

「どうしたの、テネース」

「あ、うん、アリスが――」


 テネースが言葉を紡ぎ始めた直後、空から光が降ってきた。

 陽の光よりもなおまばゆい白銀の光は、一瞬でテネースたちを包み込んだ。


「な、何!?」

「この感覚、どこかで……」

「あ、アリス、何がどうなってるの!?」


 銀色の光は、空のアビュドスからまっすぐ、テネースたちへと降り注いでいる。光は強くなることも弱くなることもなく空から地上へと落ち続ける。

 すぐ側にいるマリーカの姿をぼんやりと見ることはできるが、その向こうのアリスは見えないし、光の滝の外の光景を見ることもできない。突然の変化に、テネースの心臓の鼓動が速くなる。


 テネースが口を開けた瞬間、ふわりと身体が浮き上がった。


「な、何!?」


 足が地面から離れたのはテネースだけではないらしく、マリーカが戸惑いの悲鳴を上げる。


「テネース君が何かしたの?」


 イアイラも突然の異変に襲われているだろうに、声に焦りはまったくない。


「ち、違いますよ」


 何かしたのだとすれば、それは間違いなくアリスだろう。だが、まばゆい光が邪魔をしてアリスの姿は見えない。


「アリス、何をしたの」


 テネースの問いに答える声はなかった。

 代わりに、ゆっくりと上昇していた身体が、痛みすら感じるほどの加速をして空へと吸い込まれ始めた。

 あんぐりと口を開けたテネースは、驚きのあまり声を発することもできない。空に落ちていくような錯覚は吐き気を催させる。それでも、銀の光のせいで周囲の光景が見えないだけましだろう。


「て、テネース、側にいるよね?」


 耳朶を打つ風の音に混じって、心細そうな少女の声が聞こえてきた。ほぼ同時に、テネースの左腕に一瞬触れるものがあったが、すぐに離れていった。

 反射的にテネースは、空へと引っ張る力に逆らって左腕振り回しマリーカを捜す。

 マリーカのあんなか弱い声は、一度も聞いたことがない。そんな声を出したマリーカを放っておくことなど、できるはずがない。


 上から下へと振り下ろした腕が、何かに触れる。


「マリーカ!」

「テネース!!」


 マリーカの声が聞こえたのとほぼ同時に、左の手首をぎゅっとつかまれた。きつく握りしめられた手は、小刻みに震えている。

 テネースはつかまれた左手を動かして、ほっそりとしたマリーカの手首を握り返した。


「だ、大丈夫。僕も一緒だから」


 一緒だからなんなのか。言ったテネース自身が無責任な発言だと思う。だが、その言葉にマリーカの震えが収まっていく。


「テネース君、ひいきはよくないわ。不平等はいずれ不幸をもたらすのよ」


 どこか拗ねたような声が風の音を縫って聞こえてくるが、しっかりと手首を握り合っているマリーカの姿すら見えない光の雨の中、声の主はどこにも見あたらない。


「イアイラさん、どこにいるんですか?」

「なんにも見えないと、どう答えていいかわからないわね」


 返ってきた言葉には、苦笑が多分に含まれていた。


「これは、テネース君のアリスの仕業かしら?」

「たぶんそうだとは思うんですけど……」


 この銀色の光に包まれてから、一度もアリスの姿を見ていない。声も、聞いていない。


「アリスが何かした結果なら、危険はないよね」


 マリーカが安心したように息を吐いた。


 直後。


 今までとは比べものにならないほどの勢いで、テネースの身体が空へと引き寄せられた。


 息が詰まり、驚愕の悲鳴すら上げることができない。


 マリーカの悲鳴も聞こえなかったが、手首の骨が軋んで音を立てそうなほどの力を込められた。


 加速はさらに続き、すうっと視界が狭まっていくとともに、身体の感覚も鈍くなっていく。


『大丈夫。安心して』


 アビュドスを目指す前と変わらぬアリスの声を聞いたような気がしたテネースは、口元にうっすらと笑みを浮かべて意識を失った。

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