プロローグ
大地が、爆ぜた。
岩盤が砕ける音、巻き上がる粉塵、飛び散るつぶて。
すべてが一瞬だった。
一陣の風が砂煙を吹き飛ばすと、新しくできた窪地の底に少年が一人立っていた。
着古した外套に負けず劣らずぼろぼろの少年は、中性的な顔を険しく歪め、窪地の縁の一点を見つめている。
と、額から流れ落ちた真っ赤な血が、少年の右目に流れ込んだ。
少年が、一点に注いでいた視線を外して右目をこする。
「わ、わかってるよ。でもしょうがないじゃないか」
突然、少年が誰かに言い訳をするかのような言葉を口にした。少年の近くに人の姿はない。
少年が目をこするのをやめ血を吸って額に張り付いていた金色の髪を払った直後、少年のすぐ前の大地が、まるで重いものが降ってきたかのようにひび割れ、陥没した。
「う、うわ……!」
情けない悲鳴を上げた少年が、右に身体を投げ出した。
寸前まで少年が立っていた地面が、轟音とともに砕けた。少年のいる窪地を作った時ほどではないが、粉塵が舞い上がりつぶてが周囲に降り注ぐ。
少年の身体が二回三回と地面を転がった。その度に少年の口からはくぐもった悲鳴が漏れる。ようやく止まった少年の背に、空高く舞い上がったつぶてが落ちてくる。少年のうめき声はどんどん小さくなっていく。
それでも、つぶての雨が止むと少年は立ち上がった。
「そんなこと言われたって、あんなのが襲ってきたらよけちゃうってば」
少年は再び、まるで会話をしているかのような独り言を口にする。
会話の相手の姿はないし、少年を襲ったらしい何か、二度にわたり大地を破壊した何かの姿も見あたらない。
「信じてる。信じてるよ。でも、怖いものは怖いんだよ。仕方ないじゃないか」
ぶつぶつと文句を言いながらも、少年は先ほどまで自身が立っていた辺りを睨んだ。
不満と恐怖を同居させていた少年が、ぎょっと目を見開き、頭をかばうように腕を交差させた。
少年のやや長めの金の髪が、風に舞い乱れる。
直後、少年の右腕と左腕が交差している箇所を起点に昼の日差しを圧倒するほどの白銀色の光がほとばしった。
だが、光はすぐに少年に吸い込まれるようにして消えた。
目尻に涙をためた少年は、唇をきつく噛み締め駆け出した。
両手を突き出し駆ける姿はひどく不格好だったが、瞳に恐怖と決意を同居させた少年は一心に走っている。
少年が転がるように地面に身を投げると、その背後で三度大地が砕けた。ただ、その規模は今までで一番小さい。
少年は立ち上がることなく這って進み、右腕を限界まで伸ばす。
開かれていた手のひらが、何かを掴むかのように握られる。
直後、先ほどと同じ光が少年の右手から生じた。白銀の光芒は即座に少年の右手に吸収されていく。しかし、吸収される端から新たな光が生じ、再び吸収されていく。
光の誕生と消滅。それが飽きることなく繰り返される。
「早く、早く」
真っ青な顔をした少年が祈るように自分の右手を見た。
オオオオオォォォ……ン。オオオオオオオオォォォォ。
もの悲しさを感じさせる獣の遠吠えのような声が、少年の呟きを圧して響き渡る。
悲鳴じみた獣のごとき声は、小さく、弱々しくなっていく。それに伴って、少年の右手から生み出される光の光量が落ちる。
……ォォン。長く響いた遠吠えを最後に、声が途絶えた。少年の右手も、もう光っていない。
「よ、よかったあ。無事に終わった」
心の底から安心したように呟いた少年は、地面にうつぶせなったまま全身から力を抜いた。
「だから、さっきも言ったでしょ。怖いんだってば。慣れるわけないじゃないか」
脱力したまま、少年が不満そうに言う。
だが、その言葉を受け取るべき人物の姿はどこにもなく、少年への返事もない。
「うん、ありがとう。そう言ってくれるから僕は――」
最後まで言い終えることなく、少年は寝息を立て始めた。




