表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

雨に降る日に愉快な化け傘と

作者: アル


 しとしとと雨が降る中、〈人里〉へと続く道を一組の男女が同じ傘の下で並んで歩くのは別にありえない事でもないだろう。 が、それも茄子のような紫色をしたその傘に大きな一つ目と裂けた口から垂れる大きな赤い舌がなければの話である。

 多々良小傘――それがこの傘の持ち主である少女の名前だ、水色のショートボブの髪をはじめ白い長袖シャツの上から来ている水色のベストと全体的にスカイブルーで構成されいる中で、オッドアイの片方だけか赤い瞳というのが非常に目立っている。

 ついでに言うとこの小傘が傘の持ち主というのは正しい表現ではない、何故なら彼女は人間ではなく唐傘お化けと呼ばれる妖怪の少女だからでいる。 故にこの茄子色の傘は持ち物と言うより少女の一部と言うべきものであろう。

 そんな妖怪の少女と〈人里〉に暮らすごく普通の青年が並んで歩いているのは単なる偶然の成り行きであった、〈博麗神社〉からの帰り道に運悪く突然の夕立ちに降られて困った事になったのは青年がおそらくは大丈夫だろうとタカを括り傘を持ってこなかったのが悪いのであるが、その青年を偶然見かけた小傘が背後から驚かそうとしたのがきっかけである。

 「……しかし、いきなり背後から”うらめしや~!!”とか……今時、そんな事じゃ子供だって驚かないだろうに……」

 「そうなのかなぁ……?」

 しかも夜の暗闇の中ならまだしも、黒い雨雲で空が覆われていたとはいえまだ夕刻という時間である。 そしてその後にどういうわけか今のこの状況になってしまい、青年としてはどうしてこうなったのやらである。

 妖怪とはいえ可愛い女の子と同じ傘の下という状況に浮かれる気分もないではないし、出会ったのがルーミアのような人喰い妖怪ではなく”愉快な忘れ傘”と称され人間に危害を加える事のない小傘であったのは幸運だったと言うべきなのだろうが、それでも釈然としないものがある。

 「……って、君。 もっとこっちに入らないのか? 濡れちゃってるじゃないか……」

 青年を濡らさないようにするために自分は傘からはみ出している小傘の左肩あたりがずぶぬれなのに気がついて驚くが、「ん? ああ、私は傘なので濡れても平気ですよ?」と何でもない事のように言ってくる。

 「そういう問題でもないだろう……」

 「そういう問題でしょう?」

 青年にしてみれば女の子を濡らして自分が傘に入っているという事に罪悪感を感じるのだが、当の小傘はあっけらかんとしたものだった。 そんなどこか人間の常識とはズレた考え方に改めてこの少女が人間とは違う妖怪という存在だと思わされた気がする青年。

 「傘だから……か、その傘がどうして人間を驚かそうとするんだ?」

 「ん? 決まってるじゃないですか、私を捨てた人間に復讐するためですよ!」

 不気味な茄子のような色だったため人間に捨てられた傘が自分であり、だからその恨みを晴らすために人間を脅かすのだと小傘は言う。 が、実際のところは捨てられたというより誰も小傘を使いたがらず、そのまま忘れ去られたというのが本当のところなのだが青年には知り由もない事である。 

 「復讐ねぇ……」

 小傘の本来の姿というのは知らないが、この少女が今手に持っている傘の色と同じだとすると確かにあまり使いたい気になるものではないと思う。 もちろん、不気味な目や真っ赤な舌がだらんと垂れているという事はなかったのだろうが、それでもだ。

 小傘を作った職人は何を思ってそんな色の傘を作ったのだろう、あるいはこういう色が好みという人間もいないものでもないのかもしれない。 どちらにしてもだ……。

 「だったら、困ってた俺を助けちゃだめだろう?」

 「……うっ!?……そ、それは……」

 青年の指摘に小傘はたじろいだ、恨みだとか復讐だとか言っておきながら困っているいる人間に手を差し伸べているのは実際に矛盾してはいる。 それを彼が指摘するまで小傘が気がつかないでいたのは結局のところ大して考えないで行動していたからではあるが、逆に言えばこの化け傘の少女にとっては困っていた人間を助けるのはごく自然な事であるという事でもある。

 捨てられた事を恨みはし仕返しはしたいのは間違いないが、小傘自身は人間を憎んでもいなければ嫌いでないのもまた事実である。 人間を驚かすという行為も今となっては一種の空腹を満たすためだったり妖怪としての意地だったりと、半ば愉快犯的なものになってきている。

 そういう事にまったく自覚がないでもないが、ここでそれを認めるのは自分の沽券に関わるような気がした。 化け傘というのは人間に怖がられるべき存在であり、間違っても情けないとか可愛いとか思われてはいけないのである。 だが、ならば困っていた人間を助けてちゃいけないだろうという思考に戻ってしまう。

 「う~~う~~~~!」

 つい足を止めて唸り声を上げる小傘、両手が開いてたらおそらく頭を抱える仕草をしていたであろうと思わせるそんな感じである。 傘を持っている小傘が足を止めたので仕方なく自身も歩みを止める青年。

 「い、いいじゃないですかっ!! 私は妖怪である前に傘なんですからっ!! 傘が人間を雨に濡れないようにして何が悪いんですか!!?」

 たっぷりと五分は使って小傘が出した結論はそれだったが、とっさに思いついた事を思わず口走ったものであり彼女自身はどういう意味なのかはよく分かっていない。 しかし、青年の方はそんな少女の言葉に成程ねと納得できるものがあった。

 道具には作られる目的が、そこに存在する意味が必ずある。 多々良小傘という妖怪は確かに人間を驚かし糧とする存在なのだろう、しかしその元となった傘は人間を冷たい雨に濡らさないために作り出された存在ものであり、それは化け傘となった今でも彼女の心の奥底に存在しているのだろう。

 生まれながらに存在する理由を決められそこに不満もそして幸福も感じる事もない道具という存在、例え酷使され破壊されたとしてもそれを当然と受けいれる。 どこかで聞いた付喪神という妖怪の知識を思い出してそんな事を思いつく。

 「そういうものなのかな……?」

 「そういうものなんですよ!」

 対照的な青と赤の瞳で真っ直ぐに青年の顔を見据えながら、小傘は断言した。



 人気のまったくない裏路地で、八雲紫は何気なく足元に転がっていた黒いこうもり傘を拾ってみる、ところどころに穴が空き骨も何本か折れていて、もう使い物にならないだろうそんな傘だった。 壊れたから捨てられたのか、捨てられ、あるいは持ち主に忘れらてから壊れたのか……おそらく後者なのだろうと思える。

 それは、彼女が今来ている〈外界〉の日本という国に置いては傘など消耗品に等しい程度の扱いだからである。 物は所詮は物であるし、自分達で作った物を人間がどう扱おうと紫はどうこう言う気はない。

 だが、もしも現代の〈外界〉で物達が付喪神化したとしたらあの愉快な化け傘のようになるのか、あるいは自らの扱いに怒り人間に牙を剥く凶暴な化け物となるのか、紫はそれが知りたいと少し思った。



 いつの間にか雨は止んでいた、空を見上げてみれば黒い雲の隙間からオレンジ色の光が漏れ、もう夕刻になってたのかと青年は思っていると、隣にいた小傘が彼からすっと離れた。 

 「雨が止めば私はお役御免ですね」

 「……まあ、そうだろうな」

 青年が何気なく言うと小傘は少し寂しそうな表情になる、雨が降らなければ傘などただの邪魔なお荷物でしかないという事実は、この傘の少女にしてみれば少し辛い事である。

 無論、道具には役に立つべき時とそうでない時があるのは小傘とて分かってはいるが、そうして捨てられて忘れ去られたという嫌な記憶を思い出させるのだ。

 「でも、まあ……助かったよ、ありがとう」

 「……え?」

 「君がいなかったら今頃はずぶ濡れだっただろう、本当に助かったと思っているよ」

 この暖かい時期に流石に風邪をひく事はあるまいが、それでもわざわざずぶ濡れになりたいとは思わないので助かったというのは本心であるのできちんとお礼を言うのは当然のことだった。

 その青年に対して小傘が戸惑いの表情を浮かべるのは、彼女がこれまで人間に感謝された事はほとんどなかったので、どう反応していかとっさに分からなかったのである。 思わず「……い、いいんですよ。 だって私は傘なんですから……」と照れた顔で言っていた。

 人間の代わりに雨に濡れるのは傘とってはごく普通の事、動物でいえば本能に近いものなのだろう。 そういうふうに生み出された、作られた……それだけの事である。 別に人間に尽くそうという想いもあるわけでもなく、感謝など当然求めるものでもない。

 それでも小傘が青年の感謝に嬉しいと感じてしまうのは、彼女が人間に近い”心”を持ってしまっているからなのだろう、人間に捨てられた事を寂しい、あるいは悲しいと感じ

られるのは”心”がある証拠である。

 「それじゃ、私は行きますね~~」

 青年に対し笑顔で小さく手を振りながら小傘はふわりと宙に浮かび上がり、くると青年に背を向けて飛び去っていく。 その化け傘の少女の後姿を見送りながら、自分が名前もも名乗ってなかったのに気がつく。

 「……まあ、別にいいか」

 今日の出会いは束の間のもの、雨宿りした先で偶然に出会い雨が止むまでに暇つぶし程度に話をしていた程度のものだ。 それに縁があればまた会う事もあるだろう、これからもあの愉快な化け傘の少女は人間を驚かし続けるのだろし。

 次に会った時には自分が逆にあの少女を驚かしてやろうかと、そんな事を思いつき笑う青年であった。



 「……傘だから……かぁ……」

 赤く染まった空を飛びながら小傘は青年に言った言葉を小さく呟く。 さっきの青年にはああ言ったものの、実のところ人を驚かす妖怪であるのを当然としてきて、そういう自覚が薄れていたように思える小傘である。 

 そう考えると今日の出来事は傘としての本質を小傘に思い出させたと言ってもいいだろう。 とは言っても、人間を脅してその感情を糧とするのも”多々良小傘”という妖怪の本質なのも事実であり、今更ただの傘に戻る事も出来ない。

 だから、結局のところこれからも自分は人間を驚かし続けて生きていくのだと思う。 それが自分の、多々良小傘の存在意義なのだから。

 「よ~~し! 明日からまたがんばるぞ~~~!!」

 決意を声に出しながら、それでももし雨の降る日に傘を忘れて困っている人間がいたら自分の傘に入れてあげようと、そんな事を思う小傘だった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ