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再会  作者: 吉川明人
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記録

「瑞帋流!」

 体力を使い果たしていたはずの彼女は、瞬間に立ち上がり、仁狼と順崇に向かって構える。先ほどまでの和やかな雰囲気は消え去り、異様に緊張した気配が渓華の周囲に漂う。

「おい、どうした渓華? 順崇?」

 一番間近にいた仁狼は睨み合う二人に挟まれ、目を見張っている。

「どうりで仁狼さんが強いはずです。まさかここが、かつて私たち、鐔瓊流と一族の争いをしていたと聞かされたことがある瑞帋流の道場とは知りませんでした。

 鐔瓊流流派の者と分った以上、生きて帰さないおきては知ってます。残念ですが、今の私の状態で闘って勝てるとは思っていませんけど、最期まであきらめませんよ」

 渓華はジリッと足元を固める。

「瑞帋流の掟は……」

 周囲の空気を動かさず、順崇は巨体を立ち上がらせた。

「『鐔瓊流の一族はことごとく滅ぼすべし』そして『他流派の者が道場で敗れた場合、生きて帰すことあたわず』。

 今回はこの2つの条件を満たしている」

「お、おう? 順崇、まさか本気じゃねぇだろうな?」

 仁狼も立ち上がって順崇を見る。

 順崇の身体から仁狼に匹敵する、あるいはそれ以上のサツが放たれ、渓華に向けられる。

「しょうがねぇ。試合するって言ったのは俺だし、ここ貸してくれって言ったのも俺だ。

 おう渓華。俺の体力のリミッターぶっ飛ばせば、順崇一人なら1分、爺さんと二対一なら20秒くらい時間稼ぎできるぜ。それだけあれば逃げられるか?」

「え?」

 彼の言葉に驚く渓華。仁狼はやはり瑞帋流の者ではないのだろうか?

 しかし、仁狼の言葉を聞いた順崇は、油断なく構える渓華に向き直り、突然正座し直した。

「が、さらに厳しい掟がある。『当代瑞帋流師範の言葉は絶対の掟である』と。

 現瑞帋流師範として、たった今『他流派の者が敗れた場合でも生きて帰し成長を期待すべし』および『鐔瓊流の一族とは本日、今をもって和解し悉く協力すべし』を掟とする。総師範?」

「良い。好きにしろ」

「そちらは?」

「た、鐔瓊流正統継承者の特権として、瑞帋流流派とは今をもって和解したことを承認し、今後敵対者として争わず、協力することを掟とします」

「ありがとう」

 にっこり笑う順崇から優しく穏やかなサツが発せられ、その言葉に嘘はないことが証明されたとたん、緊張感から足の力が抜け、渓華の身体が崩れ落ちる。

「え、あ! す、すいません……」

 動作を感じさせずに近寄った順崇の腕に抱かられた渓華は、そっと畳に座らされ、しばらく休むと日頃からの基本的体力のおかげで疲れは嘘のように消えていく。

「まったく心臓に悪いぜ順崇。おまえがあんなとんでもねぇこと言い出すなんて初めてだから、冗談か本気か分からなかったぜ」

「当代師範としての立場がある」

 彼が師範となり、新しい瑞帋流を拓いていくことを目指してから三年。掟に関する中でどうしても変えたい掟があった。

 瑞帋流と鐔瓊流。

 かつては流派同士で争った時代があり、多くの犠牲者がでたことが史実として記録に残されている。本来その武術を伝える者はいまだ敵と言っても差しつかえない。

 しかし、どちらも歴史の表舞台から去り、いまだに残されているかどうか分からない武術だ。瑞帋流は自分が受け継いでいる。鐔瓊流がもし残されているのなら、再び争いの歴史を繰り返すなどまったくの無意味。

 己の信じる瑞帋流と互角に渡り合っていたという鐔瓊流と争わず協力できれば、どれほど両派にとって発展的だろうか。

 万が一鐔瓊流の継承者に出会うことができたなら、総師範に逆らうことになっても掟を覆したい……。

 そして、それが現実のものとなった。

「まったくのう。それも正門から堂々と客人として迎えおるとは思いもよらんかったわ」

 寿悟郎ひさごろうは苦笑しながら順崇を見る。

 瑞帋流の道場に鐔瓊流の者を招き入れることなど、時が時ならば掟破りの裏切り者と非難されても仕方のないことだが、すべて承知の上で渓華を招いた。師範という立場でなければ決して許されないことだ。

 正直言って孫の行動には驚いたが、寿悟郎自身もいまさら鐔瓊流と争うつもりはない。あの時順崇が本気で渓華を生きて帰さないつもりなら、彼も仁狼に協力して渓華を逃がしていただろう。


「……でも、さすがは瑞帋流です。これほど強いとは思ってもみませんでした」

 鐔瓊流正統継承者でありながら、彼女は争いの歴史と敵であるはずの瑞帋流のことを詳しくは知らない。

 なぜなら代々厳密に伝えられてきた流派の歴史だが、ただ一つ瑞帋流に関する詳しい歴史書だけが、ある時代に失われていたためである。

 後に継承者の記憶を元に記された物はあるが、失われてから数10年経ってから編纂し直され、すでにどちらも表に出ることがなくなっていたため、詳細な物が残せなかったのである。そのため渓華も、順崇の発するサツが自分に向けられるまで瑞帋流を敵とは思っていなかった。

「違うぜ渓華。俺は瑞帋流なんて知らねぇ。さっきのもぜんぶ俺の自己流だ」

「まさか!? 自己流であれほどの……」

「本当。瑞帋流は使っていない」

 順崇の言葉にも、渓華は信じられない。

「仁狼さんが自己流とはとても思えません。やはりなんらかの影響はあるはずです」

 順崇をまっ直ぐ見つめる。

「仁狼」

 順崇が立ち上がる。

「カンベンしてくれ、今渓華とやったばっかりだぜ」

 頭の後ろを掻き、困った顔をしながらも仁狼は立ち上がる。

「こちらへ来られるがよい」

 寿悟朗が上座に誘い、彼女は呼ばれるがままに彼の隣に座る。

「順崇のやつめ、わざと天凪君と勝負させおって。しかしおかげで儂も、ええもんを見せてもろうたがのう。ふぉふぉ……」

 楽しげに笑う寿悟朗を、渓華は戸惑いながら見つめる。

「久しぶりに天凪君の闘い方を見せてもろうたばかりか、幻の鐔瓊流まで生きてこの目で見られるとは思わなんだ。長生きはしてみるものじゃ」

「総師範」

 寿悟朗の笑いを制する順崇。

「分っておる。よいかな天凪君」

「イヤだって言っても、やらせるんだろ」

「もちろんじゃ」

 寿悟朗の腕が上がり、振り降ろされる。


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