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再会  作者: 吉川明人
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再考


「まだやるヤツはいるか!」

 仁狼が残りの者に振り返って大声で叫ぶと、誰もが声にすくみ、泣き出す者もいた。

「もういい……天凪君」

 順崇が仁狼に言った。

「なんだよ、おまえも鈴乃みたいなやつだな」

 それが仁狼の第一声だった。

「おまえら、今度またこんなことしてるの見つけたら承知しねぇぞ!」

 グルッと見回して仁狼が叫ぶと、相手はクモの子を散らすように走って逃げて行く。

「ったく、しょうがねぇヤツらだな。おまえもあんなことされて黙ってるなよ」

 二人残された仁狼と順崇は、初めて向き合った。

「ケンカは師範から止められている」

「なんだシハンって? まあいい、俺は天凪仁狼だ。やま組だぜ」

 ニコッと笑って親指を立てる彼からは、さっきまでの迫力がなくなり、親しみやすい雰囲気に変わっていた。

「うみ組の磐拝順崇、天凪君」

「順崇だな。俺は仁狼でいいぜ。それと、おーい鈴乃ぉ!」

 さっきから離れたところで心配そうにジッとこちらを見ていたメガネの女の子を呼ぶと、女の子はゆっくり歩いて……手と表情は一生懸命走って二人に近づいてくる。

「あせらなくていいぞ! 歩いてこい!」

 仁狼が声をかけるとホッとしたような表情になったが、やはり走っていた時とスピードはほとんど変わっていない。

「こいつは妹の鈴乃だ。鈴乃こいつは順崇だ」

 ようやくやってきた女の子を仁狼は紹介した。

「そら組の神流原鈴乃です。仁狼ちゃんの妹なんだけど、家もお父さんもお母さんも、それぞれいるんだよ順崇ちゃん」

 順崇にはしばらく意味が理解できなかったが、それ以来、三人は親友となった。

 その後も何度かいじめられることはあったが、仁狼がやってきて相手をやっつけてくれた。彼がいない時は順崇自身が相手にケガをさせないよう注意しながら軽く受ける程度のことはするようになり、年長組に上がる頃には順崇をいじめる者はいなくなった。


 彼にとって、この二人はかけがえのない親友だ。

 そんな二人が不意を突かれないように注意しながら、間違いなく勝負を挑んでくるだろう女の子の、万が一の不意撃ちに備える。

 たがいの距離が近づく。

 しかし、彼女は何もしてこない。

 よかった。

 分かったんだろう、仁狼の強さが。

 今のレベルではまだ勝てないことを。

 ホッとした時、仁狼の持つ常人の何倍ものサツ……一般には気や勁と呼ばれるが、順崇の修行する武術ではそう呼ばれるエネルギーが放たれた。

 順崇は即座に自分の周りにサツを巡らせて防いだ。

 やはり仁狼も気づいていたのか。だからこそサツを抑え、急に放出して驚かすという回りくどいことをしたのだろうか。

 女の子はサツをまともに浴び、金縛りにあったように硬直していた。

 そのサツを出している当の本人はそしらぬ顔で、鈴乃はサツそのものを感じていない。普段の鈴乃は人の気配にかなり敏感だが、彼女にとって仁狼のサツは生まれた時から当たり前のように感じているため、ないものと同じらしい。

 彼女のことは気づかなかったことにしよう。確かに相当のレベルではあるけど、まだ仁狼に挑戦するのはやめた方がいい。

 それが順崇にとってのひと月前のことだ。


 鈴乃は委員会の仕事で一緒におらず、仁狼と二人だけで帰りかけた時、あの女の子が再び前に立ちはだかった。よほどの修行をしたのだろう、たったひと月で格段にサツが大きくなっていた。

 仁狼と闘えるほどに。


「あの、天凪さん……」

 二人から目が離れないように、少し後ろをついていく形で歩きながら、渓華が話しかける。

「おう、なんだ?」

 プレッシャーのカケラも感じさせず振り返る天凪に多少の失望を感じながらも、いくつか質問してみることにした。

「天凪さんは昔、電車に飛び込み自殺を図った女性を助けたことがありますか?」

「おう、そういえばあったな。あの時は泣き叫んで手に負えなかったが、どうなったんだろうな」

「実は、その人から天凪さんのことを教えられたんです。直接お名前を聞いたのではなく、異常に強い人というので。ホームから飛び込んだ人間を後から飛び込んできて、抱えたまま向こうの壁まで飛んだ人だったと。

 ネットで知り合ったんです。今は結婚もされて、天凪さんのこと、命の恩人だって言ってました」

「うおっ! 今は幸せにやっているってことだな。良かったぜ。なあ」

 彼はなぜか誰もいない左側に向かって話しかける。

「でもそれは本当に偶然の手がかりで、それ以外、どんなに調べても天凪さんのことは見つかりませんでした。確かに異常なほど強い人はいた。だけどそれが誰なのか分らない。覚えていないというものばかりで」

「ま、まあ、みんなイヤな思い出は忘れたいんじゃねぇか。俺も思い出したくねぇ」

「それは、やはり毎日ケンカに明け暮れていたということですか」

「誰が明け暮れるか! 言ったろ、俺はケンカがキライなんだ。それでもたまに無理やりかかってくるヤツらがいただけで、うっとうしいから相手になってただけだぜ。

 何より、俺がケンカばかりしていたら鈴乃や順崇に迷惑がかかるだろう。それが一番イヤなんだ」

「そうだったんですか。でも、それならなぜ私とは、ちゃんと試合して下さるんですか?」

「そりゃあ見れば分かるぜ。おまえはつまんねぇ力を誇示したがっているようなヤツと違って、純粋に強さを追究しているんだろ。

 そんな真剣なやつ相手に、ケンカなんてハンパなことはできねぇからな」

 驚いた。

 心の底から驚いた。

 自分より格下と思い込み、失望しかかっていた相手に自分のことが見抜かれていたことも、そしてそんな気持ちをくみ取って真剣に相手をするという仁狼の態度にも。

 彼女は改めて考えることにした。確かに彼はとても強いとは思えない。しかし、こう考えてみてはどうか。

 仁狼とは、まだ自分では知るよしもないほどの強いのではないか……。


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