部隊
コンサート会場から逃げ出した人々からの連絡に駆けつけた伊沢警部は途方に暮れていた。
会場の中からは、ほうほうのていで逃げ出して来る人々には何の抵抗もなく通り抜けてくるある一定の空間が、外からは目に見えない何かに遮られ、入ることができないのだ。
人々は誰もが血まみれで、ひどい姿をしており、中から逃げられた安心感から、会場から出たとたん精神的に変調を来している者も多く見られた。
救急車は何台もひっきりなしに往復し、野次馬の群れが周囲の道路をパニックに陥れている。
本部は中に入れないという話を信じてくれず、部下もどうすればいいのか……とにかく逃げ出してくる人の整理と、野次馬の処理に多くの手が取られ、収拾のつかない状態だった。
事情の説明ができる状態の数人の話では、怪物によって大虐殺が行われていると……話の内容は一致しているものの、完全にイカレているとしか思えない返事が返ってくる。
中で集団幻覚か、何か幻覚を見るような薬物でも使われたか……だが入ることができないのはどういうことなのか?
その時、本部より連絡が入った旨の報告があった。
……ったく、状況は何も変わってないぜ、手の出しようがねえんだ。
「伊沢です。まだ変わったことはないっすよ、中に入れないんじゃあ……」
ぞんざいに返事をした彼の耳に届いた声に思わず姿勢を正す。
相手は辻間警察庁長官だった。
「間もなく到着する自衛隊の一部隊の指示に従ってくれたまえ」
辻間はそう彼に告げた。
自衛隊だあ? そんなもの要請するつもりはなかったが……現場の状況といい、本部頭越しの、まして警察庁長官の命令といい、何か特別なことが中で行われているようだ。
ほどなくして、一台の大型車と大型のトラック二台を連ねた部隊はやってきたが、制服を着ていなければ、どちらも軍用には見えない。
持ち場を荒らされるようでいい気持ちはしなかったが、警察庁長官直々の命令だ。しかたない。
「お待ちしておりました。現場の責任者の伊沢であります」
車を降りてきた隊長らしき人物に、慇懃無礼に挨拶する。
「隊長の佐々木です。持ち場を荒らすつもりはありませんが、しばらく指示に従って下さい」
思っていたよりも丁寧だったが、厳しい口調で告げるその肩には陸海空軍のどれでもない、ただ一佐の階級章がある。
佐々木一佐がどこかと連絡を取り合っている間に、彼の部下たちは手慣れた作業のように、トラックから次々ケースを降ろしていく。伊沢の目にも、それが特殊な物であることは分かった。
遮断された空間に、棒を立て掛けて待つという、原始的だが最も分かりやすい方法で、部隊は待った。
やがてコトンと棒が倒れ、緊張感が走る。
「あなたがた警察は、我々が出てくるまで外で待機して下さい」
佐々木は伊沢に告げ、部下を連れ会場内に入って行く。
……冗談じゃねえぞ、ここは俺の持ち場だ。
伊沢は部下を待たせ、一人裏口から中に忍び込んだ。入ったとたんムッとする異臭が漂ってくる。
……この臭いは、ただごとじゃねえな。
通路には逃げ出した人々の足についた血が、べっとりと床を汚している。
見張りがいないことを幸いに、身を隠しながら中の様子をうかがうと、照明がつけられた大きな会場内は異様なもので埋め尽くされ、壁の一角には考えたくもないモノが貼りついている。
経験の長い彼でさえ、これほどのモノを見たのは初めてだ。
中から佐々木の命令が飛んでいる。吐き気を抑えながら目を凝らすと、先ほどのケースに遺体らしきものを収容していた。
普通の人間よりかなり大きな人間のような形をしている。別の部下が、ステレオのスピーカーのような装置や見たこともない機械や剣のようなものを集め、違うケースに収めていく。その中のスピーカーの一台から赤い光が一本発射され、天井の照明灯を切り裂いた。
「気をつけろ。それにまだ三体は生きている」
佐々木の声がした。
彼らは全部で七つの人間のようなものを収納した。七つと言っても、中には原形を留めない小さな塊のようなものや、まるで雷の直撃を受けたように白煙をあげて燻っているものもある。
……怪物ってのも、あながち嘘じゃねえな。
彼は考えないことにした。まだこんな所で出世を取り逃がしたくはない。よけいなものは見なかったことにするに限る。急いで会場の外で待つことにしよう。
俺は何も見なかった! 『自衛隊の新兵器』なんぞ何も見てねえ!
素知らぬ顔で彼らが出てくるのを待っていると、ケースに入れられた何かが素早く運び出されトラックに積み込まれていく。
「あとはお任せします」
佐々木一佐が敬礼して、伊沢に指揮権を譲る。
「ご苦労様です」彼も敬礼を返す。
「決して中で見たことは口外しないで下さい」
別れ際すれ違う時に、佐々木がつぶやいた。
「なんのことです? 私はずっと外にいましたよ」
「だめですよ、警察なのにすぐ足がついているようでは」
ポンッと軽く肩を叩いて佐々木は歩き出し、車に乗り込んでいく。伊沢の靴にはべっとり血がついていたのだ。
見送ろうとしていた伊沢の横に大型車がスッと止められ、佐々木が顔を出した。
「誤解のないように言っておきますが、これはあなたの考えているような物ではありません。
我々はこんな物が侵入した場合に、対処・回収するための部隊なんです」
彼はそれだけを言い残し、伊沢の返事も待たず走り去って行く。




