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再会  作者: 吉川明人
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エデン


 すべての体力と気力を使い果たし、ただ死を待つだけの足軽武士がいた。

 木の根本にもたれ、なんとか上体だけは起こしているが、もう動くこともままならず、指一本動かすことにさえ億劫に思える。

 もともと彼は武士ではなく、この戦のためにかき集められた一人にすぎない。

 ろくな食料もないまま、もう半月、昼も夜も敵の襲撃を迎え討っていた。下級の足軽武士だからこそ、敗北は肌で感じている。

 しかしこのまま敗ければ、領内に住む者がひどい仕打ちを受ける。今戦っている敵国に敗れた近隣の領の人々が、どんな扱いを受けているかは聞き及んでいる。

 牛や馬の方がまだましだ。

 ……なぜ人間は人間であるが故に、人間に対し徹底的に冷酷になれるのであろうか。

 既に逃げ出せないよう、取り囲まれているが、もうこれ以上戦えない。

 誰もがこんなことになるなど考えていなかった。彼の領主は本当に人々を思いやる良い領主だった。敵国とも密接な和睦がなされていたはずであったが、それはある日あっさり裏切られた。

 支配下に置いた近隣諸国の人々の扱いを改善するように嘆願書を持たせた使者の骸を先頭に、大軍が攻めてきたのだ。

 しかもその敵とは、扱いを改善してやるとの敵国領主の約束を、半ば疑いながらも信じたいと、それほどまで追い詰められた近隣諸国の人々だった。

 誰もがたがいに、自分の運命、家族のことを心配しながら無念の涙を流し、死んでいった。

 ……間もなく我もその一人になる。

 なんとか首だけを空に向けると、満天の星々が輝いていた。

 ……おふう。こんなに早くお前の処へいけるとは。

 五年前に先立った妻の顔を思い浮かべる。あの時、彼は妻の分まで生きると誓ったはずなのに。気づかぬうちに涙が流れていた。

 その彼の目の前を何かの光が横切る。

 目だけ動かし、それを追うと。

 ……ああ、鬼火か。

 ヒトダマであった。

 ……誰かは分からぬが、迷わず成仏なされよ。我もまたすぐに後を追う……。

 そう思った時、彼の頭の中に雷鳴のように閃くものがあった。

 磐拝 彦成ひこなり。御歳三十一歳。冬の足音が近づく晩秋の夜のことだった。



「ふるへ……ゆら、ゆらとふるへ……ゆら、ゆらとふるへ……ふるへ、たまおの……ゆら、ゆらとふるへ」

 レイネイの翻訳器にはそれが翻訳できない。

 ……構わぬ。どうせこんな時だ、この星の経でも唱えているんだろう。

 最後の抵抗はしないつもりか? 少々拍子抜けだが、かなわぬことを悟りあきらめたか。引き際のよさだけでも認めてやろう。苦しまないようにせめて一瞬でやってやるぞ。

「最後にキサマと奴の名を聞いてやろう」

 レイネイは渓華を指しながら順崇に尋ねる。

「磐拝順崇と北畠渓華。そちらは?」

「死にいく者に教える必要はないが、いいだろう。ワシの名はレイネイだ」

「承知した」

 レイネイは光麗を構え直す。軽く手を握ればすべては終わる。キサマたちのことは当分の間、酒のサカナにしてやろう。

「ふるへ……ゆら、ゆらとふるへ……ゆら、ゆらとふるへ……ふるへたまのおの……ゆら、ゆらとふるへ」

 続ける順崇をレイネイが嘲笑った。笑った時だった。

 順崇の全身から恐ろしい波動が発せられた。驚いて握った手が光麗を発射させたが、有指向性超高圧電磁ビームはその波動に弾かれる。

 波動? 

 いや、ただの波動ではない。波動ではあるが、それは高圧電流に似ている。何だ? これほどの波動をこれまで、いったいどこに隠していたのか。いや、隠していたのではない。周囲から奴に向かって集まっている。

 レイネイはうろたえた。多くの種族を狩ってきたが、こんなものを見たのは初めてのことだ。ましてや光麗のビームを弾き返すなど。

 続けざまに数発を発射したが、すべて虚しく弾き返される。

 順崇の身体を包む波動は、少しずつ彼の身体のあちこちに散らばりながら固まっていく。

 頭。

 胸。

 腹。

 陰部。

 右手。

 左手。

 右足。

 左足。


「よもつふち

 いかつち

 われにあつまりし

 おほ  いかつち

 ほの  いかつち

 くろ  いかつち

 さく  いかつち

 わか  いかつち

 つち  いかつち

 なる  いかつち

 ふし  いかつち

 ふるへたまおの

 ゆら ゆらとふるへ」


 理解不能の言葉がレイネイに聞こえた。その順崇の姿にあることを思い出していた。

 この星の情報を収集した時、獲物たちが最も多く読んでいるとされている書物の一つ。


 ……紙にインクで情報を記録するなどという時代遅れの記録方法を、いまだに採っているとは。ようやく光データを使い初めてはいるが、まだその程度だ。我々の方式にいたるまで、いったいあとどのくらいかかるのだろうかと思いながら目を通した、旧約版だという『聖書』と呼ばれるものに記された内容の一節。


 創成記 第三章 二十四節。

『……それから神は、エデンの園の東にいかづちの天使とあらゆる方向に回転する剣の炎を置いた。

 そのことによって、いかなる者も生命を与える木に近づけなくなった』


 だいたいどの星でも、似たような内容の神話が残されているため、全体の流れに目を通しただけで特になんの感想もなかったが、その一節だけには少し興味を引かれた。

 雷の天使と、あらゆる方向に回転する剣の向こうに生命を与える何かが存在する。

 大抵の場合、それは不老不死を意味している場合が多い。その星に住む獲物が、決して手に入らない望みと知りながら、あきらめる事ができない性懲りの悪さを隠すために、強大な力を持つ何かに阻まれて、それを手にすることができない。

 あるにはあるが、手に入らない理由を無理やりつけて現実から目を反らそうとしている。この星では、そんな奴らが闊歩しているわけだな。大した奴らではない。その意味で興味が引かれただけだった。

 しかし、この順崇の波動は雷。そうだ、確かに奴は『いかつち』と言っている。それに渓華という奴の動き。あれは確かに、あらゆる方向に回転する剣だ。

 待て、この国はこの星の極東。

『エデンの園の東に』

 もしも、エデンとは限られた一つの地域ではなく、星そのものを意味しているとすれば……レイネイは順崇の波動に恐怖した。


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