壁
もう一つは自分もそうなった時、そんな姿を順崇に見せたくないという気持ちから……。
しかし、それよりも順崇そのものを救いたい! 束ねた髪を解いてうなじで集めた髪を指先に集中したサツで切り落とす直前、彼はショートも好きだろうか……と頭をよぎった。
切り落とした髪の毛にサツを送り込み、針のように立たせる。先ほど絢爛を破壊したのも、前髪を二、三本抜き取ってサツを封じた物を投げて刺さった髪を破裂させたのだ。
だが彼女が今からやろうとしてるものは、それだけではない。フワッと周囲に散らされた髪は重力に従わず放されたそのままの位置に浮かんでいる。
自分自身の髪だからこそできる技。
「行って!」
髪は、自分の意思があるかのように一斉に周囲に散る。この遠隔操作された髪の一本一本までが彼女の思いのままに動き、相手を攻撃する。刺さった髪は封じられたサツによって自動的に破裂し、相手にダメージを与える。
秘奥義の書にのみ記され、風霞の命を奪った技。『四方津式髪』
レイネイに無数の髪が迫る。
……最強レベルにした壁塁は完璧な効果を発揮している。この状態で相手が狙う位置は想像がつく。それさえ注意すれば後は相手が偶然でも恒河紗に触れさえすれば勝てる。ただ待てばいいだけだ。
いつも通り冷静にレイネイは考えた。
……とても良い経験になったぞ。これからの狩りの趣向に大いに役立つ。そしてそれを求める奴らに、より刺激的な享楽を与えてやれ、ワシの主催する非合法狩りの席順待ちはより長くなるだろう。
非合法とはいえこの狩りは同族争いを防ぐ効果があるため、政府からも黙認されている。
実際タイシエのような上級官僚や順番を待つ者には政財界の上部にいる者も多い。
順番待ちと言えば聞こえはいいが、要は誰かが死ぬことによって欠員することを望んでいるのだ。わざと人数を限定し勿体をつけることで期待感を高めることで、希少価値が高まり予約金だけでもかなりの収入になる。
だが、あまり長すぎると期待が薄れ離れてしまうため、時々人数の調整をしなければならない。
今回エンギウで調整しようと思っていたが、タイシエが替わりにやってくれたばかりかケウナエとオンデアまで整理された。一度に三人分の席が空いたのだ。二人は社会的に地位のある奴を入れ、もう一人は次の調整の奴を入れよう。
そう思った時、首筋にかすかな痛みを感じた。チクチクと虫に刺されたような痛み。
とっさに手をやると針のようなものが刺さっている。振り払おうとしたとたん、針が破裂し、傷口から血があふれる。
さらに続けざまに顔面、手の甲に同じ針が刺さり、弾ける。気がつくと彼の周囲には、同じ針が群れをなして取り囲んでいる。
なんだ!? これは。
しかしそれを観察するヒマを順崇は与えない。レイネイを襲った針から感じられるサツが、渓華のものである以上、鐔瓊流に伝わる技で援護してくれていることは分かる。
相手は宙を舞う髪に気を取られているため、腹部がガラ空きだ。
一瞬の隙をついてレイネイに急襲。体型と動きから、人間と同じく腹は骨で覆われていない、とするとやはり臓器が納まっていると考えて間違いない。
帯に送り込んでいたサツを止め、スルリと落ちてきたものを受けとめ再びサツを送り込む。
今度は刃にはせず、玉状のものを作り、服に触れないようその玉をレイネイの腹部に押しつけた。
玉に囲まれた空間に凝縮されたサツが、レイネイの体内に堰を切ったように奔流する。激しい破壊のサツが内臓全体に衝撃を与えた。
レイネイが腹を抱えてうずくまり、そこに追い討ちをかける渓華の髪。迫り来る針は、腰に装着してあった壁塁の再生装置と高圧電流発生装置を破壊した。
転がり、倒れ伏したところに、刃となったみちのながちはを突きつけられた時、レイネイは自らの敗北を悟った。
「いいだろう、ワシの負けだ。殺せ」
覚悟を決めたレイネイが仰向けになり順崇に告げる。まさかこんなことになるとは思ってもいなかったが、しかし……。
……普通ならば当然殺されると考えていい。
こんな場面で獲物を逃がすことなどあり得ないのが常識のはず……。
だがこの星の獲物の取る行動の中に、ある種の予測があった。
「このまま帰るだけでいい、仲間も何人かは生きている。だが二度と来るな」
「ワシを見逃すというのか?」
「命は尊い。尊い命を多く奪ったからこそ、これからは命を護る側になって欲しい。
命を奪われる側の気持ちが分かったからこそできるはず」
順崇はみちのながちはを下ろす。
レイネイは天井を見上げて、黙って聞いていた。
「行こう」
順崇が渓華を促して出口に向かって歩き始める。
……命を護る生き方か……確かにそんな生き方もあることはあるが……。
レイネイは拳を強く握りしめながら考えていた。
……やはりそう動いたか……甘いわ、そんな生き方は……。
「ワシにはできぬわ!!」
蒂鏨を握りなおしたレイネイは、背を向けている二人に襲いかかる。
順崇も予測はしていた。相手を生かしておく以上、最後まで気を抜いてはいけないことは承知している。握っていた帯に素早くサツを込め、レイネイに振り返った瞬間だった。
レイネイの動きは予測していたが、渓華の動きまでは予測していなかった。
「順崇さん!」
いきなり彼の前に渓華が立ちふさがった。
一瞬のことだった。彼女の身体が壁になり、みちのながちはが出せない。
渓華の体から血がほとばしる。




