記録
どうして!
渓華には理解できない。なぜこんなことをするのか分からない。
でも、このままだと彼の腕が!
順崇は脚を腕で受けたまま、渓華の鎖骨付近を脚で蹴る。
蹴るというより、押す形でレイネイから遠ざけ、彼自身も飛び込むように離れる。
たがいを思う一瞬の気持ちが奇跡を生んでいた。順崇の腕はつながっていた。
痛みからは軽い骨折程度だ。
「順崇さん!?」
着地した渓華は彼の行動と、ケガの状態を心配して尋ねようとした時レイネイが大声で笑い始めた。
「カカカカ……よく気がついたな。キサマ、命拾いしたぞ」
笑いながら近くに転がっている死体をつまみ上げ、軽く服に当てたとたん、死体はバチッと乾いた音をたてて一瞬で黒焦げになった。
渓華は息を飲んでそれを見つめる。電流の変化なら気づくはずなのに気づかなかった。なんらかの方法で分からないようにしてあるのだろう。
……もし止めてくれなかったら……私がなんの警戒もしなかったために順崇さんの腕を……。
「ありがとう」レイネイの方を警戒しながら順崇が渓華に言った。
「え?」
「技を逸らせてくれて。助かった」
「そんな……私は……」
「今は相手に集中して」
あせる渓華に、順崇はいつものように穏やかにつげる。
「武器は?」
「すいません、今日は……」
普段の彼女なら必ず武器を持ち歩いているが、今日はデートということに舞い上がって持ってこなかった。
「……下がって」
渓華より一歩前に踏み出した順崇は片手でベルトを外して口にくわえ、金属部分を取り除く……それは瑞帋流流衣の帯を改造した物だ。中心部分を親指で挟み、拝むように顔の前に持っていく。
『みちのながちは』
順崇が心の中で唱えると、帯は芯が入っていくかのようにピンと伸びていく。帯にサツを注ぎ込み刃と化す。基本的に武器を使用しない瑞帋流の中の数少ない技の一つ。
レイネイの正面に立った。
「ククク……そんなモノでどうするつもりだ?」
何も答えずに順崇は動く。
この技のために、瑞帋流で使用する帯は通常武道で使用される帯よりもはるかに長い。実際にこの技が使われたことはほとんど皆無だが、それだけの威力がある。
中心部分を握り、刃の一端でレイネイを襲う。素早くよけられるが、小さな腕の動きと手首の返しによって、もう一端が逆方向から攻撃する。わずかに掠めただけで、レイネイの服が裂けた。
レイネイの表情が変わる。
……まさかこの防御服を切り裂くものがこの星にあるとは……しかしキサマたちのテクノロジーレベルでこれは知るまい。
彼は腰に装着してある装置に触れ、レベルを最強にセットする。
惑星開発事業従事者や、軍でも正式採用されている強化防御服『壁塁』の最大の特長は、強度を作業度合いに合わせて自由に設定できることと、なんらかの損傷を受けた場合に補修素材溶液の自動修復システムによって自己再生することにある。
今レイネイが着ている壁塁は、最強度を誇る軍用の『恒河紗』をさらに改造した特別製である。
これに専用のヘルメットとバーニアを組み合わせるとそのまま大気圏突入が可能になることは、空間侵入ブロック技術を誇っていたジグリムカ星系の第二惑星トトナタに棲んでいた先住民族を滅ぼした際に実証されている。
順崇がみちのながちはを振ったが、瞬時に再生された壁塁に切っ先が弾き返される。
ならば服に守られていない、むき出しの個所を狙う。それが分かっているレイネイは安々と防御する。
一進一退の攻防に見えたが、実情は圧倒的に順崇が振りの状況だ。そこで彼は中央部分から、本当に刀を構えるように一端を握り直し、片手だけで上段に構える。
……ふん、どう使おうとも、どうにもなるまい。
レイネイは安々とよけるはずだった。しかし恒河紗がレイネイの腕に触れた瞬間、帯は本来の帯の柔らかさを取り戻し、彼の腕に巻きつき、さらに巻きついた帯は、刃の堅さを取り戻し、腕一本の自由を奪う。
しまった!
帯は生き物のようにしっかりと腕に食い込んで放そうとしない。順崇が帯をレイネイに投げつけると彼のサツが充満された帯はもう二本の腕に絡まり自由を奪う。
三本の腕を封じられたレイネイと順崇との実力はほぼ同等に思えた。
双方武器を使わず、素手で立ち向かう姿に渓華は期待を寄せたが、それでも順崇の不利には変わりない。
鍛練のおかげで右左どちらも利き腕と言えるが、今使える右腕一本ではやはり分が悪い。たとえ一瞬でもレイネイの服に触れれば、彼は感電死することになるのだ。
やがて順崇が押され始める。服の高圧電流によって攻撃部分が限られていることと、やはり右腕一本ではキツイ。
渓華は意を決した。できることならやりたくはなかったが、順崇の不利にそれを躊躇することはできない。
先ほど絢爛を破壊した時に使った技の高等応用技……。
やりたくない理由は、二つあった。一つは史実として記録されている先代秘奥義継承者、風霞がそれを行った際、サツを使い果たしたことにより、二十六歳の彼女が死の間際、齢80歳を超える老人のように衰弱していたという記録。
それほどまでにこの技は、サツを多く使わなければならない。




