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再会  作者: 吉川明人
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恩人

 板張りの床に青年は胡座をかいて座っていた。目は閉じられており、時々身体の一部が小さく跳ねる。連日30度を越す暑さが続き、午後になっても真夏日の余韻が残る蒸し暑さだったが、部屋には涼を得るためのものは何もない。

 それでも青年は汗一つかいていない。

 眠っているようにも見えるが、違う。自分の意識の中に深く入り込み瞑想している。イメージトレーニングと呼ばれる方法だが、深さは桁違いに深い。

 彼は自分自身を相手に構えている。自分のことを知り尽くした自分自身と……。

 意識の中で……構え。

 腕を真剣を構えるかのようにゆっくり伸ばし、たがいに触れた瞬間……引く。

 相手の注意を上半身に集中させるよう構えると、相手もそれに乗るつもりでいる。

 たがいの身体からは、触れるだけで切れそうな雰囲気が漂う。

 一瞬の攻防。上半身でのやり取り、足技の応酬。相手がバランスを崩したところに動脈を寸断。しかし、それは誘いだった。伸ばした腕をすり抜けて、肘を捕らえられる。

 一進一退。睨みあう。ともに隙がなく、次の間合いを探る。

 その時、ふっと彼は目を開いた……本当に開いているのかどうか判断しづらいと言われるが、彼にとっては充分に開いている。

 これほど深い瞑想の中から一瞬で抜け出すことは熟睡中に自力でいきなり目覚めるようなものだ。普通の人間には真似できることではない。

 無言で立ち上がり、隅のテーブルに置かれた携帯電話に手を伸ばすと同時に柔らかい呼び出し音が鳴る。

 いつものことだ。彼は鳴る前からかかってくる電話が察知できる。修行をむやみに中断されたくないが、この携帯はそれを知るごく限られた友人にしか教えていないものであるため、むげに無視はできない。


「夜分すみません順崇よしたかさん。北畠きたばたけです」

 夜分と言っても、九時にもなっていない。

「かまわない」

 先ほどの雰囲気とは打って変わって、のんびりとした穏やかな口調の順崇と呼ばれた青年。

 彼の名は磐拝いわがみ順崇。

 表向きは、彼の祖父である有名な古美術商の跡取りとして、若干25歳の若さでありながら鑑定眼の確かさはすでに一流との定評がある。

 彼が祖父の跡取りの道を選んだのは、幼い頃から古美術に親しんでいたおかげで鑑定眼が備わっており、仕事の要領も分かっていたため。

 つまりは格闘家としての側面により多くのエネルギーを注ぎ込むことができることが最大の理由であり、それは期待通りになっている。

 しかし、彼が格闘家であることを知る者は少ない。電話をかけてきている北畠 渓華きょうか自身もまた格闘家である。

「修行中だとは思ったのですが……」

 今では共通の友人に、彼女が勝負を挑んだことが二人の最初の出会いだった。

 順崇が高校3年、渓華が高校2年の時。

 7年前のことである。


『鬼の渓華』どこで修得したのか、不思議な武術を使う彼女は周囲の者からそう呼ばれていた。誰もが最初は小柄な外見にだまされ、甘く見る。しかし二度目はない。

 一度闘った者は、リターンマッチを挑む気にはならない。勝てる相手ではないことを骨の髄まで思い知ることになるのだ。

 以前は彼女も野試合などはせず、様々な道場の門を叩き、正式に他流試合を申し込んで回ったが、名の知られていない彼女の流派はどこも門前払い同様の扱いを受けた。

 ごく稀に承諾してくれる流派もあったが、対戦相手として選ばれる者は闘うまでもない格下の相手ばかりで、あっさり倒してしまうと上の者が恐れて出てこず、手加減すればその程度ではと、師範クラスとは一手さえ交わすこともできないギャップに苦しんだ。

 ついに正式に試合ができないのなら、ストリートファイトでも……と、腕自慢が集まりそうな場所を探して歩くまでに追い詰められたが、道端にたむろする多少の腕自慢程度では初めから話にならなかった。

 200人のメンバーを有するグループのリーダーを挑発してこぎつけた勝負は、10秒を数える前にあっけなく勝負がついた。

 彼女はかすり傷一つ負わず、息一つ乱していなかった。それを聞きつけた県下最大グループのリーダーがメンツを保つため、彼女に勝負を挑んだ。方法は10人組み手。武器を持ち、だんだん強くなる9人を倒して10人目にやっと闘うことができるという、最初から勝ち目のないよう仕組まれた勝負だったが彼女は承諾した。

 さすがにこの時は手こずった。10人目の相手が完全に戦意を喪失するまでに、1人目開始から合計4分もかかったのだ。

 その後、彼女に挑む者はいなくなった。正式な勝負も、ストリートファイトさえできないまま、毎日の鍛練は決して欠かさず自分自身確実に力がついていることを実感しながらも、それがどれほどのものか判断できない枯渇感に苦しむ日々が続いた。

 そんな頃、あるウワサを耳にした。かつて自分と同じように無敵と呼ばれた者がいたらしい……あらゆる腕自慢や格闘家が挑んだが、ことごとくに勝ち続けていた……と。

 どこかの道場に通っているわけでもないので野試合しかしないが、見た目ではとてもそうは思えないが、その強さは尋常ではなく、それを自慢げにすることなく、むしろ隠そうとしていたらしい。

 ウワサとは往々にして大きくなることは分っていたが、彼女はウワサに興味を持った。たとえ、話半分でもとにかく会ってみたい……それだけでウワサが事実かどうか分かる。

 相手の名前、どこにいけば会えるか……しかし不思議なことに、『彼』の痕跡は極端に少なかった。

「えーっと、いたように思うけど、名前が思い出せない」

「確かにいたとは思うんだが、誰だったかはちょっと」

「たしか俺と同学年だったような。中2くらいまでは覚えていたような気がする」

 といったあいまいな話ばかりで、共通点としては『確かに実在する人物だが、中2のある時期を境に存在そのものが忘れ去られている』だった。

 途方に暮れていた時、ネットで親しくなった女性からメールで直接気になる情報を教えられた。

〈もう姓も住所も変わってるから特定されないし、○年○月○日○時頃○○○駅での自殺未遂事件を調べてみては? 本当にきみの探してる人かどうかも分らないけど、常識外れな力の持ち主というならあてはまるかも。

 私、高校の時に助けられたの。名前は教えてもらえなかったけど、命の恩人よ〉


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