瞳
観客を誘導するように、ギリギリ追いつくかどうかの辺りで威嚇している。
二階席から断末魔の悲鳴が上がった。先ほどの女性客の内臓がついに押し潰されたのだ。その声に顔を上げようとした渓華の頭を、順崇は無理やり押さえつける。
「……ククク」
奇妙な音が会場に響いた。一階から女性客の様子を眺めていた、『オンデア』の笑い声だ。
「……ずいぶんと狭そうだ、少し拡げてやるか」
腕に装着されている武器を向け、軽く第二指を曲げると同時に、目に見えない何かが二階席の一部を崩し、人間が滝のように落ちてきた。
続けざまに数回撃と、急に足元を……文字通り、足ごと失った人々が、なす術もなくなだれ落ちる。
衝撃破壊音波発生装置『咆哮』だ。
悲鳴、絶叫。
周りにいる怪物たちは、一斉に先ほどオンデアの出したものと同じ音を出す。
二階席で獲物を追い詰めている『カウガイ』と『タイシエ』は、さらに観客に攻め寄った。何匹かを適当に始末して、より恐怖を高める。追い詰められた獲物が、次に取る行動を期待してのことだ。
それは期待通りになった。一匹が、床が崩れ落ちた穴をジッと見つめ飛び降りたのだ。
その一匹はこう判断したはずだ。
『先に落ちた人間がクッションになって、今ならここから飛び降りてもケガをすることはないだろう』。
事実、先に落ちていた人間の何かが、折れたような潰れたような音とうめき声がしただけで、彼は無事一階に下りることができた。
そこは、まだ二階よりも逼迫した状態ではない場所だ。それを見た何人かが続く。
穴の奪い合いが始まる。
最初の何人かは良かった。
だが、奪い合う穴に飛び込む瞬間、自分の上から更に人が降ってくることを考えられたかどうか……。
飛び降りることを臆した最後の一匹は面倒なので始末し、カウガイとタイシエは二階席の全員を一階に追い払い、第一段階の仕事を終え、自分たちも一階に降りて獲物たちを取り囲む輪に加わった。
観客は明らかに人数オーバーの所にギュウギュウに押し込められ、七体の怪物に取り囲まれている。
順崇と渓華はそのほぼ中央付近にいて、観客の多くは怪物から少しでも遠ざかろうと、彼らのいる内側へ内側へと入り込もうと殺気立ち、争っている。
順崇だけなら彼らに場所を明け渡しているが、腕の中には渓華がいる。
……動けない。
……今はまだ。
歯を食いしばりながらその場に踏ん張るしかなかった。
やがて、突然なんの手出しもしなくなった怪物の行動に、人々は少し落ち着きを取り戻し始める。
その様子を確認して、怪物の一体……最初にシャクラの頭を握り潰した一体が、奇妙な震動が混じる音をたて始める。サツの大きさから、順崇にはそれが怪物の中の首領であることが分かった。
「これから……」
発音はおかしいものの、それは日本語として理解することができる。
「我々はキサマたちを群れの外側から順番に殺していき、最後まで生き延びることができた者だけは、見逃してやる用意がある」
『用意がある』確約ではない。
……おかしい? 順崇は再び感じた。
取り囲む怪物はレーザーといい、二階席を崩した武器といい、明らかにオーバーテクノロジーを手にしている。なぜそれほど手間をかけるのか?
「ひょっとすると、怪物たちは楽しんでいるのかもしれません」彼の疑問を悟ったのか、腕の中の渓華が言った。
「あの顔、少し猫に似ていませんか? 猫は獲物をもてあそぶんですよ」
観客は再びパニックに陥り、先ほどとは比べ物にならないほど殺気だって、中央へ中央へと入り込もうとしている。
順崇は殴られ、蹴られ、服を引きちぎられながらも、背中をできるだけ丸め渓華を腕の中に強く抱き寄せてその場に踏ん張った。
怒号、悲鳴、号泣。
破壊、暴力が巻き起こる喧噪。
「順崇さん!」渓華が叫ぶ。
目の前に居ながらにして、叫び声でないと聞こえない。
「順崇さん! 出してください!」さらに渓華が叫ぶ。
「私は格闘家です。私の力や技はこんな時こそ役立てないと!
このたくさんの人たちを守るためなら、たとえ力がおよばずに殺されることになっても、最後まで正々堂々と闘って死ぬことに後悔はありません!」
順崇は少し渓華を抱く腕をゆるめ彼女の瞳をのぞくと、いつもと同じ純粋に強さを求める彼女の輝く瞳があった。
中央に入り込むことは至難のことだが、外に出ようとすることは、余りにも簡単だった。渓華をかばいながら、片腕で人の波を押し分け少しでも進みやすい道を選ぶだけで、勝手に押し出されていくのだから。
パニックになっている人々よりも、むしろ足元に倒れている人間に注意しなければならなかった。




