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再会  作者: 吉川明人
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魅了


 渓華の目が釘づけになった。

 西暦六八〇年頃、朱鳥あけみとり時代。

 年号の変遷とともに歴史から消えたと言われ、その武術が存在していたことさえ人々の記憶から忘れ去られている、一六〇〇余年の歴史を持つとされている瑞帋流。

 宗始者は磐拝武内守日出尋いわがみたけのうちひでひろとされ、元々は山岳民族と里の者との橋渡し役を担う者とされているが、真偽のほどは定かではない。

『役の途中 生備代の山越えなお進む 深く清き泉水湧く山中にて 二本足で立つ金色に輝く毛なみを持つ古狼に伝授される』

とあるが、内容からしても八卦掌や通臂拳のように、後世、神格化するため山中で金色の猴より学んだと言った、寓話であろうと考えられている。

 順崇はそれを事実とも作り話ともどちらの見解も示していない。彼にとっては、今ここに瑞帋流が存在する。それだけでよかった。

 わずか十五歳にして先代師範を打ち破り、あまつさえそれまでいき詰まりかけていた流派の壁を超えて新しい方向性を打ち出し、誰もが認める天賦の才に甘んじることなく、常に己を高めることに決して妥協することのない若き師範。

 新しいと言っても瑞帋流が世間一般に知られるようになったわけではない。

 瑞帋流の古伝書に曰く

『本日 宗家金色の大口の真神 夢に現れ この技今後世に出すこと無きよう申し伝え有り』

 とあり、以来一三〇〇余年に渡り、いまだごく限られた者だけが知る武術となっている。

 古武術の多くがどんどんスポーツ化してしまう中で、瑞帋流は違っていた。師範となるものはここまで達せよと、明確に確言づけられている絶対条件がある。

 およそ常識を超えた条件だが、先代師範であった彼の祖父、寿悟朗は、古伝書に記される最低限の鍛練方法から30年の歳月を経て条件を満たした。

 順崇が天賦の才を最大に生かし、血のにじむ修行を繰り返し、試行錯誤の末、条件を満たしたのは師範となってわずか二年。彼も渓華と同じく天才と称された一人だった。

 しかし、彼にも、基礎鍛練をすべて修得し、勝負あるいは試合を行うことが許された七歳の時よりこれまでただ一度敗けを記した相手がいる。

 師範交替を賭けた勝負の前日に、これまでの修行の成果をはかる相手として、先代師範である寿悟朗に頼み込んで、ある勝負を許可してもらった。

 幼稚園の時、初めて感じた理想の強さを持つ者。あの時から彼にとって親友であり、追い続ける目標であった者との勝負。

 仁狼である。

 彼に会っていなければ、これほど自分の能力が引き出されることはなかっただろうと思っている。野試合ならば、勝っていたかもしれないギリギリの敗けだが、それでも敗けに違いはない。しかし、自分自身の心の整理はついた。

 二日続けての真剣勝負だったが、先代師範との勝負は文句無しの勝利を修めて以来、仁狼と多少の組手をすることはあっても勝負することはなかったが、今でも彼の目標であることに変わりはない。

 なぜこれほど仁狼が強いのか。彼自身の家族、鈴乃と彼女の両親、さらに数人の医療関係者しか知らない秘密を順崇も知っている。

 仁狼の強さは幼稚園の時に得られたものだ。

 犬のフンを突き出した者たちが言っていた通り、彼は40度近い原因不明の高熱を出し、一か月もの間休んでいた。初めて会った数日前まで彼は総合病院に入院していたのだ。

 高熱は二週間も続いたあと嘘のように引き、その熱が脳にどう影響したのかやはり不明だが、物理的にそれまでもともとかなりあった力に、さらに三倍もの力が出せるようになっていた。力だけではなく、脳内に分泌されるホルモン類も数種類、自分の意思で調節できるということだ。

 その後、仁狼自身も思い出したくないらしいが、どうやら治療に当たった医師から、予後治療と原因の解明を探るため様々な実験を行わされたらしい。

 彼の言葉を借りれば『最初のうちはほんとに解明しようとしていたようだったが、やっているうちにだんだん俺が人間だってこと忘れたんだろ』と言って、はっきりとは教えてくれない。

 同じ病院に眼科部長として勤務しており、内科医に紹介しただけの鈴乃の父親が偶然様子を見にきてくれなかったら……と、苦笑していた。

 退院時には力は常人の七倍にも跳ね上がり、サツはさらに数倍。今の仁狼は重さ500キロ程度のものなど簡単に持ち上げることができる。

 加えて彼には天性の才能がある。かつて一度だけ本気で闘ったことのある順崇だからこそ、それは断言できる。

 だからと言って、これから彼と行うものは勝負でも組み手でもない。渓華に瑞帋流を見せることが目的だ。長いつき合いで、二人とも言わなくても理解している。

 最初は順崇が攻撃し、仁狼が受ける。簡単な基本的な攻撃から、徐々に高度で複雑な技を織り交ぜていく。

 ……違う。

 確かに先ほど仁狼が渓華に行った攻撃とは似ても似つかない。はるかに洗練され武術的だ。

 攻撃方向の関節の不利を感じさせず、かつ最大に活かした無駄のない動き。限りなく連続する攻撃と一体化する防御。

 とてもあの巨体から繰り出せるとは思えないスピード、反射神経。その身体も、組み手が始まったとたん、小さくなったように見える。

 距離を置いている今でさえそうなのだから、目の前で相手をするとなると、この錯覚は致命的な不利をもたらすことは明らかだ。これほどの巨体だからこそ、それがより効果的になっている。

 順崇が繰り出す技は、狙いすましたライフルの銃弾が、様々な方向からあらゆる変化を伴いながら連続的、波状的に押し寄せてくるイメージで、武術というよりも、踊りのように身体の流れそのものが美しい。

 これに比べて仁狼の技は、ガケの上から突然大量の土砂と岩石が降って来るような、いきなりで、それでいて不可避の攻撃だった。


 次に仁狼が攻撃し、順崇が受ける。不可避と思える攻撃を、ゆるやかにかわしながら即座に有利な体勢を整える。

 瑞帋流の動きが仁狼の動きとはまったく違うことは充分理解し、そして動きに魅了された。鐔瓊流の動きに魅了されたように。


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