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再会  作者: 吉川明人
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 貫いた獲物の筋肉は、最後の抵抗をするように深々と突き刺さった爪を渾身の力で締めつけていた。

 しかし、抵抗も虚しく悲鳴のような音をたててゆっくりとその肉は引き裂かれていく。

 獲物は突然のことに思考が失われ、身体を震わせたまま声も出せず、引き裂かれた傷口からは内臓が生き物のように飛び出す。

「ああ、あああああ……」

 我に返った、いや、我を忘れた獲物が飛び出した内臓を必死に掻き集める姿は、何とも不様で、そしてなんとも言えず愉快だ。


 ……この中でキサマが一番楽に死ねるのだぞ。もっとワシに感謝してもらわなければならないくらいだ。

 彼はそう思った。

 やがて内臓を撒き散らした獲物は、身体を痙攣させながら息絶える。

 静まりかえっていた周囲から悲鳴が上がった。一つや二つではない。会場内に詰めかけていた何千という獲物の悲鳴とどよめき。

 なんの集まりなのか、「彼」にとってどうでもいいことだ。だが、獲物たちがこの会場に、一定の間隔をもって大量に集まることだけは分かっていた。だからこそ下調べをしてこの日を選んだのだ。

 この星の獲物。

 直立二足歩行をし、彼と大差ない体格を持つ知的生物……ただし力は彼らに比べ、10分の1にも満たない脆弱な生き物。そんな弱い生き物を狩ることは、最高の楽しみだ。

 知能を持ち、高度な文明を築き、理性と感性を備えた生物であればあるほど面白い。一度この味を覚えてしまうと、知能のない動物を相手の狩りなど、まったく下らない。

 彼はその快感を求めるハンターだった。


 人々は狂ったように出口を求める。

 まっ先に出口にたどり着いた者は、突然現れた怪物から逃れ、目の前で行われたおぞましい殺戮の現場からいち早く抜け出す事ができる幸運を感謝するはずだった。

 だが、そこには絶望が待ち受けていた。

 七つある出口のすべてに、あの怪物がいる。

 最初にそこへたどり着いた者は、最初の犠牲者となり、後に続く者は、犠牲者の返り血の洗礼を浴びることとなった。

 まだ事情が分からず、外へ出ようとする者と、ふたたび中へ逃げ込もうとする者。他の出口へ逃げ場を求める者で、会場内はさらにパニックとなる。

 倒れた者には誰一人見向きもせず、あまつさえ踏みにじる。


 我が!

 我が!!

 我が!!!


 やがて、どこにも逃げ場がないことを悟った獲物の群れは、ゆっくりと包囲を縮める怪物たちに合わせ、徐々に会場の中央付近に集まり始める。

 力のある者は少しでも怪物から遠ざかろうと群れの中央へ中央へと他の者を押し出しながら抵抗を試み、結果的に力のない弱い者ばかりが外へ追いやられる。

 醜くく、あさましい光景。つい今しがたまで愛や友情を語りあっていたであろう者たちが、目の前に突きつけられた己が死の恐怖の前に、その本性をあっさり露呈する。


 ……何度見ても愉快だ。

 彼らは心からそう思った。

 虫ケラどもが最後に見せるこの行動は、本当に一匹の虫のような動きをする。これが見られるだけでも充分楽しめる。

 彼らは動きがおさまるまで、あえて手出しはしない。時間を与えて一度冷静にさせ、そして、生き延びられる可能性を教えてやる。


 なぜか? 

 決まっている。

 その方が面白いから。


 やがて群れは彼らの期待どおり、徐々に冷静さを取り戻し、怪物たちの様子をうかがう者も出始める。

「この中で……」

 獲物を見回して、『レイネイ』がこの星の者に理解できる言語を使って口を開く。

 彼が怪物の首領だ。

「一人だけ助けてやろう。我々はキサマたちを外側から順番に殺し、最後まで生き延びることができた者だけは見逃してやる用意がある」

 大衆は再びパニックに陥った。

 今度は力のない者も、少しでも群れの内側へ潜り込もうとして同種族同士の争いが始まる。

 殴り、蹴り、倒れた者は踏みつけ……パニックはパニックを呼び、彼らが手を下すまでもなく、たがいの手によって絶命していく獲物の群れ。

 笑いが止まらない。

 そうだ、殺れ! 生き延びるために。一番多くの生け贄を出した者だけが生き残ることができる! 一番多くの獲物を差し出した者だけが生き残ることができる!!


 殺れ!

 殺れ!!

 始まるぞ!

 始まるぞ!!

 狂気と快楽の宴が!


「幕は上がった!」

 レイネイが腕を上げて合図を出す。彼らも参加する合図だ。

 合図とともに、外に押し出され、逃げ後れた者から吹き出す鮮血、飛び散る脳漿。

 悲鳴と怒号……そしてレイネイたちのわらい声。殺戮の宴が始まった。


 血生臭い悪臭が蔓延した会場内。

 ようやく宴は終焉を迎えようとしていた。

 ネットリとした空気に包まれ、足元は血糊で思うように動けず、空気中に大量に含まれた血と体液と汗が、呼吸さえ困難にしている。

 そんな血と脳漿と体液の交じり合った、かつては生命であった者の最後の抵抗とも思える臭いの中、二人の男が必死の形相で向かい合っていた。

 レイネイたちは彼らを囲み、同族同士の憐れな、無残な、そしてこの上ない悦楽を楽しんでいる。

 力のない者への嗤いと力を持つ側の愉悦。

 周囲には1000人以上の無残な獲物の死体が、山のように積み重なっている。

 男も女も、年端もいかない子供も、老人も……そこには生きたいという生物としての根本的欲求とそれを狩り取る快楽だけの絶対的平等の前に、無言の肉塊が散乱しているだけだった。

 そして残されたこの内のどちらか。どちらかだけが生き延びることができる。

 しかし、これまでたがいに争い続けたことと、レイネイたちの手によって、どちらも体力を使い果たし、今は生への執念だけが彼らを突き動かしている。

 一方が相手を軽く押した。そんな軽い押しですら足元を危うくさせるような状態だった。

 すでに息絶えている獲物に躓いて一方が倒れ込んだ隙を逃さず、もう一方が馬乗りになり、襟首をつかんで床に後頭部を叩きつける。

 狂ったように、相手が立ち上がってくることを恐れるように何度も何度も叩きつける。何かを叫びながら……それでも決して止めることはない。

 レイネイはその言語を理解し、より一層笑う。

 ……これだけのことをしておいて、まだそんなことがほざけるのか?


『許してくれ!! 許してくれ!!』


 それは、相手に対する償いの言葉であった。明らかに息絶えてるにも関わらず、一匹はなおも行為を続ける。

「もういい。最後に残ったのはキサマだ」

 レイネイの声に男は動きを止めた。

「た、助け、助けて……殺さないで、殺さないで」男は繰り返す。

「約束通り助けてやるが……条件がある。ヤツの身体に一瞬でもいい、触れることができれば見逃してやる」

 今回の順番である『ケウナエ』を指すと、男は追いつめられた者の目でケウナエを見た。

 そうだ、こうでなくては面白くない。この狩りを始めたころは、最後の数匹が発狂して終り……と、今から思えば興醒めな最後を経験し満足していたこともあったが、ある星でもっと楽しめる方法を教えてくれた獲物がいた。

 もっとも、あの時の趣向はワシらに近い強さを持った獲物を狩る……だったが。

 レイネイは賞賛の意味を込めて、部屋に飾ってある獲物の首を思い出した。

 たった30匹しかいなかったが、その中の首領であったガルアテと名乗った獲物のために、四人の仲間が返り討ちに合い、二人が再起不能の重傷を負わされ、まともに生還することができたのはレイネイだけという苦い経験がある。

 長年この非合法の狩りを行ってきた彼にとっても初めてのことで、心底驚かされた。その経験から、獲物が最後の力を振り絞って抵抗する時、思いもよらぬ力を発揮することを知った。

 さらにそれを応用して希望が絶望に変わる時、集団の獲物を狩る時以上の快感が得られることをも……だからこそ希望を持たせることで、精神を正常なまま保たせておく。でなければ、最後の一人だからこそ味わえる愉悦……醍醐味が味わえなくなるのだ。

 男は残されたすべての力を振り絞り、ケウナエに触れようとするが、ケウナエは身軽な動きで男の動きを完全にかわす。

 必死の男の体力も気力も尽きかけた時、祈りが通じたのか偶然にも男の手がケウナエの上着に触れた。


「やった!」


 男が叫んだ時、乾いた音がして何かがゆっくりと床に転がる。

 一瞬のことだった。

 肉の焦げる臭いが周囲を包み込み、仲間が一斉に大笑いした。ケウナエの服には高圧電流が仕込まれていたのだ。最初から獲物を生かしておくつもりなど、当然ない。

 男は必死になって……生きるために死のうとしていたのだ。

 黒焦げの男は自らが捧げた数千の生け贄と公平に会場の床に横たわったに過ぎない。


「いつ見ても、楽しめるな」『タイシエ』が言った。

「いい汗をかいた。今夜はぐっすり眠れる」

「レイネイ。次はいつの予定だ?」

『カウガイ』がひと仕事やり終えた表情で、『ラオノイ』とともにレイネイに近づく。

「今あちこち当たっているが、そうだな……二か月後の半ばくらいには準備が整えられるだろう」

「今度はどんな趣向で狩るんだい?」『エンギウ』が尋ねる。

「次の獲物は今日よりは強い。それと、数の多さに重点を置こうかと考えている」

「そうか、期待しているぞ」

 残された物いわぬ死骸の山には一瞥もくれず、歓談を交わしながら、星へと戻るために開かれた空間の入り口に『オンデア』が入って行く。


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