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異、違和感

 

「――というわけだ」

 学校の中をブラブラしていた雄大と勇気を捕まえ、再び二年三組教室に戻った俺は、たった今起こった出来事の一部始終をかくかくしかじかと説明していた。ただし、俺のせいで二人が異世界トリップとやらに巻き込まれてしまったということだけは、遂に言い出すことが出来なかった。


 説明の中に誤魔化しという不純物が混じっているためか、ところどころ早口になりながらも、どうにかして、最低限度の情報の共有はできたように思う。


「なるほどなあ……。ゲームの世界で女の子を攻略、ねえ……」

「そうだ。そこらへんの女の子じゃダメだぞ? 特定の、精霊を攻略するんだからな?」

 雄大はうんうんと納得の様子でいるが、どこか心配だったので、一応釘を刺しておく。


 二人は俺の荒唐無稽な説明に終始黙って耳を傾けていたが、雄大と勇気の様子は対照的であった。

 雄大は腕を組み、そびえ立つ大木のようであったのに対して、勇気のそれは、期待に満ちた物から、悲しみと絶望が目に見えて分かるほどに変貌し、パンパンに膨れた風船を解き放ったときの様子に似ている。

 説明が一通り終わったところで、ポツリと呟いた。


「チ、チートも魔法もないなんて……」

「チート? なんだそれは?」

 あまり馴染みのない言葉だったので、つい聞き返してしまった。

 黙り込む勇気の代わりに、雄大が反応した。


「勇気が言うには、異世界に渡った人間の多くはものすごい力や才能を与えられるらしいぜ?」

「なるほど、それをチートと呼称するのか」

 残念ながら、チョークの魔法使いからは、それらしきオプションは与えられていない。

 チート無しでコツコツと原作通りにやっていくしか……。

 ん?


「……あるじゃないか、チート」

「え!? ホ、ホント、高井君!」

 ボソッと呟いた独り言に、勇気がものすごい勢いで食いついてくる。

 ち、近っ! 

 数歩後退しつつ口を開く。


「あ、ああ。だって、ここは〈世界を彩る君と共に〉の世界なんだろ? だったら、その攻略ルートを辿っていけばいいだけの話じゃないか」

 そう、俺たちには〈セカトモ〉の知識という唯一にして無二の武器がある。恋愛シミュレーションゲームにおいて、これ以上のチート? は望めないと思う。 

 まあ、俺の場合はルートどころか毎日がデッドラインの命がけの日々になる予定だが。


 そもそも、ゲーマーを自称する勇気がこうもうろたえている理由が分からない。彼ならもちろん〈セカトモ〉なんてとっくにプレイ済みだろうから、知識だって俺より相当――。

 そこまで考えが巡った瞬間、俺は救いの光を垣間見た。


 黒瀬瑠璃の攻略法、勇気に教えてもらえばいいじゃん!


 簡単だった。大切な物はすぐそばにあるというがまさしくそれだった。

 なんだ、超イージーモードじゃないか!

 期待を込めてこう尋ねる。


「なあ勇気、おまえも〈セカトモ〉やったことあるだろ? もったいぶってないで、さっさと効率的な攻略法を教えてくれよ」

 ――が、返ってきたのは、予想外の答えだった。


「セ、〈セカトモ〉? そんなゲーム、知らないよ……。 いつ発売したやつ?」

「え? 新作の棚にあったから、最近のゲームじゃないのか?」

「し、知らない……。聞いたこともないよ、そんなゲーム……」

 おかしい。あの勇気が知らない? かつて、「ぼくの友達はゲームだけだ」なんて言っていた勇気が? 

 確かに現在は大分改善してきたとはいえ、新作ゲームのチェックを怠らない勇気が見逃すことなどありえるだろうか。 しかも、勇気の好きな恋愛アドベンチャーゲームだぞ?

 これじゃあまるで、


 ――本当に〈セカトモ〉なんて存在していないかのようではないか。


 まただ。

 旧校舎でのことといい、今回のことといい。

 俺たちの間で認識に齟齬が生じている。これからいつまでかかるかは分からないが、最長でも一年の間、俺たち三人は協力していかなければならない。疑心暗鬼に陥るなどまさしく愚の骨頂だろう。

 ならば、この場における最善は?

 それは、自身が誠意をみせること、そして、信頼を勝ち取ること。


「いいか、二人ともよく聞いてくれ。俺はこの世界の〈セカトモ〉の情報を、かなりの量持っている。ゲームで何度もプレイしたことがあるからだ。信じてほしい。俺の情報通りに行動すれば、最低でもおまえ達二人は確実に助かる」

 巻き込んでしまったことに対する罪滅ぼしに、ほんの少しでもなれば、幸いだ。


 いろいろ説明した、ヒロインの正体、性格、知っている限りの攻略方法。

 そして、俺が担当するヒロイン、黒瀬瑠璃は最凶のヒロインだということ。

〈セカトモ〉に関する説明は、先程よりも時間を食い、終わった時には夕日が教室を照らしていた。俺たちは腹が空くのも忘れて話し、聞いていた。



 ……まあでも。

 生理的欲求には逆らえないわけで。

 とりあえずは一度帰宅し、腹を満たして、明日から本気を出そう、という運びとなった。

 三人でくだらない会話を繰り広げながら帰路に就く。

 こんな風にして歩くのは一ヶ月ぶりくらいだろうか? 話題は尽きない。


「そっれにしてもなあ、涼がギャルゲーなんかに手ぇ出すなんてなあ……」

「だから違うって何度も言ってるだろうが! ルリちゃんに微笑みかけられたんだよ!」

「あ~、だから涼は本物の黒瀬を見て思わず押し倒しちまったのか~。確かに超美人、いや、美少女だったもんなあ」

「意図的にやったわけじゃない!」

「分かってる分かってる。そういうことにしとくから。でも気をつけろよ? いくらゲームの世界だからって、捕まるときは捕まるんだからな?」

「ンの野郎……、いつか泣かせてやる……!」

「ふ、二人とも落ちついてよ。き、協力しようっていったばかりじゃないか」

 俺の仮の住まい、仮の家族となる長谷川家に帰っているという事実がなんとか消えてくれない物かと必死に会話に華を咲かせている。

 夕日はきれいな橙色なのに、吹く風は冷たかった。


 学校の準備をしなければならないのだ。

 日本人の勤勉的な気質からか、俺はこの異世界に来てまで、変に真面目なところが抜けきらないらしい。

 学校に必要な荷物は一切合切自分の家にあった、とは雄大の弁。

 明日からは勇気か雄大どちらかの家に行くにしても、一度は学校の荷物を長谷川家まで取りに行かなければならない。

 

 それが、どうしてもいやだった。


 二人と別れてコンビニに寄った後、一人長谷川家の玄関に立った俺は、一度大きく深呼吸をすると、静かに扉を開いた。扉は相も変わらずに冷たさを誇り、俺を拒絶しているかのようであった。


「た、ただいま……」

 途端、暴風雨に曝される。


「おかえりなさい! 突然出かけちゃったからびっくりしたわもう。新学期早々ほっつき歩いて……。少しは勉強でもしなさいな! そもそもあんたの机は散らかりすぎで……」

「ごめん、飯はもう食べてきた。夕飯はいらない。それより、ちょっと今日は具合が悪いからもう寝るよ」

遮るように言葉を発したが、この中年の女は歯牙にも掛けないようすでしゃべり続ける。


「来年はあんたも受験生なんだからそろそろ塾にでも通い始めないと……。あ、夕飯出来ているわよ! 今日はカレー作ったから元気つけて、しっかり勉強! 明後日の学期明けテストでいい点取りなさいよ」

 聞き流し、俺はそそくさと二階に向かった。


 二階は階段から向かって右側が俺の部屋、左側が妹(仮)の部屋となっている。

 妹(仮)の姿は一度も見たことがなかった。

 恐らくは左のドアノブを回せばご尊顔を拝めるのだろうが、披露しきった今の状態で、未知なる場所へ足を踏み入れたくはなかった。

 コンビニの袋からおにぎりと惣菜パンを取り出し、バクリと一口噛み付く。うむ、味はまあまあ。

 無言で咀嚼する。

 世界が一変しても、この食事の風景は変わらなかった。


「そもそも俺、妹なんていなかったからなあ……」

 ……どう接すればいいのかなんて、さっぱり分からん。

 殺風景な自分の部屋の中でポツリ、とそう呟いた。

 

 おにぎりはうまいし、パンも好みの味だった。

 だけど、それは冷たく、味気ない、作り手の感情が見えない、どこまでも「死んでいる」食べ物だった。 


 あるいは、それを食べる俺自身、本当の意味では「生きて」いないのかもしれなかった。

 


 



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