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説明回、あるいは会

『はじめまして、高井涼さん。〈世界を彩る君と共に〉の世界へようこそ!』


「な、なん……?」

 この世界に渡ってからの驚愕はもう何度目になるだろうか。

 チョークが浮いて、文字を紡ぐ。まるで魔法のように。

 そう、まさしく魔法だった。誰もチョークを持っていないし、糸のような小細工も一切ない。それどころか、我が身の白で言葉を構築するチョーク自身、確固たる意思を有しているようにさえ感じられる。黒板に滑らかに描かれていく軌跡は、さながら白い蛇のようであった。

 

 白蛇が這い回り、俺にその意思を伝える。


『あなたは、高井涼さんで間違いありませんね?』

 俺のリアクションを待っているのだろうか? チョークが宙に浮いたまま静止している。 

 静止した様は、今にも獲物に襲いかかろうと鎌首をもたげるハンターのそれだった。

 

 蛇に睨まれたカエルは動けなくなってしまうらしいが、一応ヒトである俺は、カエルよりも多少は知能なり胆力なりが優れて然るべきである。


 首を縦に何度も振ることで、どうにか肯定の意を示す。

 すると、すぐさまチョークは動き出す。


『最初に申し上げます。あなた方をこの世界にお招きしたのは私です』

『こちらの身勝手な事情のもと、あなたを異なる世界にお招きしてしまい、大変申し訳なく思っております。また、あなたをこちらにお招きする際に、誤ってご友人のお二方もお招きする形となってしまったことも、重ねて謝罪させて頂きます』 

 こいつは何を言っている。

 俺を招いた? 俺の転移に勇気と雄大が巻き込まれた? 謝罪する?

 ダムの決壊のごとく溢れ出した情報の数々。その勢いはひどく人間味を感じさせた。


 蛇だと思っていたモノは、ただのチョークに間違いなかった。代わりに、チョークの影に人間の意思が見え隠れしていた。

 こいつはどうして俺を招いたのか。俺に何をさせたいのか。そもそもこいつは何者なのか。

 頭の大部分が疑問と驚愕に埋め尽くされるが、俺は、この会話が大変貴重で、有益な物であると認識してもいた。


 今、すべての元凶に、世界の核心にアクセスしているのだ!

 ――少しでも情報を。少しでも譲歩を……!

 思考を単純化して、道筋をなぞるように口を開く。


「……帰る方法は、あるのだろうか?」

 再び、濁流。


『当然存在します。ですが、そのための条件もまた存在します』

『帰る方法は単純です。私と直接面会すればいい』

「面会の、条件は……?」

彼女たち(・・・・)の心を奪い、魂を解放すること。それが、面会するための条件となります』

 「彼女たち」が指示する存在を俺はもう知っていた。それどころか、もう既にその内の一人とは出会ってさえいる。


 チョークが忙しそうに飛び回る。


 チョークを操っている人物を、便宜上「チョークの魔法使い」とするが、チョークの魔法使いは、〈世界を彩る君と共に〉の世界に俺たちを招いたのだと告げた。そして、〈セカトモ〉の世界において、「彼女たち」と呼称されるような存在は六人しかいない。


「〈世界を彩る君と共に〉のメインヒロイン四人に、隠しヒロインの二人を合わせた六人……」

 チョークの魔法使いは正解! とばかりに、黒板に大きく花丸を描いた。

 黒板は白色の面積がかなりの割合を占めるようになっていた。

 チョークの魔法使いも余白に書きづらくなってきたのか、チョークがパタリと床に落ち、黒板消しが浮き上がったかと思うと、すべての白線を消し去っていく。


 再びチョークが持ち上がった。


『その通りです。彼女たちを救って頂きたい』

「救う? 彼女たちを攻略しろと言うことか?」

 〈セカトモ〉における、ヒロインの攻略自体が彼女達にとっての救済と考えることもできるが、微妙にニュアンスが違う気がする。


『具体的な手段は、そうなるかと』

「手段? ヒロイン攻略は彼女達の救済のための手段にすぎないのか?」

 わずかな間を開けた後、再びチョークが文字を紡ぐ。


『この世界の成り立ちはご存じですね?』

「成り立ち? ゲームの世界観のことか?」

『はい。このゲームの世界観は、ご存じですか?』

 〈セカトモ〉、正式名称〈世界を彩る君と共に〉は、基本的に現代が舞台となる学園ラブコメなのだが、ほんの少しだけオカルトチックというか、魔法的な要素も持ち合わせている。

 それが、本作ヒロインの六人である。


 彼女たちの正体は、廃れきった町に、平和と豊穣をもたらすために呼び出された精霊なのだ。


 実体はあるし、人格だって確立している。人間との違いはその身に宿す力の膨大さくらいだろうか?

〈セカトモ〉の主人公は、精霊とは知らないままに仲良くなっていき、中盤で正体が明かされる、というストーリー展開だったハズ。


『概ねそんなところです。では、呼び出された精霊は、どうすれば元いた世界に帰ることができると思いますか?』

 答える間もなく白が増えていく。


『ちょっと用事を済ませてすぐに帰る、なんて当然不可能です。契約の下、この世界に留まり続けなければならない。それでも彼女たちはこの町を助けたいという一心の元、この町に渡ってきてくれました。いくら感謝しても足りないくらいです』

それなのに、と白文字は続けた。

『今のこの町の人間は与えられることに慣れすぎてしまった。感謝を忘れてしまった』

『そもそも、精霊達にとって、この世界はとても住みにくい場所なのです。この世界は常に彼女たちを蝕み続けている……。あまりの苦しみから、自身は人間だと思いこんでしまっている精霊もいます……。そのせいか、この町も徐々に衰退し始めているように感じます。結局、精霊に頼っても消え去る物は消え去る運命なのでしょう。後に残るのは、人間の身勝手によって苦しみ続ける精霊達だけ……。そんな彼女たちを救うためには』

 心をもらい受け、魂を解放させてやる必要がある、らしい。


「ここで攻略が必要になってくるわけか……。しかし、攻略と言ってもどのように? ゲームと同じように行動すればいいのか?」

 もしそうならば、ゲームでの経験が十分に生かされるため、攻略はさほど難しくないのではなかろうか。もちろん、次の質問の答え如何によっては、難易度はベリーハードになってしまうが。

 重ねて質問する。


「六人全員の攻略が必要なのだろうか?」

『いいえ、一人につき一人の精霊で構いません。精霊は嫉妬深いので、一度に複数の攻略は困難でしょう。残りの精霊はまた別の人間を呼び寄せようと思います。また、攻略の手段は問いません。「恋人」になりさえすれば、心は完全に譲渡されるはずです。精霊の性質からすると間違いないでしょう』

 精霊は、精神状態が肉体に大きな影響を与える。またそのためか、言霊の影響を受けやすい。

 彼女たちにとって、口約束とは魂に刻まれた契約と捉えても差し支えない。

 つまり、彼女たちに告白して、それが成功しさえすればいいのだ。告白を成功させるには、ゲームのルートを辿るように行動していけばいい。そして、一人攻略すればいいのだから、心苦しいところだが、隠しキャラは避けて、メインヒロイン三人を俺たちが攻略していけばいい。


 なんだ、イージーモードじゃないか。


「一応聞いておくが、攻略に失敗したら、あるいは攻略をまったくしなかったらどうなるんだ?」

『自我を失ってもらいます。この町の人々のように。自身の意思を持っていると思いこみながらも、世界に流され続ける、ここの人間たちのように。とは言っても、私がそうさせるわけではありません。どうやらあなた方も精霊と同様にこの世界には弱いようで、あなた方の前にも、試験的に数名お招きしたのですが、彼らはここに来て二十分ほどで自我を失いました。それからこちらの技術も向上し、ある程度の耐性付加には成功しましたが、あなた方も、徐々に、じわじわと毒されていくことでしょう。リミットは一年、と言ったところでしょうか?』

〈セカトモ〉の攻略期間もちょうど一年だった。こういうところでも、ゲームの設定を引きずられているのか。

 そんなことよりも。

 チョークの魔法使いは今、とんでもないことを述べなかったか? 俺たちの前の人間? そして、自我を失うって、どういうことだ? こんな風に考えることすらできなくなってしまうのかしまうのか?

 

「どういう――」

 ことだ、と再度質問する前にさらに文字が重ねられる。


『けれども、失敗した時のことばかり考えるのはあまり感心しませんね。男ならば、常に前を向かなければ。ということで、そんなあなたにいい情報をひとつ。逆に、あなた方が攻略に成功した場合、元の世界への返還以外に素敵な報酬を与えましょう』

 甘い言葉だと分かりつつも、それは琥珀色の蜂蜜のごとく、ドロリと、ねっとりと俺の心に染み込んでいってしまう。

 そうだ、たった一人でいいんだ。一年もかかるわけがない。すぐに攻略して盛大な笑い話の種にしてやる。

 そんな決意は、チョークの魔法使いの次の言葉であえなく崩れ去り、俺は絶望することになる。

 それは、俺の心に虫眼鏡をあてがっているかのようなピンポイントなタイミングだった。

 

『ところで、当然ご存じだとは思いますが、あなたは攻略の対象を選べませんよ? いえ、正確には選べたのですが、あなたはもう 選び終わって(・・・・・・)ますね?』

 一瞬、足の力が抜けて、よろめく。慌てて体制を整える。

 なぜか、鼻がムズムズとした。

 

「なんだって? 俺はまだ誰のルートにも入っていないぞ! ゲームでもまだヒロインのルートには突入しないハズだ!」

 おれの驚愕と焦燥を嘲笑うかのようにチョークはのろのろと文字を紡ぐ。


『ゲームでは、ね。彼女達は言霊に強い影響を受ける。あなたも知っているでしょう? 彼女は興味を抱くでしょうねえ。最初に会話をした生きた「人間」には特に』

 いつからか丁寧ではなくなっていた文字列を眺めながら、俺の思考は一人の少女の元へ辿り着く。

 背中にゾワリと寒気が走る。

 だって、チョークの魔法使いの言葉通りなら、俺の攻略相手は――。


 どこか懐かしいような、花の香りがした。


『黒瀬瑠璃の攻略、お願いね? 正直彼女がいろいろな意味で一番大変だと思うけれど、がんばってね』

 小学校の時分、一度だけ行った花屋さんで、嗅いだことがある匂いだった。


 それっきりチョークは動かなくなった。

 教室に静けさが戻る。どこかで子供の笑い声がした。



 長谷川家でオオカミが鋼の笑顔で待ちかまえている、そんな気がした。 


 


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