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プロローグ3

今回でプロローグ終了です。

 異常な光景だった。この高度情報社会の中で、それは歪に浮かび上がる。

 いくらマイナーなゲームであっても、公式HPくらいはあるハズなのに、『セカトモ』にはそれすらもない。

――まるで、この世界に存在などしていないかのように。


 公式情報すらも皆無となると、頼みの綱は、それこそソフトに付属していた解説書くらいだ。しかし、キャラクター紹介の項から可能な限り黒瀬瑠璃攻略のヒントを入手しようとするも、そこには、『いつも冷静な美少女。しかしその素顔は……?』というごく短い記述のみで、攻略法に直接関わるような取っ掛かりは一切得られなかった。隣のイベントCG? は可愛かったけれども。


 そこからはもうヤケだった。

――絶対に攻略してやる。

 そう意気込んだ俺は連日黒瀬瑠璃にあの手この手でアプローチをかけ、そしてその度にバッドエンドを味わった。


 延々と繰り返される試行錯誤。それは今現在まで続いている。




 部屋に備え付けの時計に目を向けると、ちょうど午後十時を回ったところだった。

 名残惜しくもゲームの電源を切り、明日の準備をするためにカバンを開けたところで、不意に大切なことを思い出した。


「渡されていた数学のプリント、明日提出だ……」

 俺たちに数学を教えているのは小嶋という初老の教諭で、一年の時から指導を受けている。いつも課題を配る際に冗談めかした口調で、「出さなかった奴には単位をやらん」という旨の警告を発する。

 実際のところは、小嶋教諭はとても寛容で、彼の授業で単位を落とした生徒は誰一人としていないのだが、その優しさに甘え続けるのは如何いかがなモノか。


 『セカトモ』にかまけて後回しにしていたため、全く手をつけていなかったが、今から取りかかれば十分に間に合うだろう。

 ならばさっそく始めようとプリントを処理すべくカバンを漁るが、それらしきモノが見あたらない。


 「……なら、学校か?」

 プリントを配られた日の記憶を探っていると、突然鮮明な映像が脳裏に再生される。

 配られたプリントを迷うことなく数学の教科書に挟める俺。

 続いて、「明日も数学があるぞ」と呟いて教科書を机の中に乱暴に突っ込む俺。

 しかたない。


「学校に、取りに行くか……」

 そうと決まればうかうかしていられない。財布と携帯電話をポケットに突っ込み、最低限の身だしなみを整える。

 

 自分の思慮の浅さにほとほと呆れつつ、肌に染み込んでくるかのような夜風の中、俺は学校へと続く道を急いだ。

 夜の闇は俺に寒さとどこか心地よい開放感を与えるが、それは無限の牢獄へと自ら足を踏み入れているようでもあった。




 校門に差し掛かったところで人影が見えた。

 縦に大きいのがひとつと、横に大きいのがひとつ。

 彼らは自転車に乗ったまま近づく俺に気づいたのか、手にした懐中電灯をこちらに向ける。

 強烈な閃光に一瞬視界が真っ白に染まり、自転車の制御が俺の下を離れたため、思わず縦長の影に全力で突っ込んでしまったが、不可抗力だ。何者かの陰謀だという説もある。

 ズン! と鈍い音を立てて衝突するも、縦長の影は吹き飛ばされることもなく、平然としているように見えた。まあ、俺も大丈夫だろうと判断したから突進していったのだが。


「よう、雄大。二週間ぶりだな。新しいクラスはもう慣れたか?」

 縦長の影、同じ高校に通う数少ない小学校来の友人、前田雄大に気軽に話しかける。

 すると、彼は今の出来事にもまったく動じずに、


「危ねーよ! 友人を轢き殺す気かよ!?」

 ……まったく動じずに、平然としていた。


「いや、動揺してる! 俺今すごい動揺してる!」

 彼はいつもこのようにハイテンションなので、一緒にいるこちらが疲れることがままある。

 何はともあれ、雄大も元気そうだったので、自転車を校門前に停車させ、もう一人の方、横長の影、小野勇気に声をかける。


「オッス、勇気。元気してたか?」

「う、うん。前田君がよくしてくれたから」

 勇気はどもりながらも、ちゃんと返事をしてくれた。


「そっか。それはなによりだ。ところで、おまえたちはここで何してるんだ? 俺が言うことでもないと思うがもう十一時近いぞ?」

「そ、それは……」

 勇気はどこか不安げな表情を浮かべつつ、雄大に視線を向けた。


「おう! それは俺が説明してやる」

 言うと、雄大は懐中電灯から縦に伸びる光を校舎の方へ向ける。


「出るらしいんだよ、女の子が!」

 朝クラスの連中が話してたやつか。たしか夜中の夜子さん? とか言ってたな。

 雄大が「出る」と言った瞬間、勇気はビクリと一度震えて、


「そ、そんなの嘘っぱちだって。ク、クラスのみんなも言ってたじゃないか。もう遅いし帰ろうよ~」

と、帰宅を促すも、


「そうか、おまえの親が心配してるか。なら、先帰っててくれ。俺はもう少し粘ってみるから」

 という、雄大の一撃によって、あえなく撃沈し、ガクリと項垂(うなだ)れた。

 勇気はとても恐がりなのだ。いいところは他にたくさんあるのだが、こういった場面に出くわすと、弱気になってしまう。

 しょうがない、ここは俺が助け船を出しておくか。


「勇気、俺はプリントを取りに来たんだ。五分もすれば取って来られるだろうから、一緒に帰ろうぜ?」

「わ、わかった。ありがとう高井君。あ、懐中電灯持って行く? 暗いから捜し物大変じゃない?」

「大丈夫。おまえから懐中電灯を取り上げたりしないさ。ってことで雄大、懐中電灯寄こせやこら!」

「はあ!? うるせえ馬鹿野郎! おまえに懐中電灯貸したら女の子が見えないじゃねえか!」

「俺の安全と女の子どっちが大事だ! 心の天秤にかけてしっかり考えやがれ!」

 すると、雄大は悩むそぶりも見せずに、


「まあ、普通に考えて女の子の方だわな、うん」

 俺の敗北だった。心なしか、勇気の俺を見る目が、なにかかわいそうなモノを見る目をしていたように思えたが、きっと暗闇で表情がよくわからないがためにそう錯覚したに違いない。

 俺の勘違いだと思うのだが、とても居たたまれない気持ちになったような気がしないでもなかったので、捨て台詞を残しつつ、校舎内に侵入を試みる。


「雄大、女の子が全員可愛いとは限らないからな! お、ここ通れそうだな。よっ、と。ああ、あと、 言い忘れていたが、校門で監視してても女の子は現れないぞ? なにせ去年も、そのまた前の年もここから女の子が校舎に出入りするのを見たことがないらしいからな」

 ソースはクラスメイトの茶髪男、名前はまだ無い。ではなく、名前はまだ覚えていない、だった。名前がまだ無いのは猫だった。


「つまり、女の子と本気で会いたいんだったら――」

 そこで言葉を切った。勇気がかわいそうだったからだ。


「会いたいんだったら!?」


 雄大の問いには答えずに、俺は新校舎と旧校舎のうちの、新校舎の昇降口に向かってを進めた。




 校舎の中は暗闇と静寂に支配されている。この空間の中に存在する生命体は今現在俺だけ。実際のところは宿直の教師がいるハズなのだが、この静けさのなかで、俺に生命を感じさせるモノは、ドクドクと鳴り続ける心臓、つまり、俺自身。

 それだけだった。


「懐中電灯、やっぱり勇気から借りた方がよかったかな……」


 暗い。


 明かりがなければ身動き一つとれないような状況だ。

 やむを得ず携帯電話をささやかな光源として、一歩一歩踏みしめる。

 今日は一日くもりだったので、あいにくと月明かりには期待できない。


 この学校は、新校舎と旧校舎の二つの校舎から成り、渡り廊下で繋がれている。

 俺が今いる校舎は新校舎の方に当たり、一階から順に三年生、二年生、一年生の教室が配置された、三階建ての建物である。すなわち、二年生であるところの俺の教室は二階にあるというわけだ。

 ヒタヒタと一歩ずつ歩く。ほこりっぽいような、学校特有の匂いがした。


 ……静かだ。廊下に俺の足音だけが響く。


――不意に、この世界にはもはや俺しか存在していないのではないか、という普段ならば一笑に付すような妄想に捕らわれる。ならば俺は独りぼっちの王様か。――それとも、闇に魅入られ、捕らわれた憐れな 人間(エモノ)か。

 そんな妄想のせいだったのだろう。数メートル先に黒髪の少女の後ろ姿が見えたとき、恐怖より先に安堵を感じてしまったのは。


 あるいは、このときすぐに引き返し、家に帰っていたのであれば、俺の運命は歪むことなく、平穏は守られたのかもしれなかった。

 

 少女は音もなく現れた。そして、こちらを一度も振り返ることなく、滑るように立ち去ろうとする。


「夜中の、夜子さん……?」

 なぜかは分からない。もしかしたら『運命』という単語が当てはまるのかもしれない。

 彼女が立ち去るのを目にした瞬間、いままで感じたことのない、抗いがたい感情が、胸の奥から激流のごとく流れてくるのを自覚した。

――それは、好奇心。


 今振り返ると、俺はなかなか厳しい家で生まれ育ったように思う。門限は八時と定められていたし、常に一定以上の成績を求められた。もちろん、ゲームなどもってのほかだ。もしかしたら、こんな夜中に出歩いているのは、『セカトモ』は、親へのささやかな反抗心の表れなのかもしれなかった。

 反抗心の芽生えがトリガーになったのかどうかは知らないが、いままでに抑圧され、行き場を無くした好奇心があふれ出そうとしていた。


 知りたい。彼女がどこから来たのか。


 知りたい。彼女がどこへ向かうのか。


 知りたい。彼女は何をするつもりなのか。


――雄大、悪いな、夜子さんと友達になるのは俺が先みたいだぜ?

 数学のプリントのことはすでに忘却していた。

 俺は女の子の後を追って走り出す。




 黒髪の少女を追いかける。

 俺はドタドタと、少女はスススと音もなく校舎を進む。

明かりはもはや不要だった。足下は不安になるものの、少女を追いかける分には心配ない。

 寒い空間をしばらく走っていたためにいくらか冷静になったのか、頭の中の理性が今すぐ引き返せと忠告してくる。しかしその度に、心の中の本能が少女を追うのだ、という要求をつきつけ、体に再び熱が(とも)

 ほこりっぽい匂いの中に、土臭さも()じるようになった。

 ここは、渡り廊下であろうか? で、あるならば、夜子さんは旧校舎に向かっている……?

 

 旧校舎は今ではさっぱり使われることがなくなっており、毎年取り壊しの話が持ち上がるが、なぜか必ず取り壊しは中止となる、謎が謎を呼ぶ校舎である。

 旧校舎は壊れやすいからという名目で立ち入り禁止となっているが、まあそれを無視する輩は毎年必ず発生するもので、不良の溜まり場と化しているのだが、そんな彼らも決して立ち入らない場所がある。


 それが、二階の二年三組教室。

 かつて生徒がそこで自殺したとか、成仏できない生徒の魂が留まっているだとか、様々な憶測がなされているいわく付きの場所だ。


 俺には妙な確信があった。

――彼女の目的地は、そこに違いない。

 旧校舎一階の階段にさしかかる。

 暗闇の中だというのに、少女はそれをものともせずに二階へと続く階段を進む。俺は、少しペースを落としながらも、可能な限りの速度で追いかける。


 少女は二階に辿り着いた。


 一組を通り過ぎ、そのまま二組も通り過ぎた。


 そして、三組の扉の前で静止すると、


 扉の中に吸い込まれるかのように、消えた(・・・)




「――え?」

 背中に冷や汗が流れ落ちる。

 全身が氷像になってしまったかのように固まり、体から熱という熱を奪っていく。

 混乱の最中にいる俺はさらなる驚愕に見舞われる。

 カツカツカツ、と足音が響いてくるのだ。

 足音は、俺が走ってきた方向とは反対の方向から向かってきているように思える。

 逃げようと、とっさに走りだそうとするが、氷は溶けないままで、まったく足を動かせない。

 

 姿だけは拝んでやろうと、なんとか首を背後に回し、足音の主を見ようとする。すると、強烈な閃光が一瞬視覚野を襲い、目を凝らすと、そこには、先程見たような縦長の影――、


「って、おまえらかよ!」

 瞬時に体は自由を取り戻し、足音の主、前田雄大に弱めの蹴りを入れる。

 いつもなら、ここで文句を言ってくるハズなのだが、雄大は気にも止めずに、


「おお、涼! 女の子いた! 可愛かった!」

「は? おまえも夜子さんに会ったのか?」

 雄大は尚も興奮した面持ちで、


「ああ! でもあれは夜子さんというよりは緑子さんだな。髪があんな鮮やかな緑色なんて初めて見たぜ。っておい涼、おまえもってことは涼も女の子と会ったのか!?」

「待て、待て、まず落ち着こうぜ。勇気はどこだ?」

「あれ? おかしいな、階段までは一緒だったはずなんだが……」

 そこまで雄大が話したところで、廊下の向こう側に明かりが見えた。


「勇気! こっちこっち!」

 俺達に気づいたのか、ドタンドタンと足音が近づき、横長の影が見え、徐々に勇気の姿を色付けていった。


「ハア、ハア。……ひどいよ前田君。ハア。追いてくなんて、ハア、ハア」

 肩で息をしながらも、雄大への文句だけは忘れない勇気だった。グッジョブ!

 三人揃ったところで、とりあえず元気な雄大に話しかける。


「雄大、おまえ、校門で監視してたんじゃなかったのか?」

「だけど、おまえが校門じゃ女の子に会えないって言ってたろ? だから旧校舎まで探しに行ったんだよ。そしたらビンゴ! マジでいやがった! 一階の階段近くでな、気づいたら目の前にいたんだよ! 二階に着いたところで見失っちまったけどな。そうだ! おまえ緑子さん見なかった? 他の教室は一通り見て回ったから、おまえの方に行ったと思うんだが」

「だから落ち着けって。俺が見たのは黒髪の夜子さんだけで、緑髪の女の子なんて一度も出くわさなかったぞ? 見間違いじゃないのか? なあ勇気、疲れてるとこ悪いが、ホントに女の子と会ったのか?」

「う、うん。僕も女の子みたよ。だけど、髪の毛、緑色というよりも茶色とかオレンジ色みたいに見えたけどなあ」

勇気がそう言うと、雄大は、


「いや、絶対緑色だった、賭けてもいい」

 と返して、続けて、


「まあ、それはいいや。問題は女の子の行方だな。涼、おまえ俺達と反対方向から来たんだろ? それで女の子とすれ違わなかったってことは、女の子の居場所はひとつしかねえ」


 そう言うと、《二年三組》と書かれたプレートをにらみつける。


「どうする? 入ってみるか?」

「ええ!? やめとこうよ! あの二年三組教室だよ!?」

 俺の言に、勇気が必死になって反対する。が、


「俺は入ってもいいぜ。勇気はここで待っててくれ。怖いのに無理する必要はねえ。それより今日は悪かったな。無理矢理こんなとこまで連れてきちまって」

 雄大にはまったくそんなつもりはないのだろうが、こんな言い方をされたら、勇気も付いてくるしかあるまい。


「よし、じゃあ、三人でいっせーのーで、のタイミングで開けるぞ?」

 二年三組の扉に手をかける。冷たさに一瞬手を引っ込めそうになるが、二人の息づかいを感じて踏みとどまる。

 三人を代表して俺が声をかける。


「準備はいいな? 行くぞっ!」


『いっせー! のーでっ!!』



 扉を勢いよく開け、三人で教室内部に踏み込む。

 懐中電灯の数十倍強烈な光が俺達を包み込み、そして――。


 次の瞬間、


 俺達三人はこの世界から消失し、


 異世界へと、転移した。



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