奇妙な演奏会
出されたお題を基に百分間で物語を作ろうと言う企画で生み出された小説の一つ。お題は「異国」と「鎮魂歌」。
ポロン、と優しくハープが音を奏で始めた。続き、フルートがピューとその声を響かせ、それに追随するように数々の楽器が、人々の歌声が自らの存在を主張する。
それは、どこか聞く人に深い悲しみと少しの寂しさを感じさせるような鎮魂歌だった。
これ程の規模だ、その鎮魂歌が果たして誰に向けられたものなのか、私はひどく興味を惹かれ、音の聞こえる方へと進んでいった。
しばらくして、深い森に行き当たった。夜の暗さも相まって先が少しも見えそうに無い。もしや道でも間違えたのだろうか、音がピタリと止み辺りには静寂が戻った。訝しむ私のもとに再び先の音色が届く。小休止を挟んだだけらしい。やはり音はこの先から聞こえているようだ。
一瞬、躊躇するが好奇心が勝った。私は手探りにその森を分け入っていく。
もう大分奥まで来ただろうか、最初は小さく聞こえていただけの音が、今や木々を揺らすほど大きく聞こえている。だが、不思議と不快感は無い。それよりも、私は遠い昔に死んだ父母のことを思い出していた。
思わずその場に崩れ落ちて嗚咽を漏らしそうになる。どうにかその湧き上がる衝動を堪えて、歩を進めると急に視界が開けた。眼前には、深い森の中だというのにぽっかりと何も無い空間が広がっていた。
いや、何も無いというのは語弊があるかもしれない。月明かりに照らされたそこには、伸び放題に伸びた草と、誰かが特別にあつらえたかのように均等に並んだ無数の切り株があった。そう、その様はまるでここで、多くの人がこの切り株に腰掛け、演奏会を行っていたかのようだ。
ふと気付くと、音が止んでいた。確かに音はここから聞こえていたはずなのだが。これまでのように短い小休止では無く、ずっと鳴り出す気配が無い。
そういえば、私はどこをどうやって歩いてここまでやって来たのだろうか。聞こえる音に夢中ですっかり道を忘れてしまった。私は来た道を必死に思い出しながら、夜の明けるころにどうにか森を抜け出た。
「へえ、そりゃああんた珍しい体験をしたねえ。」
私が、目指していた近くの村に昼頃着き宿で一泊した後、翌朝宿の女将にその出来事を語って聞かせるとそう言われた。
「満月の晩、あそこの森じゃあ時々そうやっていろんな音楽が聞こえてくるらしいのさ。前あれを聞いたって人がいたのは確か五年くらい前だったかねえ、その時は小夜曲だったらしいよ。他にも、円舞曲だったり狂想曲だったりとまあ色々さ。何でも聞いた人は皆あんたみたいに森の奥深くまで行っちゃうらしいから、この村の人は怖がって満月の晩にはあそこに近寄らないんだけどね。ひょっとしたらそのまま帰って来れなくなって死んじゃった人もいたりするのかもね。」
女将はその姦しそうな外見に違わず、私に口を挟ませないままそこまで言い切った。
それにしても面白く、珍しい体験をしたものだ。私は、故郷に帰った時に妻子に聞かせるいい土産話が出来たと喜びながら、宿を後にした。