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#5

あらすじ


あっさりとロロに失恋し、傷心にひたる暇もなく、ルイーゼはクライの弟子として大仰に学園から送り出されてしまった。

もう後戻りが出来ない……!

 クライはさっきから、ひとりで喋り続けていた。

「いやはや、今回は弟子を取れて本当によかったですよ。実はもう、全国の魔法学校を20箇所くらいは回っていたんです。僕はそろそろ現役を引退して、後継者を取る時期にさしかかっていますからね」

 いやはやってなんだ。日常会話で使うのか? そもそもなんで弟子に対して丁寧語なんだ? この人が丁寧語使うんなら私はどんな喋り方すればいいんだ? そうでござりますです、とか言わなきゃいけないのか? クライ大先生とか呼ばなきゃいけないわけ?

 この人は本当に大魔法使いなのか? 

 それよりずっと軽妙な詐欺師に近い。

 なにより恰好に威厳の二文字が欠けているのがいけない。まずは形をきちっと整えて欲しい。クライは信じられないほどの軽装だ。馬車も従者も馬すらなく、大きくもない荷物を背中に背負い、魔法使いらしい灰色のローブを身に纏ってはいるが、なぜか足元だけは裸足に草履だった。にきびひとつない顔の表面は、思わずパンチを叩きこみ見たくなりほどつややかできめこまやかだ。本当に過酷な旅なんてしてきたのだろうか。そもそもこいつ本物のマスタークライなのだろうか。救世主であるクライがこんな軟弱で軽薄そうな奴だったとは、たぶん世界は近いうちに滅びるんだろうな。

「とりあえずは森を抜けることにしましょう。ここから先はあまり安全な地域とはいえません。頭がわるーいくせに力だけはある迷惑なゴブリンなんかが巣をつくってうろうろしていたりしますからねぇ。暗くなる前に隣町へ行かなくては」

 どどどどどどどーしよう。

 ルイーゼは言葉もなく、ただ、クライについてよろよろと歩を進めるだけだった。

 盛大に見送ってもらってアレだが、ルイーゼにはたとえ世界が滅亡の危機に瀕しようとも自分が身体を張って苦労して救世主なんぞを演じて、指輪を捨てたり竜を倒したりして、世界を平和に導き伝説になりたいなどとは朝露の水滴ほどにも思わない。ただ黙って運命を受け入れるだけである。だって、どーして、なんの義理であたしが人類を救わなきゃいけないんだ?

 あー、言うなら今しかない。ルイーゼは胸中で格闘した。私は本当はダメダメな魔法使いで、やる気がなくて毎日遅刻して罰のトイレ掃除もぜんぶ魔法で済ませて(掃除の魔法だけは真面目に勉強した)る。弟子になる資格なんてない。そもそもが、不正行為でモモエを優勝させようとしたり、副賞が欲しいために友人を利用したりしてロリータな恰好させて野獣どもの見世物にしちゃいました、しかも受かったのは自分だしぃ~な、最低最悪の女です(しかもふられましたグスン)って!!

 ああ、ここで突然ラッパが吹いて合唱団がやってきて、『ろくでなし』を合唱しながら、垂れ幕が下がってパカっと割れて「なぁんちゃって!」って書いてあって、壮大なドッキリでしたってことになったらどんなにいいだろう!

 むろんそんなものは用意されておらず、魔法で構築することもできず――

「見えてきましたねー。君はもしかして、隣町には行ったことないですか? もったいないですねー、おもしろいんですよ、カジノとかあって」

 クライの声に、ふと顔を上げれば、怖くて近寄ったこともない、ルイーゼの学校があるシャボン村と隣のリンドウ町をつなぐ唯一の道であるスールーの森が目の前に近づきつつあった。このままでな、なし崩しに本当に弟子になってしまう! なんの実力もないのに、世界を救ってくれとか期待されて懇願されたりして、本当のことが言えずに苦しんで、見せ掛けだけをごまかすような救世主になってしまう。そんなのはイヤ!

「マスタークライ! あのですね実は私――」

 突然、視界が逆転した。

 クライは軟弱な身体に似合わぬほど強い力でルイーゼをドンと押し、あっという間にルイーゼはクライに組み敷かれていた。

「ぎぃあああああっ!」

 やっぱり教われるんじゃなくて襲われるんだわ!!

 舌をかみそうになりながら叫ぶと、もう目の前にクライはいなかった。

「あれ」

 上半身を起こすと、クライの背中が見えた。

彼と対峙している生物のようなものがいた。

子どもくらいの背、子どもにしては横に大きな肩幅と足、茶色のヒヅメ、獰猛な金色の大きな瞳――

「ご、ごぶりん……」

 見れば、ルイーゼのすぐ隣の地面に大きな爪跡が残されていた。背中をざっくりやられていたらどうなったことか。ルイーゼはごくりと唾を飲み込んだ。

 ゴブリンは少し深い森などに入れば、どこにでもいる比較的難易度の低いモンスターとして有名だが、目の前にいるゴブリンは見たこともないような荒い息をしてクライを食わんとするかのような牙をむき出しにしていた。

「マ、マスタークライ! 申し訳ないです、ぼうっとしてて……お怪我はありませんかっ!」

 起き上がりながらルイーゼが叫ぶと、戦闘中とは思えないのんびりとした声が返ってきた。さきほどと同じで緊迫感のかけらもない。

「あー、ルイーゼ。ぼくのことはそんなに改まってもらわなくてもいいですよ。師匠とはいえ、こんな若輩者です。マスターなど呼ばれると、なんというか、背中がかゆいです」

「えと、じゃあ、なんとお呼びすれば……」

「まあなんでもいいですが、てきとうに、先生とか師匠とか呼んでいただければ」

 大差ないじゃん!! てか同じじゃん!

「わかりました、先生」

 突っ込みたいのを抑えながら(そんな余裕はない。ゴブリンが怖いのだ)彼女は次になにをするべきなのか迷った。

 迷っていたら、クライは朗らかな表情で手をぽんと打ち、ゴブリンに対する構えをすっと解いてしまった。

「これは、ちょうどいいかもしれませんねぇ。ぼくは君の実力をほとんど見ていませんので、ちょっとテストしてみましょう。こいつを倒してください。ぼくは物陰から手を出さずに見ています」

 は?

 問いかける暇もなく、クライは素早い身のこなしで、木の幹に隠れてしまった。震えるあごでルイーゼが立ち尽くしていると、ゴブリンが「ぐるる」と喉を鳴らしながら、ゆっくりとこちらを向いてくるのがわかった。

 冗談はよし子さん!!

 ルイーゼは太古のギャグを叫び、なんとか気分を落ち着けようとしたが、ゴブリンは太った身体でのそりのそりと歩を進め、半開きの口からはねばねばとしたよだれが地面まで垂れていいた。

「せ、せんせい」

 ルイーゼは杖を取り出し、構えを取ってはみたが、なにぶん戦闘用魔法など試験のためだけにしか練習していない。実践など初めてである。

「せんせい!」

「大丈夫ですよー」

 どこからか(方向を見定めることなどできない)クライの声がする。

「まあ、万一やばくなったらぼくが援護しますので。というか、そもそも、ゴブリンごときに負けるなんていうことは、まずありえないと思うので、がんばってみてください」

 てめー、なんつう鬼師匠だ!

 ルイーゼは固まり、脳みそが真っ白になった。




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