#3
これまでのあらすじ
ルイーゼはロロが好き。副賞(金目のもの)が欲しい。モモエはマスタークライが好き。弟子になりたい。そこでルイーゼとモモエがタッグを組む……!
虹が空に架かった。
歓声とも感嘆ともつかない音が、聴衆席から聞こえた。
じょうろを使って虹を作る技を応用して魔法によって増大させ、大きな橋のような虹をつくる魔法を披露したのは、学内イチの優等生、ロッテ・トウィン嬢である。いつもより巻き毛に磨きがかかっている。四時起きでドライヤーをかけてきたのだろう。いつもは薄めのマスカラは紫色にしっかりと引かれ、遠目にも彼女を印象づけている。
「実演を終了いたします」
頭をほんの少し下げ、ロッテはステージから離れた。まだ夢の蜃気楼のように、校庭の広場から見える空には七色の虹が……。
観衆から拍手と歓声が、わっと沸いた。
テントの下で日差しを避けている優雅な位置に、学長と教頭にはさまれて並んで座っているマスタークライは、微笑みながら、ゆっくりと拍手をした。その手の動きを目で捉えたロッテは、うやうやしくその場では会釈して、舞台裏に飛んでいって控え室の扉を閉めると、その場でこぶしを震わせ、
「おっしゃー! クライ様ゲットぉ!!」
半径50センチ以内で小躍りした。
――いや、ロッテ。ゲットするんじゃなくて、あんたはされる側でしょ……。
その様子を呆れながら見ていたルイーゼは、じっと文句を言いたいのをこらえていた。
――だいじょうぶ、絶対にあの子は負けない!
ロッテは見たところ、お嬢様風作戦で攻めていた。(というか、もともとロッテはお嬢様なのだが)
しかぁし! 甘いわよロッテ。
世の中の男の八割はロリコンであるという統計データが、先週の『週間宝船』(奥様ご用達の週刊誌。主に若い男性タレントのグラビア写真やセミヌード写真やスキャンダルなどを取り扱っている)に載っていたもの!
名づけて、ロリロリ作戦決行よっ!
* * *
<プログラムナンバー101番、モモエ>
アナウンスが流れると、がちがちに固まった足でロボットよりも拙い動きのモモエが舞台袖からステージに立ち現れた。
会場から、「おおっ」という声が漏れた。今日は生徒の女子だけではなく、近所の一般人にも開放している魔法大会なのである。主に男性ボキャブラリーの声が耳に入ってきた。
「101番。モモエ・トローレですっ! えっと、よろ、よろしくおねがいします。いっしょうけんめい、がんばり、ますっ!」
モモエはたどたどしく挨拶をし、頭を下げた。同時に、高いところでふたつに結った髪が、ふわっと揺れた。
彼女の本日の衣装は、白を貴重とした、いたる箇所にフリルがあしらってあるベビードールジャンパースカートと、袖のところで膨らんでリボンで結んである白いブラウス、白いタイツ、そして足もとはピンクのハートがついたバレリーナシューズ――。おまけに、頭につけた、猫耳。歩くたびにふわっとロングスカートが揺れ、髪も跳ねた。そして胸の中に大事そうに抱えているのが、テディベアの大きなぬいぐるみ。
似合いすぎる完璧なロリ服スタイルで登場したモモエに対し、女子生徒の目は冷ややかだったが、男性たちは目を輝かせているのが分かった。
校舎の三階のベランダにひそかにスタンバっているルイーゼは、望遠鏡でその様子を眺め、胸中でグッとガッツポーズをした。
やっぱり男はロリコンって本当ね!! 最悪! きもちわるっ! やっぱり成人男性なんて、皆、そんなもんよ。あたしは純粋なロロ(はぁと)しか信じないわ!
続いてルイーゼはクライに視点を定める。
マスタークライも相変わらず、変わらぬ表情でにこにこしている。
にこにこにこにこしていて、気持ち悪いったらない。
……こいつって、ロリコンなんだろうか……。この作戦、一般に効いても、あの人にピンポイントで効かなかったら意味ないし。つーかモモエ、それじゃ単なる見世物だし。
と、ふと疑問に思わなくも無いが、ここまで演出しておいてあとには引けなかった。
よし。
* * *
モモエの魔法演技が始まった。その瞬間――
誰もがあっけにとられた。
モモエは作戦通り(あまりの自分のセンスのよさにルイーゼは心躍る想いだったわけだが)テディベアを用意した椅子に座らせ、会話をはじめた。
「ねえ、熊五郎、憧れのクライ様に会うのに、なに着ればいいかしら。モモエ、わかんない~」
すると、熊五郎と呼ばれたテディベアが椅子からぴょんと飛び退き、モモエの膝の上にちょこんと乗って、しゃべりはじめたではないか。
「モモちゃん、迷うこと無いよ。モモちゃんらしいお洋服で行けばいいのさ! ぼくがきみに勇気をあげる歌をうたってあげる」
「おお――っ!?」
(中略)
熊五郎が華麗なダンスを踊りながら歌を歌い終えた頃には、もうロリータがどうのとか全く関係なく、男も女子生徒たちも、立ち上がって歓声を上げていた。
まさしくスタンディングオベーションであった。
最後に熊五郎と一緒にぺこりとお辞儀をして、モモエはステージを後にした。
ベランダの上から熊五郎に魔法をかけていたルイーゼは、汗を全身にびっしょりとかいて、その場にうずくまった。
「はあ、はあ、うまく、いった……」
遠隔操作ということもあり、魔法を使った疲労は思った以上のものだった。
それでもやるだけやったという達成感とともに、気持ちのよい疲れが彼女を襲っていた。
* * *
日暮れがやってきた。
長丁場の魔法大会も終わりが近づいてきた――。
<エントリーナンバー546番、ルイーゼ・ナイロン>
名を呼ばれ、最後の演技者であるルイーゼが、力ないまなざしでステージに立った。生徒は全員受けるという義務になっていたため、避けることはできない。
ただ、やる気がなかったために、エントリーが最後になったのだ。
「さいごの、ルイーゼです。よろしく」
この時になると、疲れた聴衆者はほとんど帰宅していた。会場にひとけはほとんどなく、ルイーゼは気ままにつぼみを取り出した。
バラのつぼみが、彼女の手の中で、ふっくらとふくらみ、そして――
白い花を咲かせた。
ルイーゼは朗々とつぶやいた。
「名前ってなに? バラを別の名前にしてみても、美しい香りはそのまま……」
言葉を止め、彼女は微笑む。
「私の大好きな、『ロミオとジュリエット』の一説です。これで終わりです。ありがとうございました」
ルイーゼは引き下がった。マスタークライを馬鹿にしているにもほどがある発表である。花のつぼみを咲かせるなど、入学してから最初に課題になるような初級魔法なのだ。
げんに、学長はあきれた顔でためいきを付き、咳払いをしていた。
「きみ」
声がした。
ルイーゼは振り返った。
マスタークライがまっすぐにこちらを見ていた。
「は、はい?」
それまでの受験者の、545人には、誰にも声をかけなかったマスタークライが、とつぜん、声をかけた――
「今までで、いちばん魔法のレベルが低いようですね?」
「え、ええ」
「気に入りました」
は?
ルイーゼが聞き返す間もないうちに、クライはあっさりと述べていた。
「きみを弟子にもらいます」
(#4へつづく)