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ハルトムートは人の心がわからない

美しき王は全てを嗤い、玉座につく

掲載日:2026/03/19

ハルトムートIf戴冠√

実父(王弟)、伯父らが死なずに新興公爵家の嫡男として生まれた

冒頭は「」が出るまで読み飛ばして大丈夫b


この俺、ハルトムート・イリアステルはイリアステル公爵家の嫡男である。イリアステル公爵家は王弟である父が臣籍に降るにあたって作られた新興公爵家だ。筆頭公爵家たるエインクラインの末娘だった母を娶るとはいえ、両親共に政治適性が低かったため、当初は領地を持たない官僚貴族になる予定だったらしい。しかし、父が隣接するジンファデル公国を武力併合し、元公国領を誰が治めるかとなった時に功労者たる父が領主に着くのが順当だろうとしてジンファデル領主となった。

領主適性の著しく低い父ではあるが、それをきちんと自覚しており、また人を見る目は確かであったため優秀な家臣団を作り上げ、彼らに委任することで領地はまあまあ穏当に経営されている。家臣団の中には元はジンファデル公に仕えていた者もいる。

我が両親はどちらも清廉潔白とはいえない愚物ではあるが、腐れ貴族ではない。何なら王国貴族の中では上澄みの類だ。まあ王国の高位貴族がだいぶダメになってきているというだけだが。高貴な身の義務というものを理解していないものにあふれている。何故これで国体が保てているのか不思議になるくらいだがまあ、補佐やら尻拭いやらが優秀なのだろう。我が家の家臣団みたいなものだ。

ともかく、王弟の子である俺は王位継承権を持っている。父の次だ。王国を混乱させようとは思わないので、他に王に相応しい人間がいなければ俺が動くべきだろうとは思っている。とはいえ、今この王国に掌握したいような魅力があるかと言えば疑わしいところだ。治めている者が愚物ばかりとなれば、当然各地は荒れているだろう。見栄っ張りが多いから家計が火の車でもそれを表に出さない家の方が多いだろうが。

イリアステル家というか、旧ジンファデル領は実のところ領主の首が挿げ替えられ、家臣が入れ替わり、多少王国の民が移住してきたというだけで旧公国だった頃と大きく変化していないらしい。元々小国でありこれといった特産物もなかったが、交通の要衝であり他の国から緩衝地帯と見られていた土地である。それなりの人の流れはあれど領民はそれほど多くもない。

まあ俺が生まれたのが公国併合後の話なので直接見て回ったことがあったわけでは勿論ない。そもそも両親の結婚が決まったのは(既に婚約していたとはいえ)母が俺を身籠っていることが発覚したからである。何ならその戦争に出る前に"情熱的に愛し合って"身籠った可能性が高い。発覚した時点では戦争中だったが、なんとか父は生還し、慌ただしく両親は正式な夫婦となった。俺が生まれたのは母がジンファデル領に移り住んでからではあるものの、領地は掌握しきれていなかった頃だったという。とはいえ、俺の物心がついた頃には領地も大分落ち着いていた。弟妹もいる。まあ父も母も同じ血を引く兄弟は実妹レオノーラ一人だけで、後は異父弟と異母弟妹なのだが。俺が婚前交渉でできていることからもわかる通り、両親共に貞操観念が緩かったのだ。とはいえ、次期領主が俺であることに異を唱える弟妹はいない。己が俺より優秀であるなどという世迷言を吐けるほど愚かな者は幸いいなかったからだ。俺がそこらの人間では比べる意味もないほど優秀で美しいことは明確な事実だ。ま、美しさ以外の分野で生涯それに懸けて打ち込んできたような専門家に勝てるとは言えないが、そこまでのことは俺には求められていない。上に立つ者に必要なのは広く浅い理解だ。深い知識が必要な時は専門家を頼ればいい。

とはいえ、そもそも俺に領主となって何か成し遂げたいという展望や志などはなかったから、そちら方面を突かれると痛かったかもしれない。その辺りは家臣として要望出してくれでいいのかもしれないが。何故、俺に志のようなものがなかったかといえば、さして心動かされたことがなかったからだ。俺の何を称賛されようが、何を贈られようが、どうでもいい。何を成し遂げたところで苦労もやりがいもない。そもそも俺がやらねばならぬとは思えない。王都の人間どもは大体アホバカクズなので関わりたくない。

俺が領主になることは当然のことであり、ジンファデル領にとって有益なことだ。だが、俺自身にとっては特に面白みも魅力もない。かといって他にやりたいことがあるわけでもない。父も母も見習おうと思えるような尊敬できる人間ではない。王弟と公爵令嬢の間に生まれた俺には最高といってもいい高貴な血の務めがあるが、それがどう成すべきものかの手本はない。現王朝もぶっちゃけ積極的に潰さねばというほどではないだけで愚物だ。

俺は己がどのような大人になるべきかの指針を持っていなかった。



「あんたみたいなのが本当に次期公爵で次期領主なの?」

いくら無力な子供であろうと次期領主であり高貴な血の結晶たる俺を害せる場所まで易々通すとは警備の怠慢が過ぎるのではないか、とか。

自由時間に何をしていようが俺の自由だろう、とか。

精々3つ4つしか変わらないだろうから自分も子供だろう、とか。

人が休憩をとっているところを見たくらいで何をわかったつもりになったんだこの愚鈍(バカ)は、とか。

まあ色々と思うところはあったが、俺にそのような憎まれ口を叩くような人間は滅多にいないので、言い分だけは一応聞いてやることにした。

「だったら何だ?用がないなら警備につまみ出させるが」

「よ、用がないわけじゃないわよ。…ジンファデル領は交通の要、領主が隙を見せていれば他国から攻められかねない土地よ。あんたが領主になった時、簡単に落とせそうだと思われたらまたこの土地が戦場になるかもしれないの。だからあんたには、ちゃんとした領主になる義務がある」

「…。ちゃんとした領主、とは何だ?」

「ちゃんとした領主はちゃんとした領主よ。領地と領民を愛し、守り、幸せにして、領民たちから敬愛される、そんな方よ」

「詭弁だな」

結局は多少知識を得て賢くなった心算になっているだけの子供らしい。偉そうなことを言う割に中身がない。その程度を言うために態々こんなところにやってきた暇さ加減は褒めてやるべきか?

「それで俺に何の利がある?何故俺がわざわざ民を気遣ってやる必要がある?」

「なっ…」

「民に敬愛されたから何だというんだ?愛など、それ単体では何の役にも立つまい」

嫌われるよりは好かれる方が良いというのは基本ではあるが、まあ限度というものはある。いや、限度というか、程度か?極端に走れば好悪どちらでも害になる。愛が役に立つのはそれが良い行動の原動力になる時だけだ。

「そんなことはないっ…!」

「生き残れねば須らく敗者だ。そして敗者に正義はない。かつてのジンファデル公のようにな」

「っ…!」

子供が激高して掴みかかってこようとしてきたのを適当にあしらう。ラピスラズリの瞳でまあわかってはいたが、元公女…ジンファデル公の末娘で間違いなさそうだ。一家は大体処刑されたはずだが、匿われるか何かして生き残っていたらしい。

まあ当時物心つくかどうかだし、男児はともかく女児なら見逃されてもおかしくない。女領主がありえんわけではないが、それでも伴侶を得てこそ、みたいなところはあるしな。土地柄領主が舐められるわけにはいかないから偉丈夫の方が好ましいだろうし。

「さて。俺に危害を加えに来たというのであれば、手引きした者ともども放逐…否、処刑すべきか?」

「そ、れは…」

「お前が白状せずとも大体察しはつく。確か…ハインディア家は元はジンファデル公に仕えていた家なのだったか」

「あの人たちに罪はないわ!」

「それを決めるのはお前じゃない。次期当主たる俺に危害を与えかねない者を私的な空間に許可なく通すのは十分罪ある行為だと思うが」

「…わ、私はあんたに危害を加えに来たわけじゃないわ」

「己の望みが叶わないことを知った人間の取る行動なんてものはたかが知れている。そもそもお前は実際俺に掴みかかろうとしたわけだしな」

「それは…つい、カッとなったのは否定しないけれど…」

「…まあ、お前如きに害される俺ではないが、こういうものは甘い顔をすると舐められる可能性があるからな」

…とはいえ。俺は未だあくまで次期当主、公爵子息であるにすぎず、権限は弱い。怪我をしたわけでもなし、実際には精々鞭打ち程度止まりといったところか。元公女であるとわかれば尚更政治的な思惑が働く可能性が高いしな…。

「でも、私は本当にあなたを害そうと思ってここまで来たわけじゃないの。あなたが怠け者の領主になったらこの地を帝国が攻めてくるかもしれないから、それを阻止しなくちゃならないって…だから…」

「俺が怠惰だと言う者も評判もないはずだが」

まあ、俺が面倒くさがりなところがあること自体は否定しない。必要というなら何でもこなしてみせる自信はあるが、俺がやらなくてもいいならやりたくない。どちらにしても受けさせられている教育は手厚くて量も分野も広いから自由時間は少ないのだが。次期領主だからというか、両親が二人とも浅慮で無知(おろかもの)だから家臣たちに危惧を持たれているらしい。俺をあの人たちと一緒にしないでほしい。まあ正真正銘、血の繋がった両親なのは間違いないが。

「っ、それは、その…精霊様のお告げ、で…」

…嘘を吐いている、わけでもないようだが、全て素直に言っているわけではなさそうだ。

精霊、ねぇ。この地に古くから根付く信仰の対象だったか。といっても、既に信仰が喪われかけているようではあるのだが。イリアステル家は王国の主流と同じ祖神信仰だしな。

ふむ。精霊が態々干渉を試みたというのが本当であるなら、完全に捨て置くのも悪手か。

「…それが本当に真実であるというのであれば…そうだな。お前が俺の手本になってみせろ」

「…え?」

「お前の言うちゃんとした領主とやらの振舞いを、お前自身が見本として俺に示して見せろ。俺にやれというからには、自分では出来ん、などとは言うまい?」

「えええええ?!」

「俺と同じ教育は受けられるようにしてやる。やれないというなら、手引きした者諸共処刑だな」

「…や、やってやろうじゃないの!」

無計画に乗り込んでくるだけあって、度胸と思い切りは良いらしい。これで暫くは楽しめるかもしれないな。ま、手本にする価値がなければクビだが。

「そういえば、お前の名は何という?」

「私は…リズよ」

正式な名乗りをするつもりはないらしい。まあ別に構わない。元公女であっても実家が潰れてしまえば身分としては平民だ。特に必要がないのであれば、名乗った通り、リズという平民として扱うこととしよう。

…元大公家家臣どもはざわつくかもしれんが。我が公爵家の害になる人間であれば重用する意味はないしな。



リズは俺の従者候補として扱われることになり、俺と同じ教育を受けることになった。何故か男として扱われている。無理があるのでは?まあ些末なことだからそれはいいか。

すぐ音を上げるかと思えば、俺より知識や技術などの理解に手間取りながらも必死に食らいついてみせた。何なら元から側近候補となっていた者たちより優秀なくらいだったかもしれない。精霊が寄越すだけのことはある。

リズは多少浅慮ではあるものの、誠実な人間ではあった。だが、この女、俺の美貌を甘く見ているらしい。まあ本人は並外れた美貌ではないしな。そのまま真似るのは問題があったが、方向性として参考にするのであればありかもしれないとは思った。

そうして、高等学校に通うため、王都の傍の離宮の一つを使うことになった年。側近たちと共にリズも俺と同じ学園に入学することになった。従者であり王都に(タウンハウス)があるわけでもないので、俺と共に離宮で寝起きすることになる。まあこれまでも屋敷の使用人室で過ごしていたので大差はないのだが。側近たちは普通に己の実家のタウンハウスから通ったり、寮から通ったりする。

リズは扱いとしては平民の特待生となる。堂々と家名を名乗れないのだから仕方ない。

というか、俺より年上なのだからそろそろ性別を偽るのに無理が出てくるところじゃないかと思うんだが、本人は男として通うつもりらしい。まあ侍女教育は受けてないし、淑女として振舞えるかも疑わしいところだとは俺も思っているが。

婚約者の確定していない俺に自分を売り込もうとする娘はいくらでもいるだろう。その場合、リズを敵視する娘もかなり多く出るだろうということは想像に難くない。そう思えばリズには男装をさせておく方がいい、のかもしれない。どう見ても女だが。

「…ハルトムート様、私の顔に何かついていますか」

「いや?王国の貴族がどの程度愚昧(アホ)なのか、お前への対応で見えるだろうな、と思っていただけだ」

「確かにあなたに比べたら大抵の人間は愚かかもしれませんが、そうやって周囲の人間全てを馬鹿にするのはおやめになった方がいいですよ、と何度も申し上げたと思うのですが」

「アホをアホといって何が悪い。余程愚かなことを目の前でされなければ直接言いはしていないしな」

中央貴族と全く没交渉になるのは問題があるとはいえ、喜んで付き合いたいと思える人材が少なすぎる。精々が母方の従兄弟と、侯爵家のいくつか程度か?伯爵以下はほぼ交流がないからわからん。まあ後は領地の近いところだけ相手にしていれば十分かなという感じ。

まあ態々王都の学園に通うのは中央貴族との繋がりを作ったり、他所から人材引き抜いたりするためでもあるのだが。俺の傍にしか優秀な人材がいないのは、それはそれで問題があるしなあ。

「王国法にも一応、侮辱罪というものがあるんですよ」

「親告罪だがな。まあ俺を訴える度胸があるのなら、それはそれで相手してやってもよかろうよ」

まあ俺も罪を咎められるような間抜けはしないつもりではあるが。面倒だし。

「あなたは何故そう…外見が中身を裏切っているのか…」

「俺の外見が美しいのは生まれつきだからな」

性格は能力と立場に相応のものと自負している。俺が謙虚になっては普通の人間には立つ瀬があるまい。部分的、局所的な話ならまだしも、総合的に見て俺より優れている人間というものを俺は見たことがない。年が上でもだ。この国の将来は暗い。まあなるようにはなるのだろうが。

「事実だから性質が悪いんですよね…」

「…お前が不敬罪で罰されないのは、俺が咎め立てていないからに過ぎないことは理解しているか?」

「わ、わかってますよ?」

「まあ、今の所は咎め立てる予定はないが…」

その方が面白いかもしれないというのが、舐めた口を利かれる不快感より勝っているので。それが逆転することがあれば、まあ処分(・・)するだろう。そうしても俺は困らないだろうし。

「そ、そういえば今回の王都行きではハルトムート様の婚約者が決まったりするんですか?今はまだ相手が決まっていないんですよね?」

「その可能性もある。所詮次期領主(オレ)の結婚など政略結婚になるだろうが…求婚する相手は俺が選んで良いという父からの許可は出ているからな。まあ良い相手がいるかはわからないが」

お飾りの妻はいらない。最低でも社交が卒なくできなければな。無能(バカ)は論外。俺の言うことを理解出来ないものを傍に置くつもりはない。当然ながら不貞をせず子を産める女である必要もある。

「…かなり理想が高そうですよね」

「俺の婚約者が候補すら確定してないのは、王女が煩いからだよ。きっぱり断ったのにうだうだ執念くして、俺が遠方の令嬢と知り合おうとするのを邪魔してくる」

従姉妹は結婚できないわけではないが、アレは嫁に迎えても益がない。王室との繋がりはいらないし、本人も然程優秀ではない。そもそもアレは俺の顔にしか興味ないようだから論外だ。嫁き遅れても俺の知ったところではないが…とっとと余所に引き取られてくれると俺が平和なんだがな。

「いくら駄々を捏ねられたところで、俺がアレを選ぶことはないのだがな。優秀なのは前提だが、王家から遠い血筋の娘がいいだろうと俺は考えている」

流石に王家の血が濃くなりすぎる。子が生まれにくくなるし、生まれても何かしらの問題が発生しやすくなるらしい。無暗に種をまくのも問題だが、血を引く子がいないのは困る。

「心に決めた相手がいる、とかではないんですね?」

「馬鹿馬鹿しい。妻に迎えたい相手が見つかっていたら、さっさと求婚しているに決まっているだろう。俺が好感を持つ相手が他の男にとっても魅力的でないわけがない」

「すごい自信だ…」

いや、貴族の男が馬鹿ばかりであれば、そうでもないかもしれないが。

「爵位がないといっても、お前も完全に他人事ではないからな。俺はお前の結婚相手の斡旋はしてやれん」

まあそもそも結婚願望があるかも知らないが。大体何の心算だか知らんが男として振舞って俺の従者やってる奴に勧めるべき結婚相手が男なのか女なのかもわからん。

「私は…少なくともあなたの妻が決まるより前に婚姻先が決まることはありませんよ」

「そうか」

まあ本人の好きにすればいいだろう。彼女自身には家の縛りはないだろうしな。

俺は女の幸福が結婚にしかないとは言わない。そもそもこいつの場合は女として生きようというつもりがあるかすらわからん。俺が挟める口はない。



離宮に滞在するとなると、王宮からの誘いを全て断ることはできない。まあ、だからといって全部受けはしないんだが。断られるものは断る。

そういうわけで、食事会に参加することとなった。俺は従者と護衛を伴い、王宮からは王女三人が同席する。面倒臭い女しかいないから嫌いだ。

第一王女は王位継承権のある者として俺をライバル視している。第二王女は生まれた時からのスペア扱いで鬱屈している。第三王女は甘やかされた我儘で浅慮な色狂い(アホ)

次代の王位が危ぶまれるところだが、そもそも現王自体も別に賢王ではない愚物だから、足りないところをフォローしてくれる者をちゃんと家臣として抱えておけるか次第だろう。

「ハルト様、春迎えの宴での衣装は決まっていらして?私は薄桃色のドレスを仕立てようと思っているのですけれど…」

「俺がお前をエスコートすることはない。パートナーが要るなら我が領から同母妹(レオノーラ)を呼び寄せるか、従者に女装させた方がマシだ。折角の良縁を見つけても潰されかねん」

「まあ。この国に身分でも美貌でもハルト様の隣に一番相応しい娘は私に決まっておりますのに。年だって似合いですし」

「学習能力のない愚昧(バカ)は論外だ。身分も美貌も俺一人で十分有り余っているのだから、我が領の益になる相手を求めるに決まっているだろう。碌に根回しもできず妄言を繰り返すだけの娘など俺はいらん」

親に婚約を求めるだけなど根回しとは言わない。断られたらそれで終わりだしな。外堀を埋めることもできていない癖に何故そうも自信満々なのか。何度断れば理解するのか。いや、理解する気がないのか。

「照れ隠しにしても言葉が過ぎますわ、ハルト様。私だって、傷つかないわけではないのですよ?」

「俺の話を真剣に聞くつもりのない人間を妻に迎える訳がないだろう。それとも耳か頭に異常があるのか?もしそうなら医者にかかってくれ。迷惑だ」

そもそも一切照れていないし、隠してもいない。俺は王女との婚姻は一切望んだことはない。

「今日もフラれてしまったわね、マリー」

「ハルト様は意地っ張りなだけですわ、フィア姉様。だって私、以前より美しく淑女らしくなりましたもの。惚れ直さないはずありませんわ」

「美貌で俺に張り合えると思っているのか。相変わらず浅慮(アホ)だな、マリリエッタ。見目で俺を惚れさせるというなら俺よりも美しいと万人から言われるようになってから言え」

まあ造形の美しさだけで俺が他者を好きになることなどありえないが。美しいものなら己の顔で見慣れていて面白みもない。そもそも相対してストレスしか感じない相手を迎え入れるなんて自虐的なことはしたくない。

「ハルトムートの同級生は目立った才能の話は聞こえてこないけれど…やっぱり同年から選ぶのかしら」

「妥協して選ぶつもりはない。そこまで切羽詰まっているわけでもないしな」

そもそも、3年なら誤差だ。まあ高等学校を卒業する時に婚約者が決まっていないのは大体地雷物件だから、精々学友までだな。卒業しても独身で婚約もしてないようなのは、何かしらの問題がある可能性が高い。

…まあ、冤罪が絶対ないとは言い切れないが。自分で解決できないならスペックもたかが知れている。

「えり好みしすぎて卒業までに決まらない、なんてことにならないといいけれど」

「私がいますから、ハルト様の婚約者の不在は心配する必要はありませんわよ?」

「国内に適当な相手がいなければ国外から探すだけだ。二十代の内に子を一人か二人産んでくれれば十分だしな。学園にこれといった相手がいなければ他国に留学でもするさ」

「あなたが国外に出たらそれこそ厄災でも起きそうだけれど」

「大袈裟な」

あるいは何らかの皮肉か。

昔、自分の半分も生きてない相手に口でやり込められたのが余程屈辱だったのか、第一王女は大体俺に対して刺々しい態度をとる。別に後悔はないし、親しくしたいと思っていないから気にしてないが。

とはいえ、俺を陥れる隙がないかと常に狙っている相手と、自分が俺の妻になるのが当然だと思い込んでいるアホを同時に相手取るのは気疲れする。これだから王宮とは距離が取りたいのだ。何故寄ってくる。


食事会が終わって離宮に帰ろうとした時、第二王女から伝言が届いた。第二王女は良くも悪くも影が薄い。良い評判も悪い評判も聞こえてこない。何もしていないわけでもないだろうに。やってても可もなく不可もなくなのか。

伝言の内容は、要約すれば俺と二人で話したいということだった。まあ、第二王女は婚約者のいる身だし、俺と閉鎖空間に二人きりで過ごすことは問題があるだろうから、本当に二人きりにはならないだろう。

「私と婚約を結び直してほしいの」

「何故。あなたと婚約者が拙い関係になっているとは聞かないが」

「カイルとの関係が拙くなっているわけではないわ。でも、あなたとなら姉様じゃなくて私が女王になれるでしょう?ハルトムートは妻が年上でも構わないようだし」

「…あなたにそのような野心があったとは。だが、俺は王配になるつもりはない。面白くなさそうだしな」

そもそも王宮に入りたくない。絶対碌なことにならないから。

「でも、その従者は私と同い年(・・・・・)でしょう?それ(・・)にパートナーを演じさせることを許容できるのなら、私でもいいはずじゃない」

「こいつにパートナーのふりをさせるのがマシといったのは、嘘から出た誠にしようと画策しないからだ。そもそも俺は婚約者がいない内にエスコートするのは婚約者には絶対ならない相手と決めている」

…だが、もしやリズの正体に気付いたか?この女。面倒だな…。

まあ正体が知れたところで俺には関係ないんだが。そもそも、家中の旧ジンファデル大公関係者は当然正体を承知しているだろうしな。公然の秘密というか。他領の人間は知らないだろうが、知れたところで何に使えるわけでもなし。

…嫌な予感がしてきた。早々に留学の話を進めることにするか…?王女を妻にするのはまっぴら御免だが、一生妻を迎えないわけにはいかないからな…。

「例え婚約者がいなかったとしても、私ではあなたの眼鏡にかなわないと?」

「これ以上王家の血を濃くする必要がまずないからな。マリリエッタが毎度しつこいから失念しているのかもしれないが、俺はそもそも王女は最初から選択肢に入れていない。高位貴族から選ぶのなら侯爵令嬢だな」

まあ優秀なら高位貴族の出じゃなくてもいいのだが。高貴な血なら俺だけでも十分お釣りがくる。平民以下の者になると流石に家臣の了解を取れないだろうが、下級貴族で多少血が薄まるのも却って丁度いいくらいだろう。

「ともかく、あなたの提案に了承は出来ない。他をあたってくれ」



春迎えの宴では結局リズに女装させてエスコートした。レオノーラは自領でのパーティに出る必要があって呼び寄せられなかったのだ。だからといって他の異母妹を連れてくるわけにもいかないから、リズに代役をさせた。

ちゃんとした格好と化粧をさせればそれなりに見れるものにはなった。美女というほどのものでもないが。

俺が人目を引くのはいつものことだが、リズも…否、見知らぬ娘が俺にエスコートされているということでちらちらと視線を集めているようだ。まあ公的には婚約者のいないはずの俺が連れている血縁でない女となれば、婚約者候補の可能性が高いからな。

無難に挨拶をこなしていると、第三王女が俺に声をかけてきた。

「ハルト様、私と踊りましょう?」

「パートナーを差し置いて他の娘と真っ先に踊るなんて非常識なことを俺がするわけがないだろう。そんな初歩のマナーすら覚えていないのか?」

「パートナー?…ああ、そちらの地味な女ですか?地味すぎてハルト様の隣に相応しくないものですから、パートナーだとは思いませんでしたわ。あなたも、私の方がハルト様に相応しいとわかるでしょう?」

「そう仰られても、ハルトムート様に選ばれたのは私ですから。彼の意向は無視できませんわ」

「何ですって…!」

そもそも俺は踊らず終わらせるつもりでいたのだが。これはこれから踊らなければならない流れか?面倒だな…。

とはいえ、王女の誘いを断る上で一番有効なのはパートナーと踊ることか。

「…仕方ない。俺と踊ってくれるか?リジー嬢」

「ええ、ハルトムート様」

リズの手を取ってホールに出る。流れている音楽はオーソドックスなワルツだ。特に問題なく踊れるだろう。

「この後は王女と踊られるのですか?」

「避けられるのなら避けたいな。あるいは、踊るなら他の令嬢たちとも多数踊るか…」

特別扱いではないように見せないといけないからな。王女を婚約者にするつもりがないというのもそうだが、そもそもまだ此処にいる令嬢の中に妻に迎えてもいいと思う者がいるかどうか、見極めている最中だ。望みが全くないと思われるのも困る。

…リズとだけ踊るよりは、手当たり次第に踊る方がいいか。適当に誘って踊っていくか。

そういうわけで同年代くらいの令嬢で婚約者の決まっている子以外と手当たり次第に踊った。どの娘もまあ似たようなものだった。王女とも踊ったが若干不満そうにしていた。お前だけはないので早く諦めてほしい。



学園は退屈な場所だった。

教育内容は歯ごたえがないし、教師も生徒も浅慮(バカ)が目立つ。それなりのものはいるが、これだという才能実力の持ち主は見当たらない。上の兄弟の出がらしばかりなのかもしれない。

俺から見て有用な人間は全然いないが、俺の美貌と優秀さに惹かれて人間は集まってくる。総合して此処に通うのは時間の無駄な気がしている。全くの無意味とまでは言わないが、無益なことが多すぎる。

まあ、側近たちはそれなりの学びを得られているようだったが。

側近たちは婚約者が決まっている者も決まっていない者もいる。当然、家の政略結婚的な事情だ。まあ俺の口出しする問題ではないのだろうが。何かトラブルを引き起こしでもしたら別ではある。一応今の所その兆候はない。

「そういえばハルトムート様は恋愛小説は読んでおられますか?」

「?…いや。冒険小説なら読むが、恋愛小説は読まないな。それが何か?」

「ここ数年流行っている小説があるんですけど、あなたがモデルじゃないかと思うくらい、とても美しくて有能な王子様が出てくる作品があるんですよ」

そんな感じでクラスメートに勧められた作品を読んで、呆れた。まあ表面的には俺をモデルにしているように見えるヒーローかもしれないが、内面は全く俺と別物だった。恋愛脳の上に素直じゃない。

第三王女は恐らくこの小説を読んで主役カップルを自分と俺に重ね合わせているのだろう。浅慮(アホ)だから。

ある意味風評被害かもしれない。作者に抗議を入れるべきだろうか。名前も薄っすら俺に似ているし。

とりあえず手紙の形で抗議を送り付けた。


少しして小説の作者から大変恐縮した謝罪文が届いた。別にそんなもんはいらないのだが。

匿名で執筆してはいるものの、貴族女性ではあるらしい。世間知らずなのか、とにかく都合よく改変して書いた方が読者受けがいいということなのかは知らないが。まあ小説は小説だから何でも正しく書かねばならないわけではない。流行の影響力というものを自覚しておいてほしいだけで。

そして俺をモデルにするならヒロイン以外には塩対応でヒロインだけ溺愛するタイプのヒーローにしてほしい。その方がパブリックイメージとして都合がいいので。まあ、俺には今の所好きな人間などいないのだが。好きでもない相手にあなたは私を好きなんでしょうされるのはストレスの極みだ。

まあ他人の作品への口出しは無粋の極みではあるのだが。

そういうわけで、別に俺は筆を折らせたいわけではないということと、新作の軽い要望を入れた手紙を作者に返信した。これで流行りが変化してくれるといいんだが。



二年からは帝国に留学に行った。名目は交流のため、嫁探しも兼ねている。側近の内二人(婚約者がいない)とリズも共に留学している。当然使用人や護衛も同行しているのでそれなりの大所帯だ。まあ校内に護衛や使用人を同行する許可は出ないんだが。

帝国首都にある高等学校は王国の学園以上に玉石混淆だった。規模が大きいし、平民が入学する方法が複数ある。だがまあ、妻として迎えるという意味でピンとくる女性はいなかった。それでも広く交遊関係を持てたので無駄ではなかった。

「そういえばハルトの留学は嫁探しも兼ねているんだろう?うちの妹はどうだ?」

「お前の妹?……ああ、同腹の…流石の俺も一桁は対象外だ。婚約期間が長くなりすぎる。年下が悪いとは言わないが、せめて婚約時点で高等学校に飛び級なしで入れる年齢でなくてはな」

つまり15歳以下お断りということだが。

「だってお前なら大切に扱ってくれそうだし。政治的にも良いパフォーマンスになるだろうし」

「俺は子守りは好かん。そちらのお家騒動に俺を巻き込もうとするな、アルギール。…いや、妹を俺に匿わせようという方が正しいか?」

アルギールは帝国の第四皇子だ。ただし皇帝は後宮を持っていて側妃を複数持っている。アルギールも側妃の一人の子で、同母妹が一人いる。異母兄姉妹はもっといっぱいいる。

男子はアルギール含めて四名だけで、皇帝は男子しか継げないので、姉妹は直接継承権を持たないが、皇女の産んだ男子は継承権を持つので、継承権の話は王国(うち)よりややこしい。

皇子は当然継承権争いでバチバチしているが、皇女ものほほんとはしていられないようだ。あと実際に妹と顔を合わせたことはまだないが、純粋にこいつがシスコン。

「血の繋がった妹を持つ者同士、お前だって妹には健やかに幸せでいてほしいという兄心は多少なりともわかるだろう?」

「見当もつかんとは言わないが、うちは弟妹の意思の統一が出来ているからな。お前ほど切羽詰まっていない。レオナもその内良い相手を見つけるだろう」

母に不美人扱いされて育ったから多少卑屈だが、比較対象が俺という美の頂点だったのが悪いだけでレオノーラ単体で言うなら母似の美少女なのである。それこそ、きちんと着飾れば社交界の華と謳われた母に生き写しと言われるだろう。

まあ、だから不美人扱いして地味にさせているのだろう。母が、己が俺より美に劣るということを直視したくないから。頭の出来も悪くないのだし、寧ろレオノーラは母の上位互換だと思うのだが。

「自分で言うのもなんだが、皇子(オレたち)は一長一短だからな…皇帝陛下が娘ばかりでなく皇子を四人も産ませたからなんとか内乱にはなっていないというのも嘘ではない」

「皇帝が死ぬまでに次代を定められるならそれも良かろうさ。まあ、長生きしすぎれば上の子は薹が立ってしまうかもしれないが」

ちなみに皇女の子は候補になるが、皇子の子は継承権が実質ないらしい。貞操への信頼がなさすぎる。だから皇子は自分が皇帝に、となるんだろうが。

「陛下もまだまだお元気だからな」

「ある意味で年少の者の方が後継に相応しいくらいだろう。年くってから継いでも長持ちしないからな」

「それ以上は流石にライン越えだ」

「おっと」

まあ他国のことに首を突っ込むべきじゃないしな。

「しかし、本当にベティでは駄目なのか?」

「そもそもお前の妹も、いくら俺が美しいといえど一回りも年上の男を夫にしたいとは思わなかろうよ。あと故国の王女が俺の妻になりたがっているから、嫌がらせをされないとも限らんからな。自分で撃退できるような強かな娘でないと婚姻までに心を壊されてしまわないか心配だ」

「むう…確かにそれなら今焦って結ばせない方がいいか」

「…俺がお前の妹が適齢になるまで独身でいる前提で考えるな、アル」

絶対ないとまでは言わないが。最悪でも妹の子を養子にとれば後継はどうとでもなるしな。下手な女を娶るよりは独り身のままでいる方が面倒もなかろう。だが良い妻を迎えるのが一番良いのは確かだ。

「お前は理想が高いようだからな。必要に駆られて妥協せねば婚期は遅れるだろう」

「俺としてはそこまで高望みしているつもりはないんだが…まあ否定はせんよ」

そもそも結婚するのは家の為、領地の為であり、後継を産ませるためだ。自分の頭で考える力を持っている方が望ましいが、丈夫で健康な肉体を持っていて、軽挙妄動(アホなこと)をしないのであれば最低限役目は果たしてくれるだろう。

…そんなに高望みなんだろうか。

「結婚相手が決まった時には知らせてくれよ」

「領地が接しているのだから自然と伝わる気もするがな」



二年の留学を終えて、外交の一環の名目でアルギールが俺の帰国に合わせて王国を訪れることになった。

ちなみに留学ではないし、一か月程度の滞在を予定している。移動の時間も合わせれば数か月になる。そもそも帝国と国境が接している我が領から王都まで馬車で一週間はかかる。早馬でも三日は見た方がいいだろう。

ま、そもそも我が領は王都の連中から見れば僻地にあたるんだが。

王都におけるアルギールの滞在場所は俺が王都の学園に通うために使っていた離宮だ。同行する外交官はまた別の場所に滞在するんだが。俺も学園の卒業のための諸々の手続き等があるため共に過ごすことになる。

留学中にアルギールの人となりは大よそ把握したので彼自身については特に心配していない。問題があるとすれば、王女や他の貴族の反応というところか。


「…いや、まさか此処まで愚かだとは」

「くぅ…う…」

「気は確かか?アル。皇族というのは毒耐性が必要なんじゃないのか」

「幾らかの毒には耐性を付けているよ?…でも、こういう薬は使われないからな…お前は何で平気そうなんだ…」

「これだけ美しいのに媚薬を盛られた経験が一度もないと思うのか?」

「それもそうだ…」

王宮での歓迎の宴で媚薬を盛られて休憩室に二人きりで閉じ込められた。恐らく、俺と外交官のスキャンダルにしたかったんだろう。アルギールが皇子であることに気付いていなかったらしい。俺も流石に相手が女なら離宮に泊めたりしないが…。

俺とアルギールの間に何も起こりようはないが、問題は帝国が宗教上の問題で同性愛を禁じているということである。より正確には、子のできない性行為を忌んでいるというべきか。だから、皇族的には異性とのスキャンダルより同性愛疑惑の方が拙い。

マジでこの国の王女碌な事しねえ。犯人は十中八九第一王女だが。たぶんまぐわっているところに踏み込もうと企んでいるだろうが、どう対処したものかな。

「…正直、お前が女だったら婚約を申し込んでいた」

「残念ながらレオナは俺を女にした感じではない」

「そうだけどそうじゃない」

外見も中身もそこまで似ていない。血縁なのはわかるが、別系統の顔だ。俺がどちらかといえば父似だというのもあるだろう。

逆に我が妹にとってアルギールが良い結婚相手かというと…まあ、悪くはないだろうが、思い合っているとかでないなら態々結び付ける必要はないな。相性もそこまで良くなさそうだし。

「血迷うなよ。教義を真面目に解釈するなら自慰行為すらアウトだろう、お前んとこの国教」

「男女交際について緩めなのは正直その所為もある」

「盛りの付いた獣か?」

両親のことを思えば俺もあまり偉そうなことを言える立場ではないのだが。


部屋の外にいた者たちが勘違いして踏みこんでくるよう紛らわしい声を出したが、お互い衣を緩めもしない状態だった。戸惑う衛兵に俺は微笑しかけてやる。

「ああ良かった。彼に手を貸してやってくれるか。体調を崩して辛そうにしているから医務室に連れていきたかったのに何故か(・・・)扉が開かなくてな」

「体調を崩した?どう見ても」

「もし毒を盛られただなんてことになったら外交問題どころか帝国にこちらに攻め入る口実を与えかねない。皇太子ではないとはいえ、アルギールは皇子だからな」

「俺としても…己が王国との戦争のきっかけになるのは、望んでいないんだがな…」

「アルの体調が戻れば、あとはこの場の者の口を塞げばなんとかなるだろう。本人が大事にしたくないと言っているのだしな?」

媚薬を打ち消す薬の調合もまあ医務室というか、王宮典医なら可能だろう。余程変な薬でない限り。

俺を陥れたいといっても、王女も人死にまでは出したいと思っていないはずだ。たぶん。



俺を陥れようとした第一王女が逆に失脚した。

一応王太子であったのだが、王太子の座を剥奪され、一代公爵として夫共々小さな領地に押し込められることになった。公表されないことになったとはいえ、私情で隣国の皇子に薬を盛るとか拙すぎるからな。

そうすると繰り上がりで第二王女が王太子になるのが自然だったのだが、良くも悪くも目立たない第二王女はそれ故に敵も味方も碌にいなかった。

その結果、議会が王太子に俺を推薦する提案を出してきた。寝耳に水とまでは言わないが、計算違いではあった。王太子となるのであれば急いで婚約者を決めなければ政治的な事情で変な娘をねじ込まれかねない。

「私と再婚して頂戴、ハルトムート。それなら議会を納得させて私を女王にできるでしょう」

速やかに離宮に乗り込んできた第二王女がそんなことを宣ったので頭痛がした。

「そんなに女王の座に執着があるのか?であるならもっと早く支持者を集めるべきだったろうに」

「…違います。私は、本当はずっと、昔からあなたのことが…好き、だったのです」

「そうですか。俺は好きではありませんし、スキャンダルを態々被る理由もない。王太子の座などどちらでもいいが、そうまでしてあなたを得たいとは思わない」

「…私と結ばぬなら…言ってはなんですが、マリリエッタが行きますよ。それを拒める相手のあてがあるのですか?そこらの娘では王妃は務まらないでしょう。…いえ、我が妹ながらマリリエッタに王妃が務まるとは思えませんが」

「…全くないこともない」

「っ、何処の誰です?」

「先約もないし、まあ身分も問題ないだろう。教育も俺と同等のものを身につけている。王太子妃として経験を積めば、まあどうにかなるだろうさ」

本人が了承するかどうかだけ怪しいところではあるが、どうにでもなるだろう。何しろ、俺に領主の何たるかを説こうとしてきた女だ。いざ自分の立場になったら私情で跳ねのける、などということはするまい。

「…あなた、そういう顔もするのね」

「?」

「楽しみで仕方ないって顔。でもわくわくって感じではなくて妙な色気が滲んでる。無理矢理言葉で表すなら、暗黒微笑、ってやつ?そんな顔、私たちにしたことなかったわね」

「大変不名誉なことを言われた気がする…」

思っていることが割とストレートに顔に出る質なのは自覚があるというか、意図的にポーカーフェイスは避けている。余計に変な憶測をされたり畏れられたりするので。

「結婚式の時には私も呼んでくださる?」

「その時にあなたが謹慎になっていたりしなければな」

精々、父方の親族の代表を務めてもらおう。

第一王女は論外だが、第三王女は式をぶち壊しにかかりかねない。絶対呼びたくないが、仮にも王弟の子の結婚式に王族を一人も呼ばないのは体裁が悪い。国王夫妻だけ招待すると逆に確実に第三王女がついてくるだろう。あの二人は末っ子に甘すぎる。


王女が去った後、俺はずっと室に控えていた従者(リズ)に声をかける。

「そういうわけだ。政略上の理由で俺と結婚してくれ、リズ」

「えっ、はっ、あてって私?!」

「お前以外に誰がいる。俺の交友関係は従者であるお前もよく知っているだろう」

いつでもひと時も離れず傍に居たわけではないが、従者を伴うことを許される場所にはいつも連れていた。

留学にも当然連れていったし、社交の場にも従者として連れていた。流石に女装させてエスコートしたのはあの一度きりだが。

「い、いや、私は、男…」

「何を寝ぼけたことを言っている。俺がお前の身の上を把握せず傍に置いていたとでも思っているのか?リズヴェッタ・ミリアム・ジンファデル。元公女であれば身分も問題なかろう。妻の実家の援助も俺には必須ではないしな」

「え、な、いつから…」

「最初からに決まっているだろう。そのジンファデル公縁のラピスラズリの瞳を隠しもせず身元を隠せると思っていたなら愚昧(バカ)の極みだが」

というか、最初のあの粗末な姿も男装のつもりだったのか?俺を舐めているんだろうか。

ズボンを履いたくらいで性別が判らなくなるとでも。まあ王国では貴族の子女が足を露わにしたりズボンをはいたりするのは、はしたないことだとして避けられる傾向にあるが。

「わ、わかってて従者にしたの?!」

「俺に何の不都合がある。酔狂は否定しないがな」

「フラタニティは絶対バレないって言ってたのに…!」

フラタニティ?…ああ、精霊か。家中の者どもが特に疑問なくリズを男扱いしていたのは精霊の所為だったか。俺には特に効果がなかったようだが。

「それで、求婚の返事はいただけるかな?リズヴェッタ嬢。俺に領主らしい人間になれと言ってきた貴女だ、そちらも公女らしい判断をしてくれるんだろう?」

「ここぞとばかりにいじめっ子の顔して…!……。…ええ、私以外の王太子妃の務まる人間を探して根回しするのは大変ですからね。求婚、お受けします」

「ならば従者は今日で卒業、だな。それに俺の婚約者に相応しいドレスを仕立てさせなくては。部屋移りも必要か?」

「切り替え早っ…と、とりあえず引継ぎ資料をまとめなきゃ…!」



正式に俺が王太子に任命されるより前にリズとの婚約が成立し、王太子の公布と共に結婚式の予定も発表された。リズもきちんとした格好をすればそれなりの娘に見えるので、社交界の噂になったが、何故だか俺の従者だったリズとリズヴェッタ嬢を結び付けて考える者が全然いなかった。まあ態々喧伝することでもないからそっとしておくが。

それはそれとして、リズヴェッタが元公女であることは公表されていることもあり、巷で俺とリズの恋物語(捏造)が流行っているらしい。八割間違っているが。また誰か小説のネタにでもしたんだろう。公爵家に不利益がなければまあいいか…。

家族を喪った元公女と、仇の息子の恋物語とかドラマチックな味付けをしようと思えば幾らでもできるからな…。

「そういえば、正式に戴冠したら王宮に移ることになるんですよね…うまくやっていけるかな…」

「いや?」

「え?」

「俺が王になったら王都は俺の領地たるイリアステル領の主都に移るに決まっているだろう。議会がこちらまで移ってくるかは知らないが、俺が王太子と内定した時点でそのように準備を始めている。人材は必要な者だけ順次引き抜いてくる予定だ」

「いや、まあ、公国だった時の首都なんだから、当然国の首都として必要な機能は備えているだろうけど」

「中央貴族どもは我が領を辺境(いなか)扱いしているからな。時流の読めんお荷物どもを引き立ててやる理由はない。元々この国の貴族どもは暗愚(バカ)ばかりだと、と思っていたところだ。堂々と使えるものと使えないものを選別してやろう」

俺の故郷を見たこともない癖に田舎扱いする中央貴族どもにはうんざりしていたところだ。私怨がないとは言わん。だが、自分の発言が相手の心証を悪くすることさえ気づかん奴が悪手を打たん保証はないからな。

「…今更だけど、私、あなたのこと勘違いしていたわ。あの(・・)ハルト様は怠惰だったんじゃなくて、効率化が極まりすぎて情の挟まる余地がなかった、というあたりかしら…」

「ん…ああ、初対面の時に言っていた精霊のお告げがどうこうというやつか。お前がおらず、こうならなかった時に俺がどうなっていたかは俺の知るところではないが…まあ、ただの領主であれば俺が直接動かずとも適切に部下に仕事を割り振って、システムが正常に回っていれば問題なかろうよ。世の仕事というものは、属人化しない方が好ましいものだしな」

特別な人間でなければ務まらん仕事など、その特別な人間が潰れたら滞ることになるのだから不安定極まりない。誰でもできる仕事は一人で独占するべきではない。死なない人間などいないのだし。

「というかそもそも、あなたにこれといった趣味がなさすぎて、何を楽しみに生きているのかわからないのよね。比較的読書をしてることが多いといっても夢中になっているというようには見えないし」

「ああ…まあ…俺に趣味はないな。何をしても特に苦労することがないからつまらなくて興味が持てん」

「贅沢な悩みですね…」

「まあ楽しみがなくても生きてはいけるからな」

「………。えっ、もしかして軽口とかではなく、ガチで何も楽しくないまま生きてる?」

「流石の俺も一時の快楽すらわからんほど情動の死滅した人間ではないよ。食事の味程度は楽しめるし」

まあ公爵家という金と伝手のある立場だから美食が可能なのだが。寒村の庶民の食生活とか悲惨だしな。

食材もそうだが、調理の概念が未熟すぎる。そもそもこの世界自体が美味い料理というのが良い食材をいつもの調理法で料理したものであって、食材の美味さを引き出すみたいなものはないしな。

「いや、それは善くないでしょ。趣味を…持とうと思って持てるものでもない、のですかね…」

「そもそも王ともなればただの領主より忙しくなろうさ。余暇の時間もとれるかわかったものではないし、趣味の心配などしたところでな」

「仕事を属人化するべきではないと言った傍からそんなことを言う…」

「国政は最終防衛ラインみたいなものだ。人材不足は目に見えているのだから、俺も可能な限り働く必要があるのだろうよ」

まったく、王になりたいなどと言った覚えはなかったのだが。俺でなければならないというのであれば、仕方ない。精々、高貴な血の務めを果たすとしよう。

「大体、他人事のように言っているが、俺が忙しくなるということはお前も忙しくなるんだぞ。精々、次代に引き継ぐ時まで潰れてくれるなよ」

「うっ…精進します…」

…。

いや、一つあったかもしれないな。俺が楽しみにしているもの。

玉座を降りる時にでも答え合わせを兼ねて伝えてやろう。

俺はリズ(おまえ)を見ていると楽しいよ。

これは恋とかそういう浮ついたものではないが、精々途中で損ねてしまわぬよう、気を付けるとしよう。

「またいじめっ子の顔してる…!」

「心外だな。俺は伴侶が幸せになれるよう手を尽くす男だよ」

「嘘ではないだろうけど釈然としない…」

本当に心外だな…。




ぶっちゃけ逆行√でリズが従者になったことで発生する大きな変化は第一王女失脚とハルトの結婚くらいで後は誤差 まあエンドは変わるけども 

リズがいないと流石にアルギールを男装の麗人と勘違いしないので外交スキャンダルは企まれない

精霊の加護は人間を惑わせるものだったので純粋な人間ではないハルトには効果がなかった

ハルトから見たリズは所謂オモシレー女。恋情にはなってない

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