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第1章:身代わりの盾は、使い捨てに限る


「ねぇ、アルヴィン。貴方、少しは役に立ちなさいよ。私のドレスの裾が汚れたじゃない」




 燦々と降り注ぐ太陽の下、王立狩猟祭の真っ只中。


 我が国の第一王女、ルナリア様は、真珠のような白い指先で私の頬をピシャリと叩きました。


 私はアルヴィン。辺境伯家の次男坊で、この「歩くワガママ辞典」ことルナリア様の婚約者――という名の、移動式荷物置き兼、盾でございます。




「申し訳ございません、ルナリア様。ですが、今は魔物が出やすい区域ですので、あまり前へ出られるのは……」


「うるさいわね! 魔物が出たら貴方が身を挺して守ればいいのよ。そのために『無能』な貴方をわざわざ婚約者にしてあげてるんだから。感謝なさい!」




 おーっほっほ、と高笑いする彼女の背後で、私は溜息を飲み込みます。


 私の家系は代々、強大な魔力を受け継ぐ血筋なのですが、なぜか私には「魔力を封印する枷かせ」が生まれつき嵌まっていました。


 魔力ゼロ。戦えない。だからこそ、王家は私を「王女の身代わり(デコイ)」として都合よく利用しているわけです。




 そんな時でした。


 森の奥から、冷たい、凍てつくような殺気が立ち込めたのは。




 ――ギギギ、ギギ……ッ!




 嫌な金属音が響き、木々をなぎ倒して現れたのは、漆黒の甲冑を纏った伝説級の魔物『首狩り公デュラハン』。


 その巨大な鎌が一振りされるだけで、周囲の騎士たちは紙屑のように吹き飛ばされました。




「ひ、ひぃぃっ!? 何よこれ、汚らわしい! 近寄らないでよ!」


 ルナリア様は、さっきまでの威勢はどこへやら。腰を抜かして震え上がります。


 デュラハンの赤い瞳が、王家の血を引く彼女をロックオンしました。


 振り上げられる、死の鎌。




「危ない、ルナリア様! 下がって――」


「そうよ! 貴方が下がりなさいよ!!」




 ――ドスンッ。




 背中に、凄まじい衝撃を感じました。


 あろうことか、ルナリア様が私の背中を両手で全力で突き飛ばしたのです。


 それも、デュラハンの鎌が振り下ろされる、その真っ正面へと。




「盾になりなさい、アルヴィン! その間に私は逃げるわ! 役立たずの無能なんだから、最後くらい私の役に立って死になさい!!」




 振り返りもせず、ドレスの裾を捲り上げて逃げ去る彼女の後ろ姿。


 直後、私の胸元を冷たい刃が通り抜けました。




 ――ドプッ、という嫌な音。


 溢れ出す熱い血液。




(……ああ。やっぱり、そうなるんだな)




 薄れゆく意識の中で、私は不思議と冷静でした。


 十年間、彼女のために泥を啜り、罵倒に耐えてきた。けれど、最後は「ゴミ」のように捨てられる。


 心の中にあった「義務感」という名の重い鎖が、パチンと音を立てて千切れたような気がしました。




 地面に倒れ伏し、視界が真っ暗に染まろうとした、その時。




「……あら。ようやく、あの『粗大ゴミ』が、私の宝物を手放してくれたようね」




 聞き覚えのある、鈴を転がすような声。


 隣国の第一王女、イザベラ様。


 彼女は、血の海に沈む私の頬に優しく触れ、獲物を狙う蜘蛛のような、妖艶な笑みを浮かべました。




「死なせないわ、アルヴィン。貴方のその膨大な魔力、あの女には重すぎたけれど――私なら、一滴残らず愛してあげられるもの」




 彼女の指先から、禁忌の回復魔法が流れ込む。


 それと同時に、私の体内で「何か」が爆発しました。


 長年、私を縛り付けていた封印の枷が、溢れ出す魔力に耐えきれず、粉々に砕け散る音が聞こえたのです。




 これが、私の「無能」が終わった日。


 そして、ルナリア様の「勘違い」が加速する、祝祭の幕開けだったのでございます。



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