第22話『ドラゴン、空へ還る』
夜空に、異変が起きていた。
月の輪郭がゆらぎ、星々が一瞬ごとに瞬きを失っていく。
空の彼方で――“炎”が、消えかけていた。
その夜、シルヴァはベランダに立っていた。
銀髪が風に揺れ、赤い瞳が深い夜を見つめている。
彼女の背中の紋章が、淡く脈打つように光っていた。
「……やっぱり、来たのね」
背後から、静かな声がした。
「どうした、寝れないのか?」
ダーリン――直哉が、マグカップを二つ持って立っていた。
シルヴァは小さく笑って受け取る。
「ありがとう、ダーリン。でも、コレが最後の夜かもしれない」
「……その“世界の火”ってやつ、そんなに大事なのか」
「ええ。あれが消えたら、ドラゴン族も、空も、世界も消えてしまうの」
「だったら――行くしかねぇな」
そう言った彼の声は、どこまでもまっすぐだった。
けれど、その瞳の奥にあるのは“覚悟”と“寂しさ”の混ざった光。
「でも、私は怖いの」
「何が?」
「帰ったら、あなたともう会えなくなるかもしれないから」
シルヴァの手が震える。
その手を、直哉はそっと包み込んだ。
「……じゃあ、俺が行けばいい」
「え?」
「お前の世界に、俺も行く」
シルヴァは目を見開いた。
「そんな、無茶よ! 人間がドラゴンの世界なんて――」
「それでもいい。だって俺は、お前の“今”に惚れたんだ。
ドラゴンでも、人間でも関係ねぇ。お前の隣が、俺の世界だ」
その一言に、シルヴァの目が潤む。
涙が頬を伝い、夜の風に光った。
「ダーリン……ずるい。そう言われたら、置いていけないじゃない……」
彼女の赤い瞳が淡く光り、背中の紋章が再び燃え上がる。
「なら、一緒に行こう。あなたを――“空の扉”へ連れて行く!」
夜空が裂けた。
光の渦がベランダの上に現れ、風がすべてを巻き上げる。
「シルヴァ!」
「手を離さないで!」
二人は手を強く握り合った。
瞬間、世界が反転する。
見上げた空の果てには――“炎の大地”と“巨大な赤い太陽”。
そこが、ドラゴンたちの故郷だった。
「ようこそ、ダーリン……私の“空”へ」
そう呟いたシルヴァの背中に、消えたはずの光の翼がゆっくりと戻っていく。
しかし、その翼の一部が――彼の手に重なるように、淡く輝いていた。
「……やっぱり、来てよかった」
「ふふ……ダーリン、空の空気に酔わないでね?」
「心配すんな。お前の隣なら、どこでも息できる」
ふたりの笑い声が、炎の風に溶けて消える。
それは、“別れ”ではなく、“新しい旅立ち”の音だった。




