第2話 服を着る練習
朝。
僕のアパートの一室には、静寂……ではなく、
布の擦れる音と、やたら楽しそうな鼻歌が響いていた。
「これ、どうやって着るの?」
振り返ると、ベッドの上で彼女がシャツを逆さに着ようとしていた。
腕は通らず、頭はすっぽり隠れて、まるで布袋の妖精だ。
「違う違う、それ上下逆! 袖はこっち!」
「袖……ってなに?」
「いや、だから、その穴。腕を入れる穴!」
「なるほど。人間は、体を包むのが好きなのね。」
無邪気に笑いながら、ようやく袖を通す彼女。
だがボタンという概念までは理解できていなかったらしく、
胸元はざっくりと開いたまま、僕の理性を容赦なく試してくる。
「ねぇ、これで合ってる?」
「あ、ああ……いや、ボタンを留めるんだ。ほら、ここをこう……」
近づいて、指でボタンを留めていく。
その距離、わずか十センチ。
彼女の銀髪が頬にかかり、ほのかな温もりが伝わる。
……香りも、熱も、ちょっと危険すぎる。
「人間って、不便ね。」
彼女は小さく笑う。「わたし、服を着ると息苦しい。」
「いや、それは……文明の代償というか……」
「でも、あなたが嬉しそうだから、我慢してあげる。」
「う、嬉しそうって……いや、別にそんなことは──」
「顔が赤い。」
「ち、違う! ただ暑いだけだ!」
そんなやり取りをしていると、
彼女の背中から、うっすらと銀色の鱗が光を放った。
「うわっ!? 背中、光ってるぞ!」
「うん。眠っていた“力”が戻ってきたの。あなたの家、落ち着くのね。」
「……やっぱりドラゴンなんだな。」
「そうよ。わたしは《白銀竜》の末裔。
でも、あなたの前では、人の姿でいたい。」
彼女はゆっくりと目を細め、
ベッドの上に腰を下ろし、両手を組んで言った。
> 「ねぇ……これから、わたし、あなたと暮らしていい?」
言葉に詰まる僕。
だが気づけば、もう断れるはずもなく――
「……まぁ、部屋は狭いけどな。」
彼女の顔がぱっと花のように輝いた。
そして次の瞬間、
ドラゴンの女性は、嬉しさのあまり僕に飛びついた。
> 「ありがとう、ダーリン!」
「ちょっ、ダーリンはやめろぉっ!?」
その日、僕の“静かな独り暮らし”は完全に終わりを告げた。




