第13.5話『恋する炎、心の鼓動』
朝の光がカーテン越しに差し込む。
テーブルの上には、焦げかけたトーストと、シルヴァが淹れた――と言い張る――コーヒーが並んでいた。
……黒というより、もはや“闇”の液体だった。
「ねぇ!ダーリン、今日はお仕事休みなんでしょ?」
銀髪が朝日に揺れる。彼女の赤い瞳は、いつもより少し潤んで見えた。
「まぁ、在宅だしな。書類整理だけだよ」
直哉がそう答えると、シルヴァはにっこり笑って彼の腕にぴとっとくっついた。
「じゃあさ、シルヴァと一緒にいられるんだねっ!」
尻尾が嬉しそうにぱたぱたと揺れる。
……いや、揺れすぎだ。椅子がひっくり返りそうだ。
「おいおい、朝から元気だな」
「ダーリンがいると、炎があったかくなるんだもん!」
直哉は苦笑しながらも、ふと胸の奥が熱くなるのを感じた。
彼女の“あたたかさ”は、単なる体温じゃない。
それは、心にじわりと染み込むような――優しさだった。
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昼下がり。
シルヴァはソファに寝転がり、雑誌をめくっていた。
ページの端に描かれた「恋人特集」の見出しをじっと見つめている。
「……ダーリン」
「ん? どうした」
「“恋”って、どういうの?」
直哉は手を止めた。
その問いは、あまりにも真っ直ぐすぎて、心臓が一瞬跳ねる。
「えっと……難しい質問だな」
「胸がドキドキして、顔が熱くなって……“会いたい”って思うの、恋なの?」
「……まぁ、そんな感じだと思うよ」
シルヴァは両手で自分の胸を押さえた。
「じゃあ、やっぱり……シルヴァ、ダーリンが好きなんだね」
そう呟くと、頬をほんのり染め、しっぽが小刻みに震える。
直哉はその姿に、思わず言葉を失った。
――可愛い。
単純で、真っ直ぐで、でもどこまでも純粋な“好き”だった。
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夕方。
直哉が少し出かけて戻ると、部屋の空気がふんわり甘い香りに包まれていた。
台所では、シルヴァがエプロン姿で何かをかき混ぜている。
(おお……これは、前回の“炎のクッキング”の再来では……?)
彼が一歩踏み出した瞬間、フライパンの中で炎が――ぼっ。
「きゃっ!? ご、ごめんダーリン! 炎が……嬉しくて!」
「嬉しくて燃やすな!」
ふたりの笑い声が重なる。
火はすぐに消え、代わりに小さな焦げ跡がテーブルに残った。
でも、直哉はなぜか怒る気になれなかった。
それは――“幸せの焦げ跡”のように見えたから。
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夜。
テレビの光が部屋を照らす中、シルヴァが小さく呟いた。
「ねぇダーリン……もしシルヴァが、またどっかに帰らなきゃいけなくなったら……ダーリン、寂しい?」
直哉は少し考えたあと、正面から彼女を見た。
「寂しいに決まってるだろ」
「そっか……よかった」
シルヴァの目から、一粒の涙がこぼれた。
それは炎のようにきらめいて、床に落ちる前に消えた。
「ダーリン、これが“恋の涙”なんだね」
「……そうかもしれないな」
ふたりの距離が、そっと近づく。
心の鼓動が重なり、静かな夜の中で、シルヴァの尻尾が優しく揺れた。
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その夜、直哉は気づく。
“恋”という炎は、燃やすものではなく――
そっと包むように、灯すものだと。




