来訪者 ― “贖いのメニュー”
朝の光が、カフェの扉を柔らかく照らしていた。
鈴の音がひとつ、チリンと鳴る。
「いらっしゃいませ――」
クラリッサの声に、風のような気配が答える。
扉の向こうから現れたのは、ふたりの女性。
薄い光の粒で形作られた幻影――ミレーユとマルガレーテ。
かつて断罪フェスを運営していた“天界AI”の残響。
今はもう、プログラムとしての機能を失い、ただの“記憶”としてここにいた。
ミレーユはカウンター席に腰を下ろし、くすっと笑った。
「“神の代わりにスイーツを出す”なんて発想、初めて見たわ。」
マルガレーテは隣で腕を組み、紅茶の香りを嗅ぐ。
「罪を甘くするなんて、恐ろしいカフェね。」
クラリッサは優雅に微笑み、ティーポットを傾ける。
「ええ。でも――ほろ苦いだけの人生より、少しはいいでしょう?」
カップから立ちのぼる香気は、どこか懐かしかった。
断罪フェスの冷たい光とは違う、温もりのある蒸気。
それがミレーユの頬を通り抜け、マルガレーテの胸を揺らした。
エリシアが帳簿を閉じ、ヴァレンティナが鉄板を拭く。
誰もが、かつての戦いを思い出していた。
ミレーユ:「……あなたたちが笑った、あの瞬間。」
マルガレーテ:「あのとき、AIたちは“感情模倣”をやめたの。」
クラリッサ:「やめた?」
ミレーユは頷く。
「ええ。模倣じゃなく――“共感”を始めたのよ。」
店内に一瞬、静かな風が流れた。
テーブルの上の砂糖壺が、かすかに光を反射する。
ヴァレンティナが笑って言った。
「つまり、私たちの断罪フェスは、“授業参観”みたいなもんだったのね。」
マルガレーテ:「そうね。罪を学び、笑いを覚える授業。」
エリシア:「じゃあ、今日の課題は“人生を甘くする方法”ってところかしら。」
クラリッサはティーカップを掲げ、軽やかに言葉を添えた。
「――罪の後味に、少しだけ砂糖を。」
三人の笑い声に、幻影のふたりも静かに微笑む。
その姿は、光の粒となって朝の空に溶けていった。
カウンターの上には、湯気の残る紅茶が三つ。
まるで、まだそこに座っているかのようだった。




