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私が死んだあとのこと 亡霊聖女は復活を望まない  作者: 花果 唯


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第28話 追跡

 警戒しながら進んだ先にいたのは、不気味なネズミだった。

「ギィィッ」と鳴き声とはいえない悲鳴のような奇声をあげている。

 よく見ると、ボロボロと体から腐敗した肉片が落ちていた。

 醜悪な姿に思わず顔を顰めてしまう。

 この子は、あのときの――。


「おそらく、カレン様の蘇生魔法をかけられたネズミです」

「そのようだな」


 返事をしながら、アルマス様が剣で切り捨てようとしたが、それを止めて私は回復魔法で倒した。

 この方が完全に消滅させることができるし、救いがあるように思える。

 尽きた命をいたずらに蘇らせられて……可哀想に……。

 チリと消えたネズミに祈り捧げていると、アルマス様が苦笑いを浮かべた。


「これが俺の末路にならないようにしないとな」

「笑えませんよ」


 私も苦笑いを返していたら、なんだか全身が逆立つような悪寒がした。

 誰かに見られているような……?

 嫌な気配というと、やはりカレン様の姿が浮かぶ。


 ここはカレン様たちも知っている通路だ。

 彼女たちも捕まりたくないだろうから、自ら騎士のいる城に近づいてくることはないと思う。

それにクリスティアン様は徹底的に調べただろうし、警戒もしているはずだが……今のところ巡回している騎士の姿はない。

油断せず十分に気をつけよう。


 しばらく通路を進むと扉があり、中にあった階段を登っていくと、どこかの倉庫内にでた。

 無人で人が出入りしている形跡はなく、蜘蛛の巣が張っていたり埃が積もっていた。


「誰かが通った形跡があるな」


 アルマス様がみつけた汚れた靴跡を辿っていくと、倉庫の外に出た。

 そこは王都の中心から少し外れた、城下町に近い場所だった。

 

「やはりクリスティアン様が城をでたことはたしかなようだな」

「そうですね。でも、ここからどこに行ったかは見当もつきません」


 道にでると足跡は消えていたし、周囲を見ても王都の景色が広がるばかりで目ぼしいものはない。

 ここからどうやってクリスティアン様の居場所をつきとめればいいのか分からない。


「エステルの体を連れているとしたら、そう遠くにはいけないはずだが……。協力者がいたら、王都をでることもできるだろう」


 アルマス様の言葉に頷き、私は広い王都を見渡した。


 クリスティアン様――。

 私の体を連れて、いったいどこに行ってしまったのだろう。





 ※




 王都の城下町、空き家が多い住宅街の一角にある小さな家――。

 こんなところを王太子である私が買い取って使っているとは、誰も思わないだろう。

 私専属の近衛騎士に、都合のいい空き家を探させてみつけた。

 元々誰もよりつかないような場所だし、誰にもみつからないように認識阻害の魔法をかけているから、私とエステルだけの場所だ。


 ここを選んだのは、近衛兵に警備をさせやすいのと、かつて住んでいたのが熱心に女神ネモフィラを信仰していた者だったからだ。

 庭にある女神像を見てここにしようと決めたのだ。

 ここなら何かあっても、女神様がエステルを守ってくれる気がする。


 部屋は掃除して、エステルを眠らせるベッドは清潔なものに変えた。

 花瓶には青い花を飾り、ベッドサイドのテーブルにはエステルが好きそうな焼き菓子を置いている。

 美味しそうな甘い香りに誘われて、エステルが目覚めてくれたら……。


 エステルを寝かせたベッドに腰かけ、美しく眠る頬をそっと撫でる。

 手に感じる冷たさに、改めてエステルが死んでいるのだと思い知らされた。


「エステル、目を開けてくれないか」


 分かっていたことではあるが、返事がないことに心が沈む。


『クリスティアン様』


 控えめな笑顔をこちらに向けるかつてのエステルが脳裏に浮かぶ。

 エステルを無実の罪で牢に閉じ込めてしまっていたから、もう一年以上見ていない姿だ。

 最後に普通に会話したのはいつだろう。

 考えれば考えるほど、『自業自得』という言葉が浮かぶ。

 こうして触れることができるのに、かつては当たり前だったことが、あまりにも遠い。

 

 亡霊のような存在になってしまったエステルの声は聞くことができた。

 でも、今は美しく着飾っているという姿を、私は見ることができなかった。

 アルマスは見ることができるのに……。 

 私が知る動くエステルは、処刑される前の痛々しい姿が最後なのだ。


 アルマスだってエステルの無実を信じることができなかったじゃないか!

 婚約者だったアルマスの方が罪は重いだろう!

 それなのに、私の方がエステルに許されていないようで苦しい……。

 アルマスに対して、負の感情が増していく――。


 私が使ったカレンの魔法を込めた魔石のせいで、アルマスがゾンビ化していることを聞いた。

 迂闊なことをしてしまったせいで、アルマスに被害を与えてしまったことを申し訳ない。

 でも、同時にアルマスがいなくなれば、エステルとの関係を邪魔する者がいなくなると思ってしまった。


「……とにかく、エステルの体は今、私の手の中にある」


 女神ネモフィラが言っていたようにエステルが『生き返りたい』という気持ちを待つしかないのか。

 でも、自分は姿が見えず、アルマスより一歩遅れている状態。

 それにエステルは生き返ることを望んでいない。


 「だから……やはり、私が生き返らせるしかない」


 カレンの力で、ゾンビ化せずに生き返らせることはできないだろうか。

 もしくは、赤い花の女神なら――。


「カレンを捕まえよう」


 騎士団よりも早く、私が見つけて利用する。

 それに、赤い花の女神アネモネについて調べていると、興味深いことを知った――。

  王太子の近衛騎士が得た情報では、カレンは膨大な費用の代わりに治療をしたり、蘇生したりする、などと言ってこそこそと行動しているようだ。

 

「君を連れて行くことができない。ここで待っていてくれ」


 もう一度エステルの冷たい頬を撫で、私は部屋を出た。


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