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私が死んだあとのこと 亡霊聖女は復活を望まない  作者: 花果 唯


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第27話 二人だけの秘密

 アルマス様を引き連れて隠し通路の入り口までやってきたのだが……。


「……狭いな」


 小さな穴なので、アルマス様がくぐれるようなサイズではない。

 今のクリスティアン様が使っている入り口を、私が先に通路に入って探そうかと思ったが、見つけられる保証はないし時間がかかりそうだ。


「仕方ない」


 そうつぶやいたアルマス様は、ためらいなく入り口の縁に足を振り下ろした。

 ゴン、と鈍い音が響き、石壁がボロボロと砕けて、欠片が地面に崩れ落ちていく。

 私が目を見開いている間にも、アルマス様は容赦なく蹴りを繰り返し、あっという間に穴を広げていった。


「よし、これでいいだろう」

「…………」


 誰よりも規律を守る真面目なアルマス様の、まさかの所業に私は唖然としてしまう。


「こ、壊してしまっていいのでしょうか……」

「あとで謝ればいい。……エステルも共犯だからな」

「!」


『アルマス様も共犯です』


 ニヤリと笑うアルマス様を見た瞬間、過去に自分が口にした言葉がふと蘇る。

 どうやらアルマス様も、同じ記憶を思い出しているようだった。


「そうですね。罰として……時間があるときに、城のまわりを十周走りましょうか」


 かつて、律儀に自らに罰則を課していたアルマス様の姿を思い出し、少しからかうように口にする。

 すると彼は、わずかに口元をゆるめた。


「エステルが生き返ってからな」

「亡霊の間のみご一緒させていただきます」


 私の返事にアルマス様は苦笑いを浮かべた。


「とにかく、エステルの体をみつけなければな。そろそろ行こう」


 舞い上がった土ぼこりがようやく落ち着いてきたので、アルマス様は広げた穴の中へと身をかがめ、隠し通路の中へ入っていった。

 私は亡霊の身なので、壁をすり抜けてスッとあとを追う。


「改めて思うが……便利だな」


 後ろからぽつりと聞こえた声に、私は少し得意げに微笑んで返す。


「はい、とても。癖になりますよ」

「生き返ったら激突しないよう注意しないとな」


 何度も「生き返らない」と否定するのも野暮かと思い、曖昧に微笑ん返した。


「中も狭いんだな。それにかなり広範囲に広がっていそうだ」


 様子を探りながら歩き始めたアルマス様のあとを、少し飛びながらついていく。


「内部の構造は分かるのか?」

「多少心当たりはありますが……はっきりとは分からないので探っていくしかありません。……すみません」


 カレン様と神官長が逃げて行った方向に、街に繋がる出口があるのかもしれないが、追うことができなかったので途中からは不明だ。


「いや、君のおかげで手がかりが見つかって助かった。注意深く観察しながら進もう。何か気づいたら教えてくれ」

「分かりました」


 私は覚えている限りの情報を伝えながら進む。

 まだ知っている範囲なので、少し余裕をもって進んでいると、アルマス様が話しかけてきた。


「……この隠し通路のことは、クリスティアン様とエステルの『二人だけの秘密』だったのか」


 この通路の存在を知っている関係者は他にいもいますが、クリスティアン様から聞いたのは私だけだろう。

 そういう意味では『二人だけの秘密』と言える。


「勝手に話すわけにはいきませんから。すみません」


 子どもの頃の私たちはよく三人でいたから、アルマス様にだけ教えていないというのは寂しく感じたかもしれない。


「謝るとこはないさ。クリスティアン様には、ずるいと抗議したいが」

「ずるい?」

「俺に黙って二人だけの秘密を作っていたんだから。俺もそういうのが欲しかった」

「私が聞いてしまってすみません! クリスティアン様とアルマス様の二人の秘密の方がよかったですね」


 そう伝えると、アルマス様は私を見て少し呆れるように笑った。


「さっきから君は謝る必要がないことで謝ってばかりだな。それに考えがズレているぞ」

「?」

「俺は君と二人だけの秘密が欲しかったんだ」

「私と、ですか?」


 どうして?

 私と秘密を持つことで、何か得られるものがあるのだろうか。

 秘密の共有で得られるものといえば……。

 公表されるリスクを負うから裏切ることができない。

 つまり、『関係性の強化』だろうか?

 でも、クリスティアン様と私の場合はあまり意味をなさなかったが……。


「……そうか。なかったら、今作ったっていいんだ」


 ブツブツとつぶやいていたアルマス様が足を止めて私の方を見た。

 手を差しだしてきたので、思わず乗せたが……私の手はアルマス様の手をスッと通り過ぎてしまった。

 もう亡霊になってしばらく経った。

 何にも触れられないことなんて当たり前なのに……なぜか少しショックを受けた。


「魔法は俺に干渉することができるから、もしかすると少し感触があるかもしれないと思ったが……駄目か」


 アルマス様の言葉を聞きながら、ショックだったのはどうしてだろうと考える。

 単に『亡霊だから触れられない』ということを認識していない状態での不意打ちだったからか。

 それとも、相手がアルマス様だったからか……。

 

「何をされようとしたんですか?」


 考えをごまかすように、私はアルマス様に問いかけた。


「秘密にするようなことをしようと思ったんだ」

「……秘密にするようなこと?」


 人に話せないようなこと、と思うと……え?

 いかがわしいことが頭に浮かんだのですが……!

 私は思わず勢いよくスッと後ろに下がり、距離を取った。


「エステル?」

「…………」


 離れたところで固まっている私に、アルマス様は苦笑いを浮かべた。


「何を想像したんだ? 少し、君を抱きしめられたら……と思っただけだ」


 抱き、しめ……?

 亡霊なのに心臓の鼓動が速くなり、顔に熱が集中するのを感じた。

 混乱しすぎて何も考えられず、ますます固まってしまった私に、アルマス様はまた苦笑いを見せた。


「困らせてすまない。何もしなから、戻ってきてくれないか」

「あ、はい……」

 

 そう言われて我に返った私は、元の位置に戻った。

 ……いや、さっきよりは少し離れているかも。

 アルマス様がどんなつもりでも、亡霊の私には何もできないのに、盛大にうろたえてしまった……。


「君がそんなに動揺するとはな。そうだ、今のやり取りを二人の秘密にしよう」


 いたずらっ子のようにアルマス様が笑った。


「……そうですね」


 勘違いしてしまったことが恥ずかしいから、たしかに『秘密にして欲しいこと』だ。

 ちゃんとした『二人だけの秘密』ができてしまった。


 アルマス様は機嫌よく、私は気恥ずかしいというか、どこか落ち着きなく進んでいく。

 何が起こるか分からない場所だから、気を引き締めないと……。


 しばらく進んだところで、アルマス様が足を止めた。


「……微かに魔物の気配がするな」



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