第26話 聖女の肖像画
このタペストリーに描かれているのは、今の私ではなく子どものころの姿だ。
聖女に選ばれたのも、クリスティアン様と出会ったのも、ちょうどこの頃だったと思う。
こんなタペストリーが存在していることに驚いたし、どうしてこれを飾っているのだろう。
私が描かれているものを飾る、というより聖女が描かれているものを飾った、ということだろうか。
「聖女の肖像画を寝室に飾るなんて、クリスティアン様は思っていた以上に信心深いのね」
女神様への信仰心が深いことは素晴らしい。
関心したけれど、それならば私よりも女神様のお姿を描いたものを飾って欲しいものだ。
子どものころとはいえ、私の姿をいつも見られていると思うと少し恥ずかしい。
ましてやそれがクリスティアン様となればなおさらだ。
「クリスティアン様は寝室でお休みになるとき、このタペストリーを目にして……どんなお気持ちになっていたのかしら」
ふとそんなことを思ったところで、もしかするとこのタペストリーは、私にした仕打ちを悔いて『自戒』の意味を込めて飾っているのかもしれないと感じた。
「……ここにはもう、めぼしいものはないわね」
寝室を出て、クリスティアン様の部屋の隅々まで探したが、手掛かりを得ることはできなかった。
諦めて、城の人たちの噂話を聞いてみることにした。
廊下にでて、城をウロウロしながら聞き耳を立てていく。
すると、微かに『クリスティアン様』という単語が聞こえてきた。
声を辿っていくと、騎士二人が廊下を歩きながら会話をしていた。
「どうやって城をでたのかもまだ分かっていないんだろう? 城門はもちろん、王族専用の出入り口からも出た形跡はないみたいだが」
よかった、まだクリスティアン様の話をしているようだ。
すぐ後ろを歩きながら、話に耳を傾ける。
「もしかして、城のどこかに隠れているんじゃないか?」
城を出た形跡がないから城内にいる、か。
その可能性も無きにしも非ずだが……。
なんとなく、クリスティアン様も私の亡骸も近くにはいないと感じている。
もしかして、隠し通路を通ったのかも?
そんなことを考えていたら、兵士たちは愚痴を零し始めた。
「魔物は増えるし、王都の治安も悪くなっている。そんな状況で仕事を増やさないで欲しいな」
「本当に。次期国王が何をやっているんだか」
その通りだけれど、もっと自国の次期国王を心配する気持ちはあっていいのでは?
クリスティアン様に対して、信じてくれなかったことへの悲しさはある。
でも、国のために頑張ってきた姿を見てきたから、こういうふうに言われるのはちょっと腹が立つ。
だから……。
「な、何か急に……寒いな?」
「風邪か? って俺も寒いっ!」
寒気攻撃をしておいた。
「何かおかしくないか!?」と怯え始めた二人に満足し、他の情報を求めて歩きだす。
「あ」
少し進んだところで、アルマス様と出会った。
「エステル? 腕組みしてどうしたんだ?」
「何でもありません」
亡霊らしく怖がらせることができて満足……なんてさすがに言えない。
ごまかす流れで、収穫があったのか確認することにした。
「何か分かったことはありますか?」
「ああ。クリスティアン様の行方だが……。町で見かけた、という証言があるようでな。騎士たちは重点的に王都の住宅街で捜索しているようだ。エステルの方はどうだ?」
「クリスティアン様のお部屋にお邪魔してみましたが、これといった収穫はありませんでした」
「…………。クリスティアン様の部屋に行ったのか?」
間を置いたあと、怪訝な顔を向けられてしまう。
やっぱり無断侵入はまずかったか……。
「はい。無礼は承知ですが亡霊なのでご容赦頂きたいです」
「今は亡霊とはいえ、男の部屋に入っては駄目だ」
「……女性の部屋はいいのですか?」
「もちろん、あまりよくはないが……。男――特にクリスティアン様の部屋はだめだ」
真正面からとても真剣な顔で訴えてくる。
かつてこんなにまじめに説得されたことがあっただろうか。
子どものころ、屋敷の中にいた虫を素手で掴んで外に逃がしたときに、「頼むから誰かに任せてくれ」とクリスティアン様と二人がかりで詰められたとき以来かもしれない。
「アルマス様の部屋もだめ、ということでしょうか」
「俺の部屋は俺が許可するからいい。いいか、俺以外の男の部屋には入るな。亡霊でも、生身に戻ってもだ」
「……分かりました」
生身に戻る予定はないが、亡霊の間に情報収集をするために男性の部屋に入ることもありそうな気がしたが……強く念を押してくるので頷いておいた。
「私は騎士たちから『城から出た形跡がない』という会話を聞きました。隠し通路を通って町に出たかもしれないので、これから行ってみようと思います」
そう伝えるとアルマス様は驚いていた。
「隠し通路? 知っているのか?」
「はい。子どものころ、クリスティアン様に教えて頂きました」
アルマス様の表情が曇り、険しいものへと変わった。
「……そうか。案内してくれ」




