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私が死んだあとのこと 亡霊聖女は復活を望まない  作者: 花果 唯


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第25話 捜索開始

 アルマス様が眠ったことを確認した私は、クリスティアン様に攫われた自分の体を探しに行こうかと思った。

 でも、怪我をしても魔法やアイテムで回復できないアルマス様を残して離れてもいいものか……。

 迷った結果、やっぱりユリアナ様が戻るまで待つことにした。

 それまでアルマス様の状態を治す方法を考えよう。

 アンデッド化は生命力で少しずつ回復する。

 生命力を上げる方法を調べてみたけれど、魔法はどれもダメージになる可能性があるから、下手に試すことができない。

 結局は自然に治すしかなく、健康的に暮らして貰うのが一番の近道になりそうだ。

 十分な睡眠、栄養のある食事と適度な運動、ストレスなく過ごすことが大事だ。


 そして、ユリアナ様が帰ってきたのは三日後だった。

 城と騎士団を探ってきてくれたようで、すぐにその報告をしてくれたのだが――。


「クリスティアン様が行方不明なのですか?」


 あの日、私の体を抱きかかえて城へ戻ったクリスティアン様が、たしかに城に戻られたことは間違いないのだが、今は行方が分からなくなっているらしい。

 騎士たちが密かに捜索しているようだ。


「私、探しに行ってきます」

「俺も行く」

「何を言っているんですか……」


 勢いよく立ち上がったアルマス様に呆れの視線を向ける。

 顔色は少しずつよくなっているが、まだ完全に治ったわけではない。


「もう大丈夫だ」

「では、少し手を出してください。試しに回復魔法をかけてみますので、何もなければ好きにして頂いても構いません」

「…………」


 不利を悟って無言で目を逸らすアルマス様に、ユリアナ様と私はため息をついた。


「本当にこの子は何を言っているのだか。エステルの足手まといになりたいのかしら」

「それは……」


 私は亡霊だから自由に動き回れる。

 でも、アルマス様は生身の上に少しアンデッド化しているという危険な状態だ。


「一人の方が早く私の体をみつけられそうなのですが……」

「それは……たしかに、そうだな」


 私のつぶやきを聞いてアルマス様がしょんぼりしている。

 そんなに落ち込まれると罪悪感がする。

 でも、やっぱり連れて行くことはできない、と思っていたら――。


「エステル、本当に申し訳ないのだけれど……この愚か者を連れて行ってやってはくれないかしら」

「え?」


 ユリアナ様の意見が変わったことに驚いた。

 なぜか助言を貰えたアルマス様まで目を見開く。


「アルマスは騎士としてもしばらく休養を取ることになったの。時間があるから、行くなと言っても勝手に出て行くでしょう。どこかで野垂れ死にされても困るから、所在だけは確認しておきたいの。だから、無理のない範囲でお願いできないかしら。邪魔なときは安全なところで『待て』をさせておけばいいわ」


 ユリアナ様が犬扱いするようなことを言うから、なんだかアルマス様の頭に犬の耳があるように思えてきた。

 目を向けると、まるで『いい子にするから』とでもいうような目でみつめてくるし……。


 たしかにアルマス様は、大人しく言うことを聞いてくれる性格ではないと思う。

 危険を顧みず、私の体を救おうと動いてしまうかもしれない。


「それにエステルの体をみつけたら、運ぶ人間が必要でしょう?」

「あ……」


 そうだ。私は実体のない亡霊だから、体を運ぶことができない。

 みつけることばかり考えて、大事なことがすっかり頭から抜けていた。

 もしかして、私の深層心理で『生き返ることを選択して自分の体に戻ればいい』と思っていたのか』なんて考えが浮かんだが……それを振り払った。


「……分かりました。でも、本当に無理がないように。このままアルマス様まで死んでしまうようなことになったら、私は死に切れません」


 私の言葉を聞いて、アルマス様が苦笑いを浮かべる。


「そんなことにはならないから。俺も君も」


 そういうアルマス様は意志の強い目で私を見ていた。

 私が処刑されるまでの一年は、アルマス様にも冷たい視線を向けられてきた。

 その記憶が消えることはないけれど、どんどん薄れていくのを感じている。


 これについて考えていると、どんどん心が不安定になってしまう。

 やっぱり今は私の体を取り戻し、綺麗なかたちでこの世を去っていくことだけを考えよう。


 準備を済ませたアルマス様と部屋を出る前に、ユリアナ様に挨拶をする。


「母上、いろいろとご迷惑をおかけしてすみません。必ずエステルの体と一緒に戻ります」

「ユリアナ様、行ってまいります」

「気をつけてね。二人とも無事に帰ってきなさい」


 ※


 今のところ、クリスティアン様が城に戻ったということしか分かっていない。

 まずは城で手がかりを探そうということで、アルマス様は馬車に乗った。

 本人は馬で向かうつもりだったようだが、極力怪我をするような状況を避けた方がいい。

 一緒に行動する私も馬車に乗るように言われたが断った。

 馬車に向かい合って乗るのが気まずい……。

 それに私には亡霊に相応しい移動手段がある。


「アルマス様。私、飛べるようになったんです」


 亡霊生活も長くなり、いろいろ研究した結果ジャンプだけではなく長距離飛行もできるようになった。

 我ながら見事な飛行をみせていると思うので、女神様に見て貰いたいくらいだ。

 手を翼のように広げて風を切り、馬車と並走するように空を飛ぶ私にアルマス様はなんとも言えない表情だ。


「楽しそうだな」


 窓を開けたアルマス様が話しかけてきた。


「とても」


 雲の上まで行ってみたいが、そのまま天に召されてしまいそうなので、目的があるうちはやめておこう。


「そういえば君は木登りも得意なお転婆だったな。子どもの頃、走り回っていても君が一番体力があったことを思い出したよ」

「農民ですので、普段の仕事で足腰は鍛えられていましたから」

「俺も子どもの頃から鍛えてはいたが、君には敵わなかったな。でも、今なら勝てる自信がある。君の体が戻ったら、持久走で勝負してみないか」

「亡霊でいる間なら受けて立ちます」


 さすがに生身だと勝てる自信がないし、生身になる予定もない。

 

「今の状態なら体力が尽きることはありませんし、飽きるまで走ることができます。飛んでならなおさら楽しいので無限にできそうです」

「……エステルが『亡霊生活が楽しすぎるから生き返りたくない』と思うまでに、なんとかしないとな」


 淡々とではあるが嬉々として答える私に、アルマス様がそんなことをつぶやいていたが、私は聞こえないふりをしておいた。




 城に着くとアルマス様は城にいる騎士たちに話を聞きに行った。

 私はクリスティアン様の部屋に行ってみる。

 ここはアルマス様でも入ることができないが、亡霊の私なら可能だ。


 クリスティアン様の部屋に久しぶりに入った。

 子どもの頃以来だろうか。

 場所が変わっているし、王太子の部屋なのだから当たり前だが一層豪華になっている。

 不法侵入をして申し訳ないけれど、今の私は人権のないただの亡霊なので大目に見て欲しい。


 赤と金を基調にした部屋で、床は白大理石だ。

 巨大な水晶のシャンデリアが吊るされているが明かりがついていないので部屋は暗く、威厳がある分空気が重く感じる。


 部屋の奥には寝室があり、天蓋がついた大きなベッドがあった

 私の亡骸を寝かしているわけはないと思うが……念のため確認しよう。


「やっぱりいないか」


 綺麗に整えられたベッドには皺ひとつない。

 私の亡骸もなければ、クリスティアン様が使った様子もなかった。


「……? これは……」


 視線を感じて壁の方を見ると、ベッドから見える位置に織物――タペストリーがかけてあった。

 それは聖女の肖像画、つまり私の姿が描かれたものだった。

 

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