第21話 治療
城に戻る途中、騎士たちとすれ違った。
どうやら彼らは隠し通路の捜索を始めたようだ。
カレン様と神官長の居場所が分かればいいのだけれど……。
とにかく、私自身の体をなんとかしないと……アンデッドになってしまうかもしれない!
亡霊である私にはもう何もできない。
だから、ユリアナ様に相談させていただきたい。
ずっと無視するように逃げ回っていたのに今さら頼るなんて、我ながら図々しいとは思うけれど……。
そんなことを考えながら城の外へ出ると、さっきよりも騎士や神官たちが慌ただしく動き回っていた。
「あっ」
その中にアルマス様の姿を見つけた。
気づかれないように距離を取りながら、その姿を目で追う。
「アルマス様、魔物の討伐から戻ってこられたのか」
一瞬、自分に話しかけられたのかと驚いたが、声の主は近くにいた騎士たちだった。
「怪我人が出たと聞いたが、アルマス様は無事のようだな」
「いや、肋骨を骨折されたらしいぞ」
え!? 軽い傷は目に見えていたけれど、まさか骨が折れているなんて……!
ちゃんと治したのだろうか。
そう気になったと同時に、近くの騎士たちの会話が答えをくれた。
「重傷者用に回復薬をなるべく残すため、アルマス様は使っておられないらしい」
骨折なんて、どう考えても軽傷じゃないのに……。
回復薬を使っても誰も責めないはずだ。
「そんなことされたら、下の者は使いにくくなるし、下手すれば悪化して大ごとになる。だからこそ、早く治してほしいんだけどな」
確かにその通りだ。
私も早く治すべきだと思って頷いた。
「まあ……エステル様がいなくなったことで、治療が間に合わない状況になっているわけだし、アルマス様も責任を感じているんだろう。回復薬を使うのが、どこか後ろめたいのかもしれないな」
……それで使わずに我慢していたの?
そういえば、アルマス様は昔から妙に真面目なところがあった。
以前、お菓子をくれたときも、「本当はいけないことだから」と言って、あとで自分に罰として走り込みをしていたっけ……。
あの頃と変わらない様子に、なんだか懐かしさがこみ上げる。
けれど同時に、その不器用さがもどかしくも感じられた。
「聖女様を失うということが、こんなに大きな損失になるとはなあ」
「俺達も悔い改めなきゃな。エステル様が聖女として戻ってきてくださるように」
「でもさ、俺もエステル様を無視したことあるけど、クリスティアン様やアルマス様が冷たくしていたから、それに従ったわけで……」
「親しかった人達が信じていないんだから、おれ達が信じられるわけがないんだよ」
……あなた私を無視したことがあるのですね?
それに誰かを基準にするのではなく、『自分の目で確かめる』ということをして頂きたい。
だから、そんなお二人には寒気攻撃をかましておきましょう。
「…………!? 急に背中がゾクゾクしたっ!」
「俺も! 風邪だろうか……」
私の攻撃を受けた二人は、ぶるぶると震えながら腕をさすりつつ、そそくさとその場を離れていった。
亡霊の仕返し、成功だ。
「ふふっ。……あれ? アルマス様は?」
騎士たちの様子に気を取られているうちに、アルマス様の姿が見えなくなってしまって……あ、いた。
怪我のことが気になって、距離を保ちつつも後を追いかける。
すると、アルマス様が足を止めた。
「…………くっ」
肋骨あたりを押さえ、苦しげな表情を浮かべている。
やはり、本当に骨が折れているようだ。
無理に動けば、取り返しのつかないことになるかもしれないのに……こんな状態で魔物退治だなんて……。
でも、私には何もしてあげられない。
——私が生き返ったら。
一瞬、そんな考えがよぎったけれど、すぐに首を振って振り払った。
私はいなくなる存在なのだから、何もできない現実を受け入れて耐えて……って、あれ?
私は「いなくなる人間」だから、誰かを助けちゃいけない。
たとえできたとしても、関わっちゃいけない。
そうやって、自分に言い聞かせてきたが、私はさっき、「自由に過ごす」と決めたばかりじゃないか。
『消えたいけれど治したい』という気持ちを我慢する必要はないのでは?
亡霊の私でも、全力を出せば少しは治せるかもしれない。
頭の中の女神様が、また「やるならやれ! かませ!」と応援してくれたような気がした。
「……うん。やってみよう!」
女神様……私、癒しをかませる亡霊になります!
そっとアルマス様の背後に回り込み、私は全力で癒しの魔法を放った。
亡霊の身だからか最初はうまく力が入らなかったけれど、必死に踏ん張るうちになんとか魔力の流れを掴むことができた。
しっかりと魔法が発動している手応えがある。
「ん? こ、これは……何が起きてる!?」
効果が現れたようで、アルマス様の体が淡く光り始めた。
「痛みが引いた? 傷も癒えていく……!」
生きていた頃のような力は出せなかったけれど、それでも骨折は治せたはず。
私はほっと胸を撫でおろした。
その瞬間、アルマス様が勢いよく振り向く。
「!」
「……エステル?」
——アルマス様とはっきりと目が合った。
これまでにも偶然視線が交わることはあった。
でも、こんなふうに真正面から見つめ合うなんて初めてだった。
「エステル……見える……エステル!」
やっぱり見えている!
逃げなきゃ! と思っていると、アルマス様の背後から見知った顔が近づいて来た。
「アルマス?」
「クリス!」
アルマス様は興奮しているからか、クリスティアン様の後ろには騎士達もいるのに、親しい呼び方をしてしまっている。
それにクリスティアン様は驚いた。
「ここにエステルがいる! 見える! それに俺の骨折が治った! 傷も……見てくれ! エステルが治してくれたんだ!」
そう語るアルマス様に、周囲がざわざわと騒がしくなり始めた。
「…………」
しかし、クリスティアン様だけは険しい表情のまま、じっとこちらを見つめていた。
視線は合わない――おそらく私の姿は見えていないのだろう。
けれど、その目を大きく見開いて驚いたような様子を見るに、何かしらの気配を感じ取ったのかもしれない。
「クリスも見えたか!?」
「たしかに私も存在を感じる。だが……見えない。どうして……! お前に見えて、私は見えないんだ!?」
「…………」
二人の間に少し緊張した空気が流れている。
私は……今の内に逃げよう!
「エステル!? 待ってくれ!」
生前の私は足が遅かったけれど、今は亡霊だから障害物をすり抜けられる。
城の塀も通り抜けたことで、アルマス様はもう私の姿を追えなくなった。
「ふう……これで大丈夫よね?」
クリスティアン様もアルマス様も、大神官様がいなくなって忙しいはずだ。
すぐには城を離れられないのかもしれない。
今のうちに公爵邸へ戻って、ユリアナ様に自分の体のことを相談しよう。




