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第2話 真実

『ごめんなさい』


 観衆の罵声の合間から澄んだ女性の声が浮かび上がり、その声によって私はこの場に意識を戻した。


 やけに鮮明に響くその声の主を探そうと虚ろな目を凝らすと、少し先で宙に浮かぶ一人の美女がいた。

 足先よりも長く美しい青銀の髪には、ネモフィラの花飾りが揺れている。

 空のように澄んだ青い瞳も美しかったが、悲しみに満ちた表情で私を見つめていた。

 あの方は――。

 聖女として学んでいた頃、書物で何度も目にしたその姿……女神ネモフィラ様だった。


「言い残すことはあるか」


 女神様に見惚れていたら、執行人が話しかけてきていることに気がついた。


「……おい、聞いているのか!」

「? …………っ」


 わけが分からずぼんやりしていると、執行人に殴られた。

 その衝撃で倒れそうになったが、腕を捕まれて歩かされる。


「情けをかけて聞いてやったのによお」


 執行人はそうぼやきながら、私の体を断頭台に固定した。

 とうとう私の人生が終わる時がきたようだ。


 観衆の声がより大きくなったが、あまり耳には入らない。

 呆気ない人生だったと思う。

 しばらくぼーっとしていると、ダンッ! と大きな音がした。


 私の首が体から離れたのだろう。

 不思議なことに、痛みも恐怖も感じなかった。

 最後に目に映ったのが、美しい女神様でよかった。



 ※




 たった今、俺の婚約者だった女性が処刑された。

 彼女が命を終える瞬間、俺は目を伏せた。


 ――エステル


 寡黙で表情が乏しかったが、優しい人だった。

 よく冷たい人だと勘違いされるが、自分でもそういうところを理解していて、密かに改めようと努力していたところが可愛かった。

 俺は婚約者として、生きることに不器用な彼女を支えてあげたいと思っていた。

 ……だが、彼女はいつからかおかしくなってしまった。


 聖女カレンを妬んで、いじめるようになったあげく、殺めようとするなんて……。

 エステルがいじめをしているなんて、初めは信じられなかったが、その現場を見たと証言する者が大勢いた。

 そして、カレンも大事にしたくないのか被害を受けていることを隠していたが、クリスティアン様の説得で、どういう仕打ちをされたか告白した。


『最初は無視をされるくらいだったのです。でも、その内突き飛ばされたり、私の物を壊されるようになって……』


 カレンが嘘をついているとは思えない――。


 それでも、エステルを信じたい気持ちはあった。

 しかし、カレンが魔法で攻撃されて大怪我を負ったことで、その思いは砕け散った。

 同じ聖女という立場の存在が現れたことで、俺たちには理解できない葛藤があったのかもしれないが……。


 もう彼女との思い出は、記憶の底に閉まっておこう。

 そう思っていたら、隣にいるクリスティアン様が呟いた。


「あ、あれは……女神ネモフィラ……?」


 その声色から、ただ事ではないことが起こっていると悟った。

 クリスティアン様の視線の先、断頭台に目を向けると、宙に浮かぶ美しい女性が目に入った。

 ネモフィラの花飾りを身につけた神秘的な女性――。

 教えられなくても、その存在が何かすぐに分かった。

 女神は静かに地に足をつけ、断頭台に転がっている首に手を伸ばした。


「…………っ」


 彼女の首を見た瞬間、胸が痛んだ。

 見限ったとはいえ、大切に思っていた女性の亡骸を見たくない……。

 思わず顔を逸らしそうになったが、女神の行動に思わず目を見張った。


 女神は、亡くなったエステルの頭部を愛おしそうに抱きかかえ、涙を流していた。

 その姿はまるで、子を失った母のようだった。

 罪人であるエステルの死を、女神が悲しんでいる――?

 その事実に、俺だけでなくクリスティアン様や観衆も動揺した。


『…………』


 女神は顔をあげると、ゆっくりとこちらを見た。

 いや、正確には……クリスティアン様の隣にいる、カレンに視線を向けている。

 その目には侮蔑と憎悪がこもっているようで……。


 思わず怯んでしまい、一歩下がった瞬間――。

 周囲一帯が青い炎に包まれた。


「きゃああああ!!!!」

「にげろおおおお!!!!」


 観衆達が悲鳴をあげ、逃げ惑うように散って行こうとしたが……。


「助けっ!! ……あ、あれ?」


 少しすると足を止め、首を傾げた。

 炎に包まれた瞬間は俺も焦ったが、それに気づいて観衆達と同じように戸惑った。


「なんだ、この炎は……熱くないぞ?」


 周囲はまだ轟々と青く燃えているのに、まったく熱を感じない。

 むしろ、清らかな風に包まれているようで心地よい。


『これは……わたくしの愛し子が、邪悪な者に放った聖なる魔法です』

「!」


 頭に直接響くこの慈悲深い声は、間違いなく女神のものだ。


「女神の愛し子が……邪悪な者に放った魔法?」


 愛し子は聖女だろう。邪悪なものとは……?


「ぎゃああああああああ!!!!」

「!!!?」


 女神の言葉を考えていると、突然、聖女カレンが叫び声をあげた。

 まるでカレンだけが灼熱の業火に焼かれているかのような、悲痛な叫びだった。


「カ、カレン!? どうしたんだ!?」

「来るな! 私に触るなっ!!!!」

「うっ……!!」


 駆け寄ったクリスティアン様を突き飛ばし、カレンは悶え苦しんでいる。

 護衛の騎士たちがクリスティアン様を取り囲み、守りの態勢に入ったが、カレンに対してはどう対応すべきか迷っているようだった。

 苦しむ聖女を救いたいが、これは女神が与えている仕打ちなのならば、手出しはできない。


「やめろおおおおお!!!!」


 痛みに耐えられなくなったのか、カレンは恐ろしい形相で女神に襲い掛かっていった。


「カレンを押さえるぞ!!」


 女神に危害を加えるなどあってはならない。

 騎士達に指令を出しながら駆け出し、カレンを拘束した。


「離せええええ!!!! クソォオオオオ!!!!」

「くっ……なんて力だっ!」


 女性とは思えないほどの強大な力で暴れるカレンを、騎士と三人がかりでようやく抑えた。

 その間に、周囲を埋め尽くしていた青い炎はいつの間にか消えていた。


「ぐううううっ……!!!!」


 炎が消えると痛みは減ったのか、カレンはおとなしくなった。

 だが、今も獣のような唸り声をあげるカレンを、クリスティアン様は真っ青な顔で見ている。


「なんてことだ……これでは聖女ではなく、魔物じゃないか……」


 ――魔物。

 その言葉を聞いた瞬間、思い出した。


「エステルがカレンを攻撃したとき、カレンは青い炎に包まれていたと聞いた……」

「!!!!」


 俺の言葉が届いたその瞬間、クリスティアン様の顔は凍りついた。


「ア、アルマス……先程の女神様の言葉は、まさか……。『今の青い炎は、エステルがカレンに放った魔法と同じ』と言っていたのか? つまり、エステルは悪意でカレンを殺害しようとしたのではなく、カレンの正体を暴こうとしていた……?」

「…………」


 今思えば、俺達はどこかおかしかったかもしれない。

 いつの間にか『カレンのいうことはすべて正しい』という思考に支配されていった気がする。

 俺達は操られていた……?


『アルマス様』


 彼女の控えめな笑顔が浮かんだ。

 エステルは何もしていない……潔白だったのだ。


『…………』

「! エステル?」


 ふと、彼女の気配がした気がしたが……。

 断頭台に目を向けると、女神もエステルの遺体も消えていた。



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