第19話 城
私は五日ほど、屋敷の周りでのんびり過ごしていた。
『のんびり』というよりは、何をしようか考えているうちに時間が過ぎていただけかもしれない。
好きに生きるというのは、思っていたよりずっと難しいことなのだと知った。
あ、私は生きてない……死んでた……。
とにかく、亡霊だから食べたり寝たりする必要がないので、昼夜関係なく王都をうろうろしてみたり、人間観察をしてみたりして過ごした。
そういえば、私の亡骸は腐敗したりしないのか? と気になって何度か見にいったが、何の変化もなかった。
恐らく、女神様の力が働いて維持されているのだろう。
そしてやはり、ユリアナ様には私の姿が見えているようだった。
顔を合わせる勇気がなくてすぐに逃げてしまったけれど、あの驚いた表情は間違いなくこちらを見ていた。
ごめんなさい。あれは気のせいだったことにしてください。
アルマス様も、どうやら私の気配を感じ取れるようで、近くにいると名前を呼んで探し始める。
そのせいで、屋敷の人たちからは少し気味悪がられていた。
その様子がちょっと面白くて笑ってしまった。
調子に乗って、「どこまで近づいたら気づくか」ゲームをした結果、アルマス様を混乱させてしまったことは申し訳ないと思う。
そんなふうにふざけられるくらいには、私の心にも余裕が出てきたようだ。
一方、雨が降り続く王都の空気は、日に日に重くなっている。
魔物の活発化も進んでいるようで、アルマス様も対応に追われ、屋敷を離れることが増えた。
王都にいるとはいえ頻繁に屋敷へ戻り、ベッドに寝かせている私の顔を見ては、またすぐに出て行く日々が続いている。
軽傷とはいえ、怪我を増やして帰ってくるのが気がかりだ。
次期騎士団長であるアルマス様を治せないほど、回復アイテムが不足しているのだろうか。
亡霊の私でも、回復ができたら……。
そう思い魔法を使ってみたが、何も起こらなかった。
もどかしいが、私にはどうすることもできない。
『生き返らない』と決めた以上、こうしたことも割り切っていくしかないのだ。
そして、この数日の間に、王家から正式に私が無実であったことが発表された。
カレン様については、まだ正式な見解を出せないのか、何も触れられていなかった。
とにかく、今の天候悪化は女神の怒りによるものだとされ、国全体で悔い改めていこう――そういうことになったらしい。
そうすれば女神様の怒りも収まり、聖女――つまり私が戻ってくる、という噂も広まっていた。
人々の反応はさまざまで、素直に受け入れて祈る者もいれば、聖女を死なせてしまったのは上の者の責任なのに、その尻拭いを国民に押しつけるのかと憤る者もいた。
カレン様が癒しの力を持っていたのは確かなので、悪人だろうと聖女だろうと、役に立ってくれさえすればそれでいい――そう考える人もいた。
そうした考えも理解できるけれど……。
モヤモヤしていたので、その人の背後に立ってじっと見ていると、「寒気がする!」と言って震え始めた。
そのおかげで私のモヤモヤは晴れたので、寒気攻撃はこれからも使えるかもしれないと覚えておこうと思った。
そんなことをしていると、馬に乗ったアルマス様がたまたま通りかかった。
この方向なら、おそらく城へ向かうのだろう。
「……婚約者だったあの方が、もっとしっかりしてくださっていたらねえ」
近くにいたご婦人が、アルマス様の方を見ながら友人と話していた。
無実の私が亡くなり、女神の怒りを買ったことが知られてからというもの、アルマス様に対する世間の風当たりは一層強くなっている。
『あんたが間抜けなせいで国中に迷惑がかかってるんだぞ!』
そんな言葉を突然浴びせられている場面を、私は何度か見かけた。
それでも、アルマス様は目を逸らさずにまっすぐ「申し訳ない」と頭を下げて謝っていた。
罵声を浴びせていた人たちは、そんな彼の姿に何とも言えない表情を浮かべていたけれど、私もまた複雑な思いを抱いたものだった。
「……エステル?」
アルマス様が馬の速度を落としてこちらを見た。
「!?」
これだけ距離があれば、気づかれないはずなのに……。
私の姿は今も見えないと思うが、思わずご婦人の後ろに隠れた。
アルマス様は私を探して視線をさまよわせていたが、再び城の方へ向かった。
少し急いでいるようだったので、用事があるのかもしれない。
何か起きたのだろうか?
「いってみようかな?」
亡霊になってからまだ城へ足を運んでいなかったこともあり、気になった私はアルマス様の後を追って城へ向かった。
※
「久しぶりにきたわね」
女神様と来たときは牢にしか行かなかったので、城内を歩くのは一年ぶりだ。
変わらず美しい城をゆっくり探索してみようかと思っていたが、どこか騒がしくて落ち着かない空気が漂っていた。
「おい、聞いたか? カレヴィ元神官長が、まだ尋問が終わっていないのにいなくなったらしいぞ」
通りがかった騎士たちが、こそこそと話している。
神官長様が城内で事情聴取を受けていることは、アルマス様とユリアナ様の会話から知っていた。
神官長の役職は解かれ、僻地の神殿に飛ばされることになりそうだと聞いていたけれど……。
「あと数日は尋問が続くんじゃなかったのか? 見張りは何をしていたんだ?」
「それが……忽然と姿を消していたらしい」
「そんなことがあるか?」
「ありえないと思うが……」
この件でアルマス様も城に駆けつけたのだろうか。
もしかしたら、亡霊の私なら見つけることができるかも?
みつけたところで、誰かに知らせることはできないけれど……。
神官長——。
生前は私を導いてくださる方だと思っていたから、どんなに厳しいことを言われても気にしなかった。でも、今は……。
『農民の子だから聖女に相応しくない』と頑なに言われたことを思い出して、悔しくてたまらなくなった。
神官長の後ろに立って、寒気で震えさせてやってもいいかもしれない。
なんとなく女神様が「やったれエステル! 寒気をかませ!」と応援してくれているような気がした。
「女神様、私やってやります! 寒気をかましますっ」
神官長に歯向かうようなことをするのだと思うと緊張したけれど、少しドキドキしながら捜索に乗り出した。
まずは、神官長が消えたという部屋に向かう。
そこは清潔ではあるものの、狭くて簡素な部屋だった。
女神様の神罰を受けたあと、城に連れてこられた神官長はずっとここにいたというが、貴族である彼が過ごすには苦痛を感じる部屋だろう。
特に神官長は美しいものが好きで、神殿内の部屋にも美術品や高価な品を置いていた。
何か居場所の手がかりになるものはないかと探してみたが、見つけることはできなかった。
部屋の周辺も探り、城の者の会話をこっそり聞いて情報収集をしたが、これといって収穫はない。
神官や騎士たちもまだ神官長を探している様子だった。
「どこにいるのかしら。隠し部屋でも……あ!」
『隠し部屋』と聞いて、ふと思い出した。
子どもの頃、クリスティアン様に隠し通路があることを教えてもらったことがあるのだ。
「とっておきの場所だから、アルマス様にも内緒だ」と言っていた。
限られた人しか知らないと聞いたけれど、もしかしたら……。
そう思った私は、幼いころの記憶をたよりに隠し通路へと向かった。




