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私が死んだあとのこと 亡霊聖女は復活を望まない  作者: 花果 唯


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第18話 逃亡

 後悔?

 私が首をかしげている間にも、クリスティアン様の話は進む。


「諦めず陛下を説得していたら……結果は違っていたかもしれない。そんな風に思うのが、もう嫌なんだ」

「クリス……お前はエステルを……」

「言葉が戻っているぞ?」


 重たい表情のアルマス様に対し、クリスティアン様は苦笑いだ。

 喧嘩するようか雰囲気はなくなったけれど、複雑な空気が流れている。

 見守っているユリアナ様も心配そうだ。


「私もお前も、なくしてから気づくなんて……。お互い愚かだな」


 クリスティアン様はそう言い残すと、部屋を出て行った。

 執事も静かにクリスティアン様を見送りに向かう。

 部屋にはユリアナ様とアルマス様の二人……そして、私の棺だけが残った。

 それにしても……クリスティアン様は、私と婚約して何か得るものがあるのだろうか。

 私は生き返らないから、婚約者になることはないけれど……。

 断頭台に上るときの二人の冷たい視線を思い出すとつらいが、恨んでいるわけではない。

 クリスティアン様には素敵な方と結婚して幸せになり、良い国を築いてほしいと思う。


「クリスティアン様は覚悟なさったようね。アルマス、あなたも後悔しないようにね」

「……はい」


 神妙に頷くアルマス様。

 そして、ユリアナ様の言葉が私の胸にも響いた。

 ……後悔しない選択、か。


「とにかく、今はエステルを守らないといけないわ」

「そうですね」

「本当に生き返るなら、棺じゃなくてベッドで寝かせてあげたいわ。アルマス、私のベッドにエステルを寝かせてあげて」

「母上のベッドに、ですか?」

「ええ。空いている部屋のベッドより、家族が使っている部屋でみてあげたいの」


 ユリアナ様の心遣いが嬉しい。

 自分のベッドに死体を寝かせるなんて気味が悪いはずなのに、私を家族とした扱ってくださって……。


「私は色々と手配してくるわ。あなたはエステルのそばを離れないでね」

「分かりました」


 ユリアナ様が部屋を出たあと、アルマス様が棺に眠る私を抱き上げてベッドに寝かせた。

 亡霊の私を見ることができるユリアナ様がいなくなったので、壁から出てベッドのそばまで近寄ってみる。


「……軽いな」


 アルマス様に抱き上げられている私を見て、恥ずかしくて気にしないようにしていたのに、言葉にされるとつい意識せずにはいられない。


「聖女として立っているエステルは立派だった。大きな存在に見えていたが、こんなにも軽くて儚い存在だったんだな」


 アルマス様が私をベッドに寝かせながら何か呟いているが、私は羞恥心をけすために耳を押さえているので聞こえまない。


「エステル、早く目を開けてくれ……」


 寝かせた私を見下ろしているアルマス様の立派な背中を見る。

 子どもの頃は私とそれほど背丈も変わらなかったのに、大きく差をつけられてしまった。

 いつの間にか置いていかれたようで少し寂しい。


「……アルマス様」


 無意識にぽつりと名前を呼んだ。


「…………?」


 すると、アルマス様が振り向いた。

 まるで私の呼びかけに応えたようなタイミングで驚いたが、私の声は聞こえていないから偶然だろう。

 そう思ったのだが……。


「エステル?」

「!」


 アルマス様が私の方を見ている。


「いる、のか……?」


 そう聞くということは、見えていない……?

 でも、何かを感じている様子だ。

 もしかして、声だけ聞こえている?

 私は声を出さないよう、口を押えてゆっくりと後ずさった。

 そして、廊下に出るとダッシュで逃げたのだが……。


「エステル!?」


 アルマス様は私を追いかけて、廊下に飛び出してきた。

 キョロキョロと見まわしているので、やはり見えてはいないようだが……。

 気配で察知されたのかもしれないので、慌てて離れることにした。


「亡霊だから飛べるはず……!」


 そう信じて窓から飛び降りると、思っていた通りにふわりと着地することができた。

 振り返って自分が飛び出た窓を見上げると、アルマス様は私を探している様子だった。

 よかった、まだ外に出たことには気づかれていない。


「エステル!」

「!」


 大きな声で呼ばれたから見つかったのかと思ったけれど、必死に私の気配を探っているだけだった。

 ここにいるのは心臓に悪い。

 気持ちを落ち着けたくて屋敷を後にしようと考えたものの、自分の体から離れるのは不安だ。

 色々考えた結果、ジャンプすると浮かび上がることができたので、とりあえず屋敷の屋根に落ち着いた。


「すごく景色がいいわ」


 屋敷の中には何度もきているけれど、屋根の上に乗るのはこれが初めてだ。

 周囲の景色を見渡すことができて気持ちいい。

 まだ雨は降り続いているけれど亡霊だから濡れる感覚はないし、気にしなければ特に問題もない。

 むしろ、この薄暗さが心地よく感じる。


「女神様……」


 一緒にいてくれた女神様がいなくなって、ともて寂しい。

 一人になってしまったけれど、私は何をすればいいのだろう。

『生きたいと思えば生き返る』と聞いたが、『死にたいと願えば完全に消えることができる』のだろうか。

 そう思った瞬間、ユリアナ様の「後悔しないように」という言葉が浮かんだ。


 思い返せば、私はずっと、決められたことをこなすだけの毎日を送っていた。

 最後の一年は、暗い牢の中で過ごしていたし、一度思い切り何にも縛られず自由に過ごしてみてもいいのかもしれない。

 女神様は「なるはやで戻ってくる」と仰っていたし、私はそのお戻りをここで待つとしよう。

 女神様のように強く美しく、そして楽しくいられるように、女神語を使ってみてもいいかもしれない。

 とりま、なるはや、かます……だったかな?


「とりま、屋敷の周囲をうろうろしてみようかな?」


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