私が死んだあとのこと 亡霊聖女は復活を望まない

第17話 決意

　真っ白な空間から、見覚えのある場所へと変わった。

　ここは公爵邸にあるユリアナ様の部屋だ。

　今は部屋の主が不在で静まり返っている。

　私は亡霊ではあるが、勝手に入ってしまったことに罪悪感が湧いてきた。

「ここは母上の部屋だ……」

「さっきのことも、今も現実なのか？」

「！？　見ろ、エステルの棺がある！」

「！」

　アルマス様とクリスティアン様が騒ぎ始めたことで、部屋の外も騒がしくなった。

「アルマス様！？　いつお戻りに……？　それにクリスティアン殿下！？」

　物音を聞きつけたのか、執事が部屋に飛び込んできて驚いている。

　そして、私の遺体が眠る棺を見つけて、驚きのあまり飛び跳ねた。

「エ、エステル様！？」

　突然、家の中に棺が現れたら驚くのも無理はない。

「父上はまだ戻っていないか？　至急、母上を呼んできてくれ」

「しょ、承知しました！」

　余程慌てているのか、普段は上品な動きをしている執事が慌てて駆け出していった。

　ユリアナ様には私の姿が見えるかもしれない……。

　お別れの挨拶を済ませる前に見つかるのは気まずい。

　逃げようかと思ったけれど、私の体から離れるのは不安だった。

　そこで隣の部屋から、こっそり頭だけ出して覗くことにした。

　……私も亡霊らしくなったものだ。

　しばらくすると、バタバタと駆ける足音がしてユリアナ様が姿を現した。

「ああっ！　本当にエステルが……！」

　棺の傍にいたアルマス様とクリスティアン様が、ユリアナ様に場所を譲った。

　膝をついたユリアナ様が私の頬に触れる。

「エステル、おかえりなさい。女神様が返してくださったのね。これで私達が弔ってあげられるわね」

「公爵夫人、それは駄目だ」

「え？」

　そばにいたクリスティアン様の言葉に、ユリアナ様が目を見開いた。

「エステルは必ず生き返る。弔いなどしない」

「…………？」

　ユリアナ様は、そう断言するクリスティアン様を訝しむ。

　アルマス様はクリスティアン様の言葉を後押しするように頷くと、眠る私の首を指差した。

「母上、見てください。首が繋がっています」

「！　そんな……。本当に生き返る可能性があるの？」

　ユリアナ様の言葉に二人は力強く頷く。

「はい。エステルは女神様に愛されている聖女ですから」

「そう、ね。奇跡が起こるかもしれないわね」

　まだ信じ切れてはいない様子のユリアナ様だが、二人の意向に沿うと決めたらしい。

「とにかく、医者を呼んでエステルを見て貰いましょう。何かできることがあるかもしれないわ」

　ユリアナ様は、扉の近くで控えている執事に指示しようとしたのだが、クリスティアン様が止めた。

「いや、エステルは王城に連れて行く」

「！？　待ってくれ」

　そう言って棺に近づこうとしたクリスティアン様の前に、アルマス様が出る。

「『待ってくれ』？」

　もう二人きりではなくなったからか、クリスティアン様はアルマス様の口調を咎めるように繰り返した。

　ただの注意かもしれないが……怒っているようにも見える。

　クリスティアン様は、些細な言葉遣いで気を悪くするような方ではないと思っていたのだが……。

「……失礼しました。エルテルの棺を運ぶのはお待ちください。女神様がここに連れてきたことにも、きっと意味があるはずです」

「女神様はお前にエステルを任せた、とでも言いたいのか？　だが、ここでは何か不測の事態が起きても、エステルを守れないかもしれない」

「そんなことはありません！　俺が必ずエステルを守ります！」

「四六時中エステルについていられるのか？　騎士としての務めはどうするのだ」

「それは……警備を強めますし、俺の職務内容も父と相談します」

「…………」

　互いに一歩も譲らず、睨み合っている。

　二人がこんなに真剣に言い争うのを見たことがなかった私は動揺してしまう。

　その間も二人は睨み合っていたが、見かねたユリアナ様が助け船を出した。

「クリスティアン様。アルマスがおっしゃったように、女神様がここを選んだには意味があると思います。私にはエステルの姿が見えました。母として、エステルを支える機会を与えてくださったのかもしれません」

「エステルの姿が見えたのか？」

　ユリアナ様の言葉に、クリスティアン様とても驚いている。

「はい。エステルは亡くなった後、女神様のお力で私に別れの挨拶に来てくれたのです」

「！」

　それからユリアナ様は、私の服装や話した内容などを詳細に伝えた。

　おしゃれをしていたと聞くと、クリスティアン様は「……私も見たかったな」と呟いた。

　王子様に見せるほどのものではないと思うのだが……。

「アルマス。お前もエステルを見たのか？」

「……俺には見えませんでした。でも、エステルがいたということは感じました」

　アルマス様の返事を聞いて、クリスティアン様は少し安心したように「そうか」と頷いた。

　しばらく何かを考えている様子だったが、ため息をつくと扉に向かって歩き出した。

「仕方ない。ひとまずエステルのことは公爵家に任せよう。だが、エステルに関することは一切口外しないように」

「承知しました」

　ユリアナ様と同時にアルマス様も頭を下げた。

「それと……」

　足を止めたクリスティアン様が振り向き、アルマス様を見た。

「エステルが生き返ったら、私と婚約してもらうつもりだ」

「！？」

　アルマス様は目を見開き、ユリアナ様は口を手で覆って驚いた。

　私は驚くというより、混乱していた。

　まさか本気ではないと思うが……どういうこと？

「どういうことですか！」

　慌てるアルマス様にクリスティアン様は冷静に返す。

「言葉の通りだ。私はもう後悔したくないのだ」