第14話 失望
「クリスティアン様、どうしてここに？」
突然現れたクリスティアン様に、アルマス様が驚いている。
「至急、調べたいことがあったんだ。カレヴィ神官長、あなたは神託を受けたというが……女神ネモフィラ様の姿は見たのか？」
「いいえ、お声だけですが……」
神官長は怪訝そうに、クリスティアン様の質問の意図を探っている。
「あなたは、エステルの処刑の場に来ていたか？」
「そのような場所に行くわけがありません。ただ、行っていれば女神様のお姿を拝見することができたのに……と後悔しております」
やっぱり、私が死んだことには何の感情も抱いていないようだ。
「エステルを死なせたことを後悔してないの？ この者の頭の上に天罰の雷を落としましょう」
「あの、今は抑えて頂いて……！」
腕を掲げ、今にも天罰を下そうとする女神様を宥めていると、クリスティアン様が神官長様を問いただし始めた。
「あなたは、女神様がエステルの死を嘆いたことをどう受け止めたのだ？ 聖女を死なせてしまい、女神様に懺悔する気持ちはないのか？」
「そうよ、反省しなさい！ まあ、ここにいる全員にわたくしは怒っているけども！」
アルマス様とクリスティアン様に向かって「お前たちもだ！」と指をさす女神様に、私は苦笑いしながらも和んでしまった。
味方がいてくれるというのは、本当に心強い……。
しかし、神官長の次の言葉を聞いて、思わず固まった。
「懺悔？ ありません。女神様はエステルに聖女失格の烙印を押したからこそ、私に神託をくださったのです。やはり農民の子では聖女は務まらなかったのです」
悪意を感じる言葉に、アルマス様とクリスティアン様も固まった。
女神様も口を開けてぽかんとしている。
神官長様も貴族だ。
私の生まれた時の身分について、不快に思っていたのは感じ取っていたけれど、直接言われたことはなかった。
こんなに嫌がられていたこともショックだ……。
嫌悪の視線を向ける二人に構わず、神官長様の主張は続く。
「異世界人という神秘的な存在であるカレンこそが、聖女に相応しいとお選びになったのでしょう。ですから、真の聖女はカレンだったのです」
「では、どうして女神様はエステルの死を嘆いたのだ？」
アルマス様の質問に、神官長様は飄々とした態度で答える。
「腐っても聖女でしたから、慈悲をお与えになったのだと思います」
カレンを推すけれど、一応聖女だった者だから「可哀想だ」と嘆いた……そういう解釈？
「エステルには、もう一度活躍してほしいですね。女神様の素晴らしさを伝えるためにも、ぜひ生き返ってもらいたい。そうでなければ、これまであの子に与えてきたものが割に合いませんから」
「お前は……！ お前たちはエステルに大したものを与えずに働かせて、その成果の上に偉そうにたっているだけじゃないか！」
怒りのままにアルマス様が神官長様に詰め寄る。
「農民を聖女と讃えてやったのですよ？ 何に対してそこまでご憤慨なさっているのですか？」
「エステルは女神様に選ばれた聖女だ！」
「それは否定していないじゃないですか」
神官長様はアルマス様に詰問されても、考えを改める意向はなさそうであった。
なおも飄々とした態度を崩さぬ神官長様に対し、クリスティアン様は問いかけを続けた。
「あなたはカレンこそが聖女だと考えていたようだが、カレンは女神様に天罰を与えられたじゃないか」
「……試練をお与えになったのでは？ カレンなら自分で治すこともできるでしょう」
「治せていないぞ。全身が焼けただれた状態のままだ」
「治すことこそが試練かもしれません」
都合のいい解釈を続け、考えを変えようとはしない神官長様にアルマス様は呆れている。
「処刑の場で見ていないから、こんな馬鹿げたことを言えるのだな」
アルマス様の呟きに、神官長様がムッとした。
「とにかく、カレンを早く解放頂けますか」
「まだそんなことを言っているのか。カレンを許すなど、民が納得すると思うか？ 民が許しても私が許さない」
クリスティアン様の言葉にアルマス様も頷く。
そんな二人に、今度は神官長様が怒りを見せた。
「我々には聖女が必要です！ 正しいことを民に教えていくのも我々の務めです！」
神官長様がこのような考え方の人だったとは……。
クリスティアン様とアルマス様を前に、なおもカレン様が聖女であること、そして神殿がその聖女を支え、民を導き続けるべきであると説くカレヴィ神官長様の姿を見ていると、このまま彼が神殿を率いてゆくことに、不安を覚えずにはいられなかった。
「こんなやつが神殿で偉そうにするのは許せないわね」
女神様も同じ思いに至ったようだ。
何か決意を宿したまなざしで、女神は神官長を鋭く睨んでいる。
「女神様？」
「あまり人前にでるのはよくないのだけれど……女神、降臨しますか。こいつにはちゃんと言わないとだめみたいだから」
「え？」
首を傾げているうちに、気がつけば私と女神様は、雨の降る神殿の外に出ていた。
雷が鳴り響く中、対応に戸惑う神官たちや、治療を受けたいものの避難すべきか迷い、その場にとどまっている人々の姿が見える。
「あなたはそこで見ていなさい」
女神様はそう言うと、ふわりと宙に浮かんだ。
