第13話 盲信
「それはあなたに関係ないでしょう」
「女神が罰した者だ。知っておく必要があります」
アルマス様と神官長様は睨み合っていたが、神官長様が折れ、しぶしぶ机からもう一つの束を出した。
先程の私のことが書かれたものよりかなり薄い。
アルマス様もそのことが気になったようで、軽く捲って中を確認している。
「カレンに関してはこれだけですか?」
「そうです」
「聖女歴が短いから……という理由ではなさそうですね」
書類に目を通しながら、アルマス様が顔を顰める。
どんなことが書かれているのか気になっていたら、女神様が私の腕を引いてアルマス様の横へ移動した。
「ここなら見放題よ」
女神様がお茶目にウィンクをした。
可愛らしいお人柄に和ませて頂きつつ、久しぶりにアルマス様にこんなに近づくのは緊張した。
「し、失礼します……」
私の声が届くことはないのだが、断りを入れて覗いて見ると、カレン様が治療を行う場所や相手のリストだった。
貴族の屋敷や大きな施設など、私があまり行くことのない場所ばかりだ。
知らなかったが、役割分担でもされていたのだろうか。
そして、もうひとつ気になる点を見つけた。
「あれ? 私が牢に入れられてから、治療が必要な人々がたくさん集まるような場所では、治療が行われていない……」
「カレンには綺麗なところや、利益を得られるところばり回していたようね」
神官長様もカレン様に肩入れしていた、ということなのだろうか。
周りが私に対して冷たくなっても、神官長様は私への態度を変えなかった。
元々厳しい方だったから、そう感じていただけなのかもしれないが……。
なんとなく「聖女」という存在には差をつけないお方だと思っていたから……少しショックだ。
私は書類を覗くことを止め、一歩下がる。
それと同時にアルマス様が口を開いた。
「病人、怪我人の治療をした記録はありますが……それ以外は?」
「カレンはちゃんと役割を果たしておりました」
淡々と答える神官長様に、アルマス様が顔を顰めた。
「答えになっていません。エステルは薬草の世話までしていたようですが?」
この神殿の敷地内に薬草畑がある。
薬草に関わる作業は、朝晩それぞれ一時間はかかったので中々苦労した。
「採取したあとの薬の生成もしていますよね? なぜカレンはしないのです?」
「カレンには、それらの才能がないからです」
「才能がない? 『大変なことをエステル一人に押しつけただけ』ではなく、ということですか?」
「…………」
アルマス様の言葉に、神官長様の表情が険しくなったが、しばらくすると説明を始めた。
「エステルが育てると、薬草はよく育ち、品質がよいものになります。生成についても、エステルが作ったものは通常よりも効果が高いのです。カレンはそういう効果を発揮することはありませんでしたので、エステルに任せていたのです」
確かに私が育てるとよく成長し、品質もよくなったから、神殿の畑は神官達の手を借りず一人で行っていた。
聖女であるカレン様は一緒に作業をしないのか気になったことはあったが……能力がなかった?
「植物がよく育つのは、わたくしが加護を与えているからよ」
「そうだったのですか?」
「ええ。でも、あなたにその才能があるから伸ばしただけ」
そう言って私を見る女神様はとても優しい表情をしていた。
あまり長所がない私に、そんな才能があったなんて……なんだか嬉しい。
「エステルが牢に入ってからは、薬草や薬の生成はどうされているのですか? 神殿は、騎士団から大量に発注を受けているはずですが……」
そうだ……私がいなくなってからどうしているのだろう。
かなり在庫はあったはずだが、私が作っていたものは、そろそろなくなるだろう。
「なんとか神官達で補っております」
「魔物の動きが活発になり、怪我人も増えるでしょう。回復薬などは多く備えていて欲しいのですが、大丈夫なのですか?」
「……善処します」
神官長の返事に、女神様は「でたっ、政治家の返し!」と顔を顰めている。
「すみません、私も先ほど同じことを言いました……」
「あなたは本気でそう思っているからいいの。このシルバーみたいなのは、口先だけだから信用ならないのよ」
「シルバー? 神官長様はカレヴィ様ですが……」
「知っとるわい。あだ名よ。ほら、銀髪でしょう? だから神官シルバー」
「な、なるほど?」
女神語はあだ名にも対応していらっしゃる……。
奥深さに感銘を受けている間に、アルマス様と神官長様の間に流れる空気が更に悪くなっていた。
「どうして神殿は、エステルよりも能力が低いカレンを優遇されたのですか」
「ふっ……次期騎士団長様は随分とご自分を棚の上にあげるのが得意なようだ」
「…………っ」
アルマス様が怒っているのは明らかだった。
それでも神官長様は話を続けた。
「カレンは魔法による治療はちゃんと行っております。それはエステルを放っておいて、カレンに付き添っていたあなたも知っているでしょう」
煽るような神官長様の言葉に、アルマス様はカッとした様子だったが、拳を握って怒りを抑えた。
「……俺はクリスティアン様の護衛をしていただけです。確かに、カレンが治療を行ってきたのは、この目で見てきました。でも、これを見ると、どうして神殿がカレンを贔屓したのか分かりません。何故なのです?」
「!」
アルマス様がその質問をした瞬間、神官長様の目が鋭く光った。
「聞きたいのですか? 教えて差し上げましょう!」
「よくぞ聞いてくれた!」と言わんばかりの興奮を見せる神官長様に、アルマス様だけでなく、私と女神様も一歩引いた。
急に生き生きし始めて、どこか不気味だ。
「私は女神様から直々に神託を受けたのです! カレンは聖女だと!」
神官長様はその時を思い出しているのか、さらに興奮した様子を見せていたが、それに反して女神様は顔をしかめた。
「わたくしはしていないわ」
「え! では……偽物、ということでしょうか」
混乱していると、神官長様の部屋の扉が突然開いた。
ノックもなしに開ける人は誰だろう、と顔を向けると、そこにはクリスティアン様が立っていた。
「話に割り込んですまない。扉の外にいたのだが、私の用件と関連があることが聞こえてきたので口を挟ませて貰う。それは本当に『女神ネモフィラ』だったのか?」




