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私が死んだあとのこと 亡霊聖女は復活を望まない  作者: 花果 唯


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第12話 軌跡

 男が神官長様に襲い掛かろうとしたその瞬間――。

 背後から現れた者が、男の背に寄生していた魔物の蜘蛛だけを、見事な一閃で斬り払った。


「! アルマス様……」

「あら、かっこいいじゃない!」


 女神様が拍手する横で、私は思わず顔をそらした。

 もう会いたくないと思っていたのに、またすぐに目にすることになるなんて……。

 逃げ出したくなったが、自分から手伝いを申し出たのに、女神様を残して自分だけ離れるわけにはいかない。


 見事な一撃で仕留めたアルマス様は、静かに剣を納めていた。

 魔物の身体が真っ二つに裂けて床に落ちたことで、周囲の神官たちもようやく、その存在に気づいたようだった。


「神殿の中に魔物が入るなんて……こんなこと今まで一度もなかったのに!」

「やはり神殿は女神様に見放されたのだ……」


 神罰を受けたことで呆然としていた神官長様も、ようやくアルマス様を見た。


「これはこれは……次期騎士団長のアルマス様。こちらには何をしに?」


 神官長がアルマス様に冷ややかな視線を向ける。

 そういえば、アルマス様と神官長様は相性がよくないというか……あまり仲が良くなかった。


「用があってきたら……魔物がいたので助けて差し上げました」


 アルマス様はそう言って、床に落ちていた魔物の死骸を神官長様に向けて蹴った。

 ああ、またそんなことをすると険悪になってしまうのに……!


「ひいっ!」


 足元に飛んできた魔物の死骸に怯えた神官長様が、悲鳴をあげて飛び避ける。


「……ふっ」

「ぷぷっ」


 アルマス様と女神様、あまり笑わないであげてください。

 神官長様はキッとアルマス様を睨みつけたが、咳払いをひとつしてから、明らかに作り物とわかる笑みを浮かべて礼を述べた。


「助けてくださってありがとうございます」

「騎士として当然のことをしたまでです。お気になさらず」

「はい。気にしません」

「…………」


 互いに作り笑いを浮かべて挨拶を交わしているが、相手への苛立ちはまったく隠していない。

 こういうやり取りも近くでよく見ていたのだが……久しぶりだ。


 魔物に寄生されていた男性は、気を失っているが無事だ。

 神官達が介抱してくれているので問題ないだろう。


「それで……アルマス様。神殿に何のご用でしょう」

「エステルのことです」


 アルマス様の口から私の名前が出ると、いつも胸が苦しくなる。


「よしよし」


 暗い顔をしている私の頭を女神様が撫でてくださった。

 優しい微笑みにできる限りの笑顔を返し、再びアルマス様達に視線を戻す。


「エステルがここでどんな暮らしをしていたのか教えてください」

「今更それを知ってどうするのです?」


 訝しむ神官長様に、アルマス様は真剣な眼差しを向けた。


「俺は知らなければいけないのです。エステルを取り戻すためにも……」


 アルマス様の言葉を聞いて、神官長様は更に顔を顰めた。


「あなたにも思うところは色々とおありなのでしょうが……現実を受け入れてはいかがです? あの子は死にました」


 淡々と話す神官長様に、私への想いがまったくないことを改めて思い知らされ、胸が少し痛んだ。


「…………」


 神官長様の言葉にアルマス様は顔を曇らせ、口を噤んでいたが……やがて静かに話し始めた。


「エステルは先程、女神様のお力によって母の前に現れました」

「!? エステルが……?」


 神官長様の顔が驚愕に染まる。


「それは……事実ですか? にわかには信じがたいのですが……」

「事実です。ずっとエステルの無実を信じていた母には、別れの挨拶をしたかったのではないでしょうか。母の目にはエステルの姿が映り、声も聞こえていたようです。同じ場所にいた私には何も見えず、聞こえませんでしたが、ただ特別な気配だけは感じ取ることができました」

「なるほど……」


 疑いの目を向けていた神官長様だったが、アルマス様の真剣な様子を見て、信じ始めたようだ。


「確かにユリアナ様はエステルの件で、神殿にたびたび小言……いや、お言葉をくださっていました。エステルが感謝の気持ちを込めて挨拶に伺ったのも理解できます。ましてや女神様のお力を借りてということなら、なおさら納得です。」


 頷く神官長に、アルマス様は話を続ける。


「たとえ生き返ることはなくても、女神様が連れていってしまったエステルを返して頂きたいのです。そのための手がかりが、エステルの軌跡を辿ることで見つけられるような気がしてここにきました」


 アルマス様のまっすぐなまなざしを受けながらも考え込んでいた神官長様は、やがて顔を上げて頷いた。。


「死んだ者が蘇る、まさしく女神様の奇跡です。それをこの目で見られるのならば――。いいでしょう。私についてきなさい」


 頷くアルマス様を先導し、神官長様が歩き出した。


「この人、信仰心は厚いんだけど……どこかズレてるというか、歪んでるのよねぇ」


 神官長様を見ながら、女神様がうんざりした顔をしている。

 どこか迷惑そうな女神様を見て私は驚いた。


「私達の『信仰』は、女神様にとって不快なものなのでしょうか」

「そんなことはないわ。あなたの祈りや、純粋に慕ってくれている想いは、わたくしの力になっているわ。でも、この者は自分のためにわたくしを妄信しているの。それは純粋な祈りではないわ」


 妄信……。

 確かにそんな言葉が合うほど、神官長様は熱心に女神様を信仰している。

 だから、今の女神様の言葉を聞いたら、衝撃で倒れてしまうかもしれない。

 そんなことを考えていると、周りにいた神官達が神官長様を呼び止めた。


「し、神官長様……今は神殿から離れた方が……!」


 避難を促すが、神官長は邪魔だと払いのけていく。


「私は神殿から離れることはありません。あなた方は好きにしなさい」


 ※


 神官長様がアルマス様を引き連れてやってきたのは、神官長様の部屋だった。

 机の引き出しをから書類の束を取り出すと、アルマス様に差し出した。


「エステルのスケジュールの記録です」

「……ありがとうございます」


 アルマス様はそれを受け取ると、立ったまま目を通し始めた。


「エステルがやっていたのは……朝晩の祈り、薬草の管理、薬の生成、護符作り、病人・怪我人の治療——。忙しいのは知っていたが……自由な時間はないのですか? 休日は?」

「休息は移動の間に取れます。病人・怪我人は休みなく訪れますので、休日などありません」


 そう言い切る神官長様にアルマス様は顔を顰めた。


「わあ……ブラックというか漆黒ね。あなた、よく飛ばなかったわね?」

「飛ぶ? 私に飛行能力はありませんが……」

「知っとるわい」


 私は何かおかしなことを言ってしまったようで女神様が呆れているが、アルマス様たちの会話が続いているので意識を戻す。


「……こんなに働かせていたのか」

「女神様に尽くすことは当たり前です」


 そう言い切った神官長様に、アルマス様の眉間の皺は深くなるばかりだ。


「エステルは食事をしっかり取れていたのですか?」

「もちろんです。規律を守った上できっちりと取らせておりました」

「……あの無駄な規律か」


 アルマス様がぽつりと零した言葉を聞いて、神官長様のこめかみがピクリと動いた。


「無駄とはなんですか。規律に対する暴言を撤回してください」

「間食が駄目だ、甘味や菓子は駄目だ、なんて意味がないでしょう。自分達は酒を飲むくせに」

「聖女には自制が必要なのです。今更こんなことを言われる方が、何の意味も成さず『無駄』でしょう。そんなにお怒りになるのならば、どうしてエステルが生きている間に言わなかったのですか?」

「…………」


 アルマス様の目つきが鋭くなる。

 今にも喧嘩になりそうな空気に、私はヒヤヒヤしていたら――。


「どちらも問題あるけれど、反省しているから馬鹿息子の方がかなりマシね。だからこの傲慢な優男をぶっとばしてもかまわないわ。やっちまいな!」


 女神様は拳を握って見せながら、にっこりと微笑んだ。


「ぶ、ぶっとばすのはよくないと思います!」

「大丈夫よ。わたくしがすっきりするもの。わたくしの役に立てるなら、この者もぶっとばされて本望でしょう」

「神官長様なら、そうかもしれませんが……」


 そんな話をしている間にアルマス様は怒りを抑えたようで、次の質問をした。


「では、カレンの予定はどうなっていますか?」


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